05 【前編】決戦と未来(と最高のハッピーエンド)
夜の宮殿は深い静寂に包まれていた。エリシアは薄暗い廊下を足音を忍ばせて進みながら、内心で気合を入れていた。首に下がる「時告げの雫」をそっと握り、その冷たい感触が彼女に勇気を与える。
「これまで探偵だったり忍者だったりしたけど、今度は魔法使いの出番だね。私、どんどん進化してるよ!」
彼女は小さく呟きつつ、人目を避けて慎重に歩を進めた。時計の針は午後9時45分を指している。胸が高鳴り、決意が言葉となって口をつく。
「今夜が決戦の日だよ。世界も私も一緒に救っちゃうんだから、気合入れていかないと!」
リチャードには適当な言い訳でごまかしておいた。「家で大人しく待っててね」と笑顔で言い含め、こっそり宮殿に向かったのだ。内心では策略が頭を巡り、ニヤリと笑みがこぼれる。
「もし追ってきてくれたら、地下室で一網打尽にしてやるよ。私の計画通りになるんだから!」
階段を静かに降り、西側の廊下を進む。彼女の記憶に刻まれた第2話の小さな扉が目の前に現れた。忍者としての経験が今も生きていることを実感しつつ、扉に手を伸ばす。
「私の忍者スキル、まだまだ健在だね。これなら何が来ても大丈夫だよ!」
扉が音もなく開くと、そこにヴィクターの姿があった。彼はエリシアを見つけて安堵の表情を浮かべ、穏やかな声で迎え入れる。
「来てくれたんだね。本当にありがとう、エリシア」
彼女は明るく笑顔を返した。
「素敵な騎士の頼みなんて断れるわけないでしょ。こんな大事な場面、私がいなくちゃ始まらないよ!」
ヴィクターが周囲を素早く確認し、彼女を地下室へと招き入れた。部屋の中に入ると、魔法陣が以前より力強く輝いており、壁には新たな魔法文字が刻まれている。エリシアはその光景に目を奪われ、感嘆の声を上げた。
「何!? 魔法のリフォームでもしたの? 怪しさとカッコよさが倍増してるじゃない!」
彼女のテンションが一気に上がる中、ヴィクターが落ち着いた口調で説明を始めた。
「準備はもう整ってるよ。君の血を数滴だけこの銀の杯に落としてくれればいい。それで儀式が完成するんだ」
彼は小さなナイフと銀の杯を差し出し、穏やかな微笑みを浮かべた。
「痛みはほとんどないから安心して。すぐに終わるよ」
エリシアは心の中でその笑顔に突っ込みを入れつつも、確認の言葉を口にした。
「医者までこんな完璧な貴公子とか反則すぎるよって内心で叫んでるけどさ、これで本当に世界の壁が強くなるの?」
「ああ、時の魔力が壁の基盤をしっかりと固めてくれる。君の血なら、その効果は何年も持続するよ」
ヴィクターが真剣な目で頷いた。エリシアがさらに尋ねる。
「それで、リチャードはどうなるの?」
「壁が強化されれば、彼の侵略計画は完全に失敗する。彼一人じゃどうやっても敵わないからね」
彼の頼もしい言葉に、エリシアはナイフを受け取った。
「よし、君の頼もしさに免じて信じてあげるよ。これで決まりだね!」
指を切ろうとしたその瞬間、扉が「バーン!」と勢いよく開き、ハーウッド公爵とリチャードが姿を現した。エリシアは思わず声を上げた。
「うわっ、最悪のタイミングでボスキャラが乱入してきたよ!」
ヴィクターが震える声で呟く。
「父上……どうしてここに?」
公爵が鋭い目で息子を睨みつけ、怒りを込めて叫んだ。
「お前、この裏切り者め! いつから我々の計画を邪魔するつもりだったんだ?」
リチャードがその横でニヤリと笑い、公爵に耳打ちするように言った。
「彼らは世界の壁を強化する気ですよ、公爵様。僕たちの計画とは真逆ですね」
エリシアが即座にツッコミを入れた。
「お前こそ壁を壊す気だろ、エイリアン執事! こそこそ企んでるのがバレバレなんだから!」
公爵が冷たく言い放つ。
「世界の壁を壊すことこそが我々を救う唯一の道だ。ヴィクター、お前にはそれが分からないのか?」
ヴィクターが必死に訴えた。
「父上、リチャードに騙されてるんだよ! 壁が壊れたら異界の軍勢が押し寄せてくる。僕たちが守りたいのは平和なんだ!」
公爵が冷静に反論する。
「それは滅びじゃない、進化だ。リチャードの力を借りれば、この王国はかつてない強さを手に入れる」
エリシアは呆れと焦りを込めて叫んだ。
「おっさん、それ完全に洗脳されてるって気づいてよ! リチャードの言うことなんて信じちゃダメだよ!」
その瞬間、リチャードの顔が歪み、人間の皮が剥がれるように異形の姿が現れた。彼が不気味な声で襲いかかってきた。
「もう隠す必要はないね。僕の目的は征服だ。お前の血がその鍵なんだよ、エリシア!」
「速い! またチートキャラ全開じゃない!」
エリシアが叫ぶと同時に、ヴィクターが身を挺して彼女を守った。彼女は感動と驚きの声を上げた。
「最高の盾だよ、ヴィクター!」
彼が息を切らせながら叫ぶ。
「エリシア、今だ! 儀式を始めてくれ!」
彼女は急いで指を切り、血を魔法陣に滴らせた。「時告げの雫」が眩しく輝き出し、エリシアは気合を込めて呟く。
「魔法使いエリシア、ついに発動だよ! これで勝負を決めるんだから!」
リチャードが怒鳴り声を上げた。青白い皮膚と鋭い爪が月光に映える完全なエイリアン姿だ。
「その儀式を止めろ! 今すぐやめろって言ってるんだ!」
エリシアは震えつつもツッコミを忘れない。
「ホラー映画のラスボスそのものじゃない! こんな怖い見た目で迫られても負けないよ!」
公爵がヴィクターに詰め寄る。
「この儀式を止める権利はお前にはないんだぞ! 我々の未来を見誤るな!」
ヴィクターが反論した。
「本当の未来は平和だよ、父上! リチャードの言う進化なんてただの破壊なんだ!」
エリシアはその姿に心を打たれ、内心で感動を噛みしめる。
「貴公子の正義感ってほんとカッコいいよね。私、ちょっと惚れ直しちゃうかも!」
公爵が突然エリシアの腕を掴み、厳しい声で制止した。
「お前もやめなさい、愚かな娘! これ以上余計なことをするな!」
彼女は強く抵抗する。
「離してよ、おっさん! 世界を救うんだから、邪魔しないでくれってば!」
その時、「時告げの雫」が微かに揺れ、エリシアに気づきを与えた。彼女は目を輝かせて叫んだ。
「あ、そうだ! 時を操れるんだったよね! 時よ、止まってくれ!」
ペンダントが眩しく光り、地下室全体が一瞬にして静止した。エリシアは自分の成功に驚きを隠せない。
「え、私って天才すぎるんじゃない!? こんなすごいことできるなんて自分でもびっくりだよ!」
彼女は急いで魔法陣の中央に立ち、力を込めて唱えた。
「世界の壁よ、私の血と時の力で強化してほしい! 今こそ平和を守るんだ!」
血が魔法陣に触れた瞬間、部屋が青い光に包まれ、壁一面に半透明の「世界の壁」が現れた。エリシアはその光景に目を奪われる。
「何!? SF映画みたいなバリアができたよ! こんなかっこいい展開ってあり!?」
時の停止が解け、リチャードが再び動き出した。彼が絶叫しながら飛びかかってくる。
「やめろ! お前なんかに僕の計画を邪魔させないぞ!」
だが、ヴィクターが再び盾となり、エリシアを守った。リチャードの鋭い爪が彼の胸を貫き、エリシアが悲鳴を上げる。
「ヴィクター! また英雄みたいな演出になっちゃうの!?」
血を流しながらも、ヴィクターは弱々しく微笑んだ。
「続けろ……エリシア……僕を信じて儀式を終わらせてくれ……」
彼女は涙目で叫んだ。
「死なないでよ、バカ! こんなところで倒れたら許さないんだから!」
エリシアは儀式を続行し、声を張り上げた。
「壁よ、固く閉ざして! リチャードを永久に封じ込めてくれ!」
壁が一層強く輝き、リチャードがその力に吸い込まれ始めた。彼が恐怖に顔を歪めて叫ぶ。
「何!? こんな力がまだ残ってたのか!?」
エリシアが決め台詞を放った。
「お前の世界に帰れ! 二度とこっちに来ないでくれよ!」
リチャードが最後の抵抗として魔法を放つが、ヴィクターがそれを再び防いだ。エリシアは思わず叫ぶ。
「騎士様、自己犠牲多すぎだよ! もうちょっと自分を大事にしてくれてもいいよね!」
壁が完全に閉ざされ、リチャードの姿が消えた。公爵は茫然と立ち尽くし、呟く。
「リチャードに利用されていたのか……私が間違っていたなんて……」
エリシアは倒れたヴィクターに駆け寄った。
「大丈夫!? ちゃんと息してるよね!?」
彼が苦しそうに答える。
「僕は平気だよ……エリシア。でも君が無事で良かった。リチャードの脅威はもう去ったから……」
深い傷を見て、エリシアは焦りを隠せなかった。
「助からないじゃん、こんな傷じゃ! どうしよう、ヴィクター!」
彼が弱々しく笑う。
「心配しなくていいよ……。なぜここまでしたかって? 君を守りたかったんだ。最初からずっと……そう思ってた」
エリシアはその言葉に涙が溢れそうになる。
「カッコよすぎて泣けるよ! こんな告白されちゃったら私、どうしたらいいのさ!」
彼女は「時告げの雫」を握り、時間を戻そうとした。
「時間を戻せば君を救えるかもしれない!」
だが、ヴィクターが彼女の手を止めた。
「いや、それじゃリチャードがまた来るかもしれない。僕を信じて、これが最善なんだよ」
エリシアが懇願する。
「君を失いたくないよ! こんな別れなんて嫌だよ、ヴィクター!」
彼が最後の力を振り絞って微笑んだ。
「別れも必要だよ……でも僕の心はいつも君と一緒にいるから……」
ヴィクターの手が落ち、エリシアが叫んだ。
「ヴィクター!」
彼女は一瞬絶望に沈んだが、すぐに決意を固めた。
「もうダメかもしれない……でも、私にはまだやれることがあるよね!」
「時告げの雫」を強く握り、エリシアは願った。
「私の全魔力を捧げるから、どうか彼を救ってくれ! ヴィクターを死なせたくないんだ!」
ペンダントから光が溢れ、彼女の体からヴィクターへと流れ込んだ。彼の傷が徐々に癒えていく。エリシアは笑顔を見せつつ、視界が暗くなるのを感じた。
「私、ヒーローすぎるよね! 君のために全部捧げちゃうなんて……」