04 【後編】死と再生(と新たな決意)
朝日が窓から柔らかく差し込み、エリシアはベッドの中で目を覚ました。突然の感覚に驚き、彼女は勢いよく飛び起きる。
「うぎゃっ、びっくりした!」
首に手を当てながら呟いた。
「これで3回目だよ。首が痛いし、リチャードのエイリアンハンドの感触がまだ残ってるみたいで気持ち悪い……」
ノックが響き、エリシアの体が一瞬硬直する。
「お嬢様、お目覚めですか」
リチャードの声がドア越しに聞こえてきた。彼女は反射的に震えそうになった。
「エイリアン執事の声って分かってても怖いよ……」
それでも平静を装う努力をする。
「ええ、入ってください」
彼がドアを開けて入ってきた。いつもの完璧な執事姿で、朝の光に照らされた顔は穏やかそのものだ。
「その下に異形が隠れてるって知ってるからね。もう騙されないんだから」
エリシアは内心で彼を睨みつけつつ、表面上は冷静を保った。
「今日はお嬢様の人生で最も重要な日になるでしょうからね。準備を整えてお待ちください」
リチャードが丁寧に言った。エリシアはその言葉に新たな意味を感じ取る。
「お前にとっては私の血を狙う大事な日だよね。でもこっちはそれを知ってるんだから、もう一歩先を行ってるよ」
彼女は内心で反撃の準備を固めつつ、口では穏やかに返した。
「ええ、そうね。確かに特別な日になりそうだわ。ありがとう、リチャード」
リチャードが部屋を出た後、エリシアはベッドに腰を下ろして頭を整理し始めた。窓の外では朝の鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな風景とは裏腹に彼女の心は忙しく動いていた。
「2回のループで分かったことをまとめるとね。リチャードは異界のスパイで、世界の壁を壊そうとしてる。ヴィクターは私を守るために婚約破棄を選んだ。そして私の血がその鍵だって、みんなに人気すぎるくらい重要なものらしい」
状況を把握しつつも、いくつかの疑問が頭を離れない。
「でもさ、ヴィクターってなんで最初にちゃんと教えてくれなかったの? 私の血をどうやって使うつもりなのかも曖昧だし、私の魔力ってそもそも何なんだろう?」
彼女は呟きながら立ち上がり、決意を新たにした。
「今回はちゃんと情報を集めて、リチャードを避けつつヴィクターと話してみせるよ。それで全部はっきりさせるんだから!」
婚約披露宴はこれまでと同じように進行していった。きらびやかな装飾と貴族たちの笑い声が響き合う中、エリシアは冷静に周囲を見渡しながら振る舞った。
「もうこの流れには慣れっこになったよ。何度目でも同じ展開って、ある意味すごいよね」
ヴィクターがまた「魔力不十分です」と宣言した時、彼女は心の中で軽く手を振った。
「はいはい、もうその台詞は知ってるから大丈夫。聞き飽きたよ」
式が終わり、父と一緒に広間を出ようとした時、エリシアはふと立ち止まって決断を下した。
「お父様、少しだけ時間をください。ヴィクターとちょっと話したいことがあるんです」
「あんな侮辱を受けた後に何だって?」
父が驚いた顔で振り返る。エリシアは真剣な目で彼を見つめた。
「必要なことなんです。お願いします、お父様」
彼女の強い意志に押され、父は渋々頷いた。エリシアは人々が去っていく広間に一人残り、遠くで立ち去ろうとするヴィクターの背中を見つけた。
「ヴィクター!」
静かに、だがはっきりと呼びかける。
彼が驚いて振り返った。
「エリシア様、もうこれ以上話すことはないはずでは――」
「世界の壁のこと、リチャードが異界の者だってこと、全部知ってるよ」
彼女は小声で切り出し、彼の反応をじっと見つめた。
ヴィクターの顔から血の気が引いた。
「どうやってそのことを?」
彼は急いで周囲を確認し、エリシアの腕をそっと取って小さな控室へと連れて行った。扉が閉まる音が静かに響く中、エリシアは内心で小さく勝利を噛みしめた。
「探偵エリシア、大成功だね。この調子で真相に迫ってみせるよ」
「長い話になるけど、あなたが私を守るために婚約破棄したこと、リチャードが私の血を狙ってる異界のスパイだってこと、そしてあなたたちにも私の血が必要だってこと、全部知ってるんだから」
彼女は一気にまくし立てた。ヴィクターが言葉を失って彼女を見つめる。
「信じられないよ。誰かにその話を聞いたのか?」
彼が呟く声には動揺が滲んでいた。
「いいえ、誰かに聞いたわけじゃないよ。私、これで3度目の婚約破棄なんだ。時間を巻き戻せる力があるの、私にはね」
エリシアは少し得意げに笑って明かした。
「時間を巻き戻す? それが時の魔力なのか」
ヴィクターが目を丸くして驚いた。
「そう、昨夜はリチャードに殺されちゃったからね。あのエイリアン執事のチート攻撃には参ったよ」
彼女は軽く笑いながら言い放つ。ヴィクターの表情が曇った。
「私が守れなかったせいだ。申し訳ないと思ってる」
「いや、いいよ。私、意外と強いからさ。気にしないで」
エリシアは明るくフォローした。
「実は一か月前、世界の壁に異変が起きてね。時の魔力で修復しないと危険だと分かったんだ」
ヴィクターが重い口調で説明を始めた。
「それで、私の血だけがその力を持ってるってこと?」
エリシアが確認するように尋ねる。
「そうだよ、君の家系に伝わる特別な力なんだ。『時告げの雫』はその力を増幅する触媒として働いてる」
ヴィクターが頷いて答えた。
「リチャードは十年前からこの世界に潜入したスパイで、壁を壊して異界の軍勢を呼び込もうとしてる。私が婚約破棄を選んだのは、君を彼から遠ざけるためだったんだ」
彼が正直に打ち明ける。エリシアは少し感心したように目を細めた。
「イケメンなのにずいぶん苦労してるんだね。なんだかちょっと可哀想なくらいだよ」
「でもあなたたちも私の血が必要なんだよね?」
彼女が核心をつくように尋ねると、ヴィクターの顔に一瞬痛みが走った。
「そうだよ。少量の血で儀式を行えば壁を強化できる。でもリチャードは君を殺してその血を全部奪うつもりだったんだ」
エリシアがその話を補完するように頷いた。
「君が時間を巻き戻せるなら、まだチャンスはある。今夜、儀式を前倒しでやろうと思う。父には内緒でね。彼はリチャードに影響されてる可能性があるから」
ヴィクターが提案してきた。
「今夜リチャードがまた襲ってくるって分かってるからさ、逆にこっちがハメるチャンスだよね。私もその作戦に乗るよ」
エリシアは目を輝かせて賛成した。
「それじゃあ、夜10時に地下室に来てくれ。準備は私が整えておくよ」
彼がそう言って、エリシアの手を温かく握った。彼女はその感触に少しドキッとしつつも笑顔を返す。
「イケメンな味方がいてくれるなんて最高だよ。これなら勝てる気がしてきた!」
その瞬間、控室のドアが突然開き、ハーウッド公爵が姿を現した。
「何?」
「ヴィクター、一体何をしてるんだ?」
公爵が冷たい声で尋ねてきた。
「エリシア様に謝罪していたんです。我が家の決断の理由をきちんと説明する義務があると思って」
ヴィクターが即座に公式な口調で答えた。
「お心遣いに感謝します、公爵様。私も少し気持ちが落ち着きました」
エリシアも丁寧に頭を下げて応じた。だが、内心では心臓が激しく高鳴っていた。
「今夜が勝負だよ。リチャードをギャフンと言わせてやるんだから、絶対に負けない!」
彼女は決意を胸に秘め、静かに控室を後にした。