ふかいところ
今年の夏は、雨が降りすぎた。
町は連日の豪雨で川が氾濫し、あちこちに濁った水が溜まっていた。俺の家の前の用水路も、普段は子供の足首ほどしかない水位が、腰の高さまで増していた。
夜になると、窓の外から水音がする。
ゴポン、ゴポン、と、深い底から泡が湧き上がるような音だ。風かもしれないと思ったが、どうにも耳にこびりついて離れない。
ある晩、寝付けずに窓を開けると、向かいの用水路の中央に、人影が立っていた。
真っ黒な水の中で、白っぽい服が月明かりにぼうっと浮いている。
こんな時間に子供が? と思い、声をかけようとしたが、喉が詰まった。
その人影は、胸のあたりまで水に浸かっているのに、まったく動かず、ただ俺の方を見ていた。
顔は……よく見えない。いや、見てはいけない、そんな気がした。
そうしている間にも、水面からはゴポン、ゴポン、と泡が上がり続ける。
翌朝、町内放送が流れた。
「昨夜の増水で子供が一人、用水路で溺れました。まだ見つかっていません。皆さんもご注意ください。」
その夜も、人影はいた。
昨日と同じ場所で、同じように胸まで浸かって、じっと俺を見ている。
その足元に、今度はもう一つ、何かが浮いていた。
子供の、ぐったりした小さな体だ。水の流れに揺られながら、その子は顔をこちらに向け、にやりと笑った。
次の日、また一人、子供がいなくなった。
用水路の水位は少しずつ下がっているはずなのに、夜になると、昨日よりも深くなっているように見える。
そして、その真ん中に立つ人影も、どんどん近くなっている。
四日目の夜、ついに家の前の道路まで水がせり出してきた。
窓のすぐ外に、水浸しの足音が聞こえる。ゴポン、と低い音が、もう窓の下から響いている。
目を閉じて耳を塞いでも、畳の上に水が滲んでくる。冷たい水の中から、白い指先がのぞいていた。
――もう、すぐそこまで来ている。