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精霊の唄

――――――

 青き羽の音は 闇夜を渡り

 眠る波を そっと揺らす

 鶴は 白光を纏い

 燃えあがる舞台へ 生命を導く

――――――


 レンの背中に手を当ててリコは詩を唄う。

 リコの歌声に呼応するように拒絶を示していた精霊の紋章は柔らかな光を放ち、暴風が収まる。

 風の精霊は呆気に取られ、一方レンはこの好機を逃さまいと魔力を全身に巡らせて肉体を活性化させる。

 抵抗をしない紋章は易々と指輪の魔道具に刻まれていく。

 ――不思議な唄だ……。心がとても軽くなるような……。

 レンは力を振り絞り、全てを封じ込めた。

 指輪の石の部分に紋章は封じ込まれ、淡い翡翠色の輝きを見せる。

 レンの魔道具は精霊魔法の紋章を封じ込めることに成功したのだ。

 風の精霊はレンが起こした奇跡のような芸当を見て感心し、興味深そうな瞳で見つめる。


『ネコオオカミ。お前の名は何と言う?』


 突然の質問に戸惑いながらも姿勢を正し、口を開く。


「レンと言います」


『レン……か。覚えておこう。それとリコ、お前の魔法についてだが……』


 レンは精霊に認められた事に嬉しくなり、目をまんまるにして顔を洗う。

 リコはそんなレンを見て微笑むと風の精霊と向かい合う。


『お前の魔法は私の知る限り、【精霊唄】だろうと思われる』


「【精霊唄】……ですか?」


『そう。精霊魔法を唄で呼び起こし、自在に操ることが出来るものだ。この魔法を持っている獣人は聞いたことがないし、精霊魔法の紋章を持ってなければ宝の持ち腐れだ』


「なら、もう大丈夫ですね」


『?』


 安心しているリコに対し、風の精霊は疑問符を浮かべると、リコは翡翠色に輝く石のついた指輪を見せつける。


「レン君がこの指輪に紋章を入れてくれたのです。この魔道具は特別な魔道具なので貴方の魔法も私の唄できっと呼び起こせます」


『ふむ……。ならば、それが本当か証明してもらえるだろうか?』


「わかりました。レン君ごめんなさい。魔力を少し貸してもらえませんか?」


「もちろん!オレにできることなら何でもさせて!」


 リコに駆け寄り、手を握って魔力を【共鳴】させる。

 すると魔力が十分な量に達したのか、四つの尾が大きく広がる。

 その姿にレンは釘付けとなる。


「リコさん。オレにできることはまだある?」


「そうですね……」


 リコは少し考えると、急に恥ずかしそうに尻尾と耳を小さくする。

 なぜ恥ずかしそうにするのか分からず首を傾げると両手で手を握られ、誤魔化すように笑う。


「この魔法、どのくらいの規模になるかわかりません。それと……レン君に初めての魔法をそばで見ていて欲しいのです……。だめですか?」


「ダメじゃない!……リコの唄、聞かせて?」


 完全に蚊帳の外である風の精霊は特に不満を浮かべることなく二人のやりとりを見つめる。

 精霊には恋愛感情というものが存在せず、寧ろ二人の魔力が一つになってより強大なものになっていく様子を興味深そうに見ていた。

 ――この二人には魔力以外に強い何かが共鳴し合っている……。これほどの魔力を練り上げられる才能は驚嘆に値する……!

 リコは嬉しそうに笑みを溢し、頷く。


「では……いきます!」

 心を落ち着かせるように右手を胸に当て、レンを握る手を少し強くする。

 

――――――

 青き羽の音は 闇夜を渡り

 眠る波を そっと揺らす

 鶴は 白光を纏い

 吹き荒れる風を 鉄槌の如く振り下ろす

――――――


 フルートのように透き通る歌声が山頂を包み込み、その音色は穏やかな雰囲気の中に厳かな圧力を帯びていた。

 耳を立て、歌声に集中するレンは腹の奥底から何かが蠢くような感覚に陥る。

 それは酷く不快なものではなく、リコの歌声に触発された結果、力が暴れているような感覚である。

 リコの歌詞と歌声に沿って風が強く吹き上がり、岩肌を舐める風が伴奏となり、一つの曲となる。

 魔力が極限まで昂り、四本の尻尾が大きく広がり、指輪の輝きが最高潮に達して唄は終わる。

 数十キロ先の山に向かって両手を広げる。


「では……行きます……!」


 その掛け声と共に山の上空に山一つ分の巨大な紋章が浮かび上がる。

 縁祭りの時に作った極限魔法【疾風怒濤】を遥かに超える大きさにレンは驚愕する。

 そして、あまりの規格外さに風の精霊ですら開いた口が塞がらなかった。


『こ……これ程の精霊魔法の使い手は見たことがないぞ……!』


 広げた両手を地面に向かって振るった瞬間――目にもとまらぬ速さで下降気流が山を圧縮し、大量の砂埃と巻き上がる竜巻、そして落雷を伴った強烈な一撃と余波が周囲を巻き込む。

 まさに規格外。

 リコの魔法は対人戦で使用するには不向きな威力を誇っており、魔法の規模だけなら女王ふくや氷狼ヴォルフに引けを取らなかった。

 魔法の発動が終わり、大気は元の状態に戻るために風を爆心地に吹き返す。

 砂煙が晴れ、そこにあったはずの山は忽然と姿を消し、岩石の平野が広がっていた。

 リコは恐る恐る振り返ると、あまりの出来事に茫然とするレンと風の精霊の姿があり、舌を出して自身の頭に軽く拳骨をお見舞いする。


「や、やりすぎちゃいました……てへ」


「け、結構なお手前で……ははは」


『……笑い事ではないぞ……!?』


「ごめんなさい」


 リコはついに自身の魔法を手にした。

 レンの魔道具とリコの魔法。

 どちらが欠けると発動ができない、唯一無二の魔法だった。

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