青を秘匿する
私には幼馴染がいる。容姿も良くて、おまけに頭もいい。早朝、そんな彼女が私に話しかけてきた。
「おはよう夏紀!登校中に会うなんて久しぶりだね」
「おはよう…」
「大丈夫?気分悪そうだけど」
朝からあんたに会ったからだよ。という言葉を飲み込んで、作り笑いをする。
正直なところ私は彼女が嫌いなのだ。
「そうだあんた、先週告白してきた男子はどうしたの」
「あれ、言ってなかったっけ?断ったよ」
知ってた。毎回そうだもんね。
「羨ましい限りだよ」
「そんなことないよ〜」
私に対する皮肉か?私は好きな人に想いを伝えることも躊躇うというのに。
「私には夏紀がいればいいから」
ほら、すぐそういうことを言う。その、特に意味を持たない言葉が私を傷つけるとも知らないで。
少し肌寒くなってきた季節、ドロドロとした感情を秘めて、私は今日も学校に行く。
彼女が登校すると男子達がソワソワとした態度に変わる。少なくとも彼女は1週間に一回は告白されているだろう。
その度に彼女が断ると、少しだけ、ホッとする。
まだ、私を置いていかないと思うことができたから。ただそれもいつまで続くかわからない。
そんな彼女に比べて私は容姿も頭も、性格も悪く、良くて彼女の側近のようなものだろう。私に話しかける人は基本的に、彼女に伝えて欲しいといった伝言がほとんどだ。
もちろん伝えたことなんてないけれど。
放課後、彼女がこちらに走ってきた。
「ねえ、今日ショッピングいかない?」
「私お金ないからパス」
冗談じゃない。学校外まで一緒にいないといけないなんて。
「そこをなんとか〜。スタバ奢るから」
「……はあ、いいよ」
「やったー!」
ここで断ったらあまりにも嫌なやつに見えるから、仕方なく。
「わー!これ可愛い!!」
高そうな洋服屋で、淡いピンクのスカートを見ながらそう彼女は言った。
「そうだね。似合うんじゃない?」
「私じゃなくて、夏紀に似合うと思ったんだけど…」
私が?それはない。と笑って誤魔化す。彼女は不服そうな顔をしていたが、急に閃いたような顔をして提案をした。
「じゃあ、私が買うから、夏紀がこれを着てよ!」
どうしてそうなるんだろう。
「まあ…、それなら着ないことも、ない、けど」
「ふふ、じゃあそうしよ!」
彼女は心底嬉しそうな顔をしていた。
「そうだ、クリスマスって予定空いてる?」
「……そんな先の予定なんてわからないよ」
「じゃあさ、よければ予定空けといて欲しい」
「男子からの誘いを断る理由?」
私は愛想笑いをしながら適当に話を合わせた。
「……夏紀と遊びに行きたくて」
真剣な彼女の顔を見て、私は少しだけ、罪悪感を持った。
それだけ。他に理由なんてない。
「……いいよ」
「やった!約束ね」
ああ、感情を表に出すな。落ち着いて、いつも通りに。
「じゃあ、私もう帰らなきゃいけないから」
「うん!じゃあ、また明日ね」
彼女はにっこりと笑って去っていく。
夕日に照らされながら帰る様子は、さながらドラマのワンシーンのようで。
なんて、綺麗なんだろうと思った。
でもその感情は、私なんかが持ってはいけない。
彼女の声が嫌い。顔が嫌い。私に向ける、あの瞳が嫌い。
その目を向けないでよ。どうして私は私なんだろうと苦しくなる。
ほら、私はあんたのことがこんなにも嫌いなんだから。
私はあんたの友達なんかじゃない。私なんかがあんたの友達じゃいけない。
あんたにはもっと素敵な人がいる。私に優しくしないで。
駄目だとわかっていても、少しだけ、希望を持ってしまうじゃない。
傷つくだけのものなら、捨ててしまえればいいのに。
だから私は、彼女にずっと嫌悪と嫉妬を持ち続けるのだ。
この気持ちを隠して、隠し通して。
そうあることが、彼女のためであり私のためだ。
そうすればきっと、私の気持ちは美しい青のまま、大事に抱えていける。