第1話「普通の高校生活を過ごしたい!」
桜並木のこの道。鳥の囀りが聞こえ、ブレザーを見に纏う高校生達はいつも通り学校へと足を運ぶ。
俺はこの光景が好きだ。
何気ない日常は人によっては幸福を感じるものだ。
そうーーー『変わらない日常』が良いんだ。
俺の『体質』が、なければの話だが。
「おはよう古都!!!」
俺は肩を叩かれた。
振り向くと、活発な女の子がいた。
「穂波か。びっくりしたわ」
「なんだよ〜こんな可愛い幼馴染に声かけられるなんて、男子高校生の夢だろ?」
この自己肯定感が高い女の子は、乙葉穂波。
家が隣同士で、小さい頃からの仲だ。
「夢かー。夢であってほしいよ」
「そこまで言う!?それともなんかあったの?もしかしてまた『転移』ってやつ?」
「困るよな。昨日はいきなり魔法ぶっ込んでくる奴がいてさー」
「ふーんなんか大変そうだね」
穂波は俺の体質の事を知っている数少ない理解者でもある。
「でも、もう一人魔法使いがいたんだけど、その子は可愛かったなぁ〜」
「自惚れちゃってぇ!!このバカ!!!」
穂波はベーっと舌を走っていった。
(あいつはほんと、可愛げがねーなぁ)
俺を置いて走っていく彼女を立ち眺めていた。
そんな俺の横に一台のタクシーが止まった。
「あのねお客さん!!お金なんじゃ話にならないんだよ!!」
「行きたいところに乗せってくれるのでなかったのですか!?あなたからでしょ声をかけてきたのは!!!」
どうやら揉めているらしい。
やめてほしいものだ。俺の『普通』の日常が変化していく。
(はぁ〜無視無視。ほっといて学校に行こうっと)
このようなものには関わらないのが吉だ。
お金を所持していない客が悪い。
一文無しで乗るバカがいるとは。
「ちょ!!!待ってください!!!あの人が払います!!!」
嫌な予感がした。
恐る恐る振り返ってみた。
そこには見たことのある服装の少女がこちらを指差していた。
色白の長髪にロングコート。頭には円錐形の帽子を被っている。
忘れもしない。昨晩俺に『魔法』をブッパしてきた魔法使いの仲間だ。
「あなたッ!!探しましたよ!!!色々と聞きたいことがあります!!」
「なんでお前がここにいんだよ!元いた世界に帰れ!!」
魔法使いがこちらに近づいてきた。
よく見ると泣きかけている。
「帰れるものなら、とっくに帰ってます!何度『転移魔法』を試したことか・・・・。それにシンバルさんもいないし帰れないですよ!」
「シンバル・・・あ!あの爆撃しようとしてきた魔法使いか!!」
「そうです!気づいたら私、一人だったんです!あなたのせいなんですからね!」
んなアホな。
俺のせいなわけがない。
そうーーー俺の『体質』のせいじゃない。こいつらが俺の世界に来たのは。
「知らねーな!人のせいにすんじゃないぞ!とにかく、そのシンバルとやらを見つけて早く帰りな!!」
「うっ、うぅ」
今にも大泣き寸前だ。
「あのーーちょっと良いかな」
タクシーの運転手が古都に声をかけた。
「この子、昨日の夜からずっとウチに乗ってたんだ。知り合いなら、料金立て替えてくんないかな?俺ももうへとへとなんだ」
「へぇ?」
少女の顔をふと見てみる。
涙を泣きながら、こちらを睨んでいる。
一体どういう感情だ。
(は〜こりゃ、しばらくは『普通の青春』は過ごせそうにないな)
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「先ほどはありがとうございました」
「落ち着いたか?」
「はい、おかげさまで。取り乱して申し訳ないです。やっと知っている人に出会えたので」
古都と魔法使いの少女は喫茶店に来た。
少女は提供されたコーヒーを不思議そうに眺める。
「申し遅れました。私の名前はシリナ。本魔導資格を取得したばかりです」
彼女は帽子を脱ぎ、丁寧に挨拶をした。
「いや・・・悪いけど、『本魔導資格』と言われても、こっちにそんなものないから言われてもな・・・・」
「やっぱりここには魔法がないんですね・・・・飛龍も見かけないし・・・なんか大きい箱が動いてるし、人間は小さい魔導書を耳に当ててるし・・」
「シリナ、だっけか?ここはお前がいた場所じゃない。俺の世界で、お前から見たらここは『異世界』だ」
シリナは納得のした表情を浮かべた。
「『異世界』ですか・・・・・と言うことはきっと、あの時の『転移魔法』は失敗だったのですね・・・・」
「うーん、ある意味では成功だと思うけど」
頼んでいたパフェがテーブルに運ばれてきた。
「ところで、失礼ですが、あなたのお名前は?」
パフェを口にするシリナが聞いてきた。
「俺か?俺は仙崎古都。」
「では仙崎古都さん」
「古都でいいよ」
「では古都、一つお伺いしたいのですが、ここはあなたの『世界』だとして・・・何故あんたは私たちの『世界』にいたのですか?」
「それは俺の体質のせいだ」
「体質?」
「そうだ、体質。」
俺はくしゃみをした瞬間、気が付くと今までいた場所では違う場所にいた。
小学生の頃から、なぜか(・・・)頻繁に起こっていた。
それを俺は『特殊な体質』だと考えた。
ある日、『チェンジ』と叫ぶと元いた場所に帰れることに気がついた。
俺はそんな『異世界に転移してしまう体質』を改善したいーーーーーー
「『異世界に転移してしまう特殊体質』・・・・すごいですね。そんな人間が実在するなんて」
「なんもすごくねぇーな。俺は悩んでんだ、だって『転移』だぞ『てんい』ッ!
まだ『時をかける体質』だったり、『肉体の一部を硬化できる体質』の方が実用性があるだろ!!!!」
「だって『異世界』に行けるんですよ!?魅力的じゃないですか!!
私、あなたと出会うまで『異世界』があるなんて、考えてもいなかったですよ!」
(ダメだ・・・ファンタジーの世界の住人は考えることが違う・・)
目を輝かせているシリナを見ると、否定する気にはなれなかった。
「とりあえず、シリナはどうするんだ?帰るあてがないんだろ?」
「そうですね・・・・・まずは逸れたシンバルさんを探すしかなさそうです」
「あの爆発女か。仕方ない、俺も探すの手伝うとしよう」
「え!!いいんですか!!ありがとうございます!!!」
彼女は古都の手を握った。
(これ以上の厄介ごとはごめんだ。とっとと見つけて元いた世界に帰ってもうらおう・・・)
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古都達は、街中へと出向いた。
聞いた話によると目が覚めた場所が、東京タワーの付近だったらしい。
「そうです、気づいたらここにいました!もしかしたら、この付近にシンバルさんがまだいるかもしれませんッ!!」
「結構な時間が経ってるぞ?もう帰ってるかのしれないぞ?」
シリナは振り返って古都の顔を見た。
「何を言ってるんですか!シンバルさんは私の師です!弟子を見捨てるような真似はしないはずです!」
「しないはずって、これまた自信なさげに言われても・・・」
「きっとまだこの世界のどこかにいるはずです・・・・絶対に」
人をここまで信じ、他人を想って動けるこいつは凄い。
素直に尊敬する。
「いい信頼関係だな。聞いてもいいか?そのシンバルとやらの出会いを」
シリナは教えてくれた。
幼い頃にシリナは母を亡くした。
物心がつく前だったために、はっきりとは覚えてはないが、どうやら飛龍に襲われたシリナを庇って命を落としたらしい。
その後、彼女の身元を引き取ったのが、シリナの母の同期の魔法使い・シンバルだ。
シリナはシンバルから魔法を教えてもらい、最近では本魔導士資格に受かり、正式な対飛龍専属の魔法使いとなったのだ。
「さっきから話に出てきている『飛龍』ってなんなんだ?」
「不明です。3000年前から実在してたらしく、噂では実は『人間』の成れの果てなのではないか・・・とも言われています。
飛龍は、人間を襲う魔物です」
シリナの世界は、『飛龍のいる異世界』と言うところだろうか。
「魔法、使えるんだよな?」
「当たり前です!私はなんてったって『魔法使い』なんですからっ!!」
「この世界にいる時は、魔法は使うなよ・・・?」
「なんでですか!!」
シリナは驚いた声を上げた。
「こっちの世界には魔法ってのは存在しなんだ!!そんなもん使ってみろ?町中がパニックだ!!」
「いいや!私はどこに居ようが居まいが魔法使いです!魔法を使わない魔法使いなんて・・・居ません!!!」
静かな店内に怒声が響いた。
「おっ・・・落ち着つけよ」
「いいですか!見ててください!私の・・・・『魔法』を!!」
シリナは椅子から立ち上がり、何かぶつぶつと呟きはじめた。
「ま・・・まさか・・・・」
「『光照らす場所に、汝ら暗黒、交える事もなし!転移魔法ーーーー』」
「ばっ・・・・ばか!!!今転移なんてしたら!!!」
古都とシリナの体が、徐々に発光していく。
「『こえるせかい!!!!』」
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「あれ・・・・座標を私の故郷に設定したのに・・・。やはり上手くいきませんでした」
「ふざけんなッ!!帰るどころか俺たち『食い逃げ』しちまったじゃねぇか!!」
古都とシリナは古都の学校・星宮学園の校門にいた。
「みろよあれ!二年B組の仙崎じゃん!!」
「隣にいるのは誰だ?コスプレイヤー?」
突如校門が輝いたことにより、授業中だった生徒たちは教室の窓から二人を指差し、注目していた。
古都は自分に対する野次馬達に気が付いた。
(やべ・・・)
自分の教室を見ると、うっすらと野次馬に紛れてこちらを見つめる穂波を見つけた。
(とりあえず、この場を離れないと)
「シリナ・・・何はともあれ一度さっきのカフェに戻ろう。料金を払いに行かないと・・・・」
「ちょっと待って古都!!そのまま動かないでくださいッ!!」
シリナは古都に向かって叫んだ。
一気に緊張が走る。
恐る恐る自分の背後を振り返ってみると、そこには巨大な飛龍が上空を舞っていた。
(一体、なんなんだよ・・・・・)
俺の日常がこれから『変わっていく』気がした。