02 隠された真実(と若干の探偵ごっこ)
「ええ、リチャード」
エリシアは落ち着いた声で答えた。内心では「今日はついに、私が『ショボい』返しをヴィクターに食らわす日よ。リベンジ開始だ!」と拳を握っていた。
執事は微笑んだ。
「お支度を整えましょう。今日はお嬢様の人生で最も重要な日になるでしょうから」
「そうね、リチャード。忘れられない一日になるわ。あの冷酷貴族に一泡吹かせて、私の魔力がショボくないって証明してやるんだから!」
エリシアは目を細めた。彼女の目には、もはや純粋な期待ではなく、復讐の炎と若干の「やってやるぜ」感がチラついていた。
婚約披露宴の幕開けは、前回と瓜二つだった。きらびやかなドレスとスーツ、宝石の輝き、そして「香水過多で鼻が死にそう」な貴族臭漂う大広間。エリシアは父の腕に手を添えて入場した。今回は「ロボ歩きなんて言わせない」と気合十分だった。淡い水色のドレスに輝く「時告げの雫」を首に下げていた。
「このペンダント、重いけど頼りになるよね」
彼女はそう呟いて自分を励ました。
「緊張してる?」
父が小声で尋ねる。
「少しだけよ。でも今回は私が主役になるんだから、悪い意味じゃなくてね」
エリシアはニヤリと笑みを浮かべた。内心では「ヴィクターの胡散臭い挙動を見逃さないぞ。探偵エリシア参上!」と気合を入れていた。
広間の向こうで、黒髪に切れ長の瞳、すらりとした貴族ヴィクター・ハーウッドを発見した。彼はまるで「宮廷画家の傑作」みたいな姿だった。だが、エリシアは「見た目は完璧でも中身は怪しいよな」と警戒心をMAXにしていた。ヴィクターが軽く頭を下げてきた。その表情が「微笑か、無表情か、あるいは朝食抜きで機嫌悪いだけか」と読めなかった。
「貴族オーラでごまかさないで」
彼女は内心で毒づいた。
式典は前回と同じ流れだった。王家の祝福、両家の挨拶、そしてヴィクターとエリシアが前に進み出る瞬間が来た。
「本日、私の息子ヴィクターとローレンス家の令嬢エリシアの婚約を正式に発表できることを、この上ない喜びとします」
ハーウッド公爵の声が響く。
エリシアの方はというと、「さあ、ロマンチックに手を取って……ってならねえんだよな」と心の中で毒づいて準備を整えていた。
ヴィクターが一歩前に出て、静かに言った。
「申し訳ありません」
「はいきた、予想通り!」
エリシアは内心で拍手した。
「婚約を解消させていただきます」
彼女は驚きを演じた。「またかよ。私の耳、二度目なのにもう慣れてきたわ」と内心で呟きつつ、今回は冷静にヴィクターの表情を観察した。彼の目は冷たかったが、前回より複雑な「悲しみか、後悔か、あるいは胃もたれか」みたいな感情がチラリと見えた。
「怪しいぞ、この貴族?」
エリシアは彼を睨んだ。
「最近の調査で、私の立場には、より強力な魔力を持つ花嫁が必要だと判明しました。エリシア様の魔力は……不十分です」
彼女は心の中で毒づいた。「また『ショボい』の言い換えね? 魔力測定器でも持ってたの」と呟きつつ、周囲の囁き声「魔力が低いなんて」「公爵家には無理だったか」を「はいはい、聞こえてますよ」とスルーした。今回は動揺するふりをしていた。だが、ハーウッド公爵とリチャードの微妙なアイコンタクトに気づいた。
「裏でコソコソしてるな」
さらに公爵が西側の小さな扉をチラ見したのを確認する。
「怪しさMAX。あそこに何かある!」
彼女は心の中でマークした。
「こっ、これにて式を終了します」
式典官が慌てて宣言した。音楽が流れ始めたが、誰も踊らず、視線はエリシアに集中していた。
「私、主役すぎるでしょ。最悪の意味で」
彼女は自嘲しつつ、父が肩を支えようとした時を遮った。
「お父様、一人で帰るわ。ちょっと探偵ごっこしたい気分なの!」
父が心配そうに口を開く。
「しかし……」
「大丈夫、もう泣かないし、むしろ楽しんでるから」
彼女は笑顔で誤魔化し、広間を出た。
エリシアは宮殿の廊下の暗がりに身を潜めた。
「隠密行動開始。ヴィクターの尻尾を掴んでやる!」
彼女はワクワクしていた。およそ30分後、ヴィクターが広間から出てきて、周囲をキョロキョロしていた。
「怪しさしかないじゃないの、この貴族」
エリシアは彼を睨んだ。彼が西側の廊下へ足早に向かうと、彼女は静かに後を追った。
「尾行開始。隠れる場所少なすぎだけど」
長い廊下で「足音うるさい私」と焦り、階段で「忍者ならもっと静かに」と自己ツッコミしつつ、彼が小さな扉の前で立ち止まるのを見届けた。
ヴィクターが呪文を唱えると、扉が音もなく開いた。
「カッコいいけど怪しい? 隠し部屋でも持ってるのか」
彼女は感心しつつ、彼が入るのを見計らった。エリシアは閉まりかける扉に足を突っ込んだ。
「痛っ。忍者失格!」
声を殺して呟いた。隙間から覗くと、そこは地下室だった。壁に古い魔法の記号、中心にデカい魔法陣があった。
「隠しダンジョンか。ボス戦の準備でもしてるのか」
エリシアのテンションが一気に上がった。魔法陣の薄暗い光に照らされ、まるで冒険譚の主人公になった気分だ。
ヴィクターが古代魔法っぽい言葉を呪文のように唱え始めた。すると、魔法陣が青く光り出し、地下室に不思議な響きが広がる。
「厨二病全開じゃないの」
エリシアは思わずツッコミを入れた。目を凝らすと、部屋の奥の壁に別の世界が一瞬映ったような気がしたが、あっという間に消えてしまった。
ヴィクターが苛立ちを隠せない様子で呟いた。
「まだ足りない……時の魔力がなければ」
「私のショボい魔力じゃダメってことか。ムカつく!」
エリシアはムッとして唇を尖らせた。だが、彼が疲れた顔で椅子に腰を下ろし、手帳に何かを書き始めると、彼女の好奇心が再び疼き出す。
「あれ、日記か? 貴族の秘密が詰まってそう」
目を輝かせながら、エリシアはそっと首を伸ばして覗き込んだ。
その時、別の扉が軋む音を立てて開き、ハーウッド公爵とリチャードが堂々と入ってきた。
「うわっ、ボスキャラ勢揃い! 隠れなきゃ」
エリシアは慌てて息を止め、魔法陣の影に身を縮めた。心臓がドキドキしているのが自分でも分かる。
「進展はあったか?」
公爵が低い声で尋ねると、ヴィクターが疲れ切った声で答えた。
「時の魔力が必要です」
「でもそれを持つ者は――」
彼が言いかけた瞬間、リチャードが割り込んだ。
「ローレンス家の令嬢だけだ」
その声には普段の丁寧な執事口調がまるでなく、冷たく鋭い響きがあった。
「私の血か? 吸血鬼執事なのか」
エリシアは内心で混乱し、頭の中でリチャードが牙を剥く姿を想像してしまった。
「彼女を危険に晒すわけにはいかない」
ヴィクターがきっぱり反論した。
「おお、実はいい奴か」
エリシアは驚きつつ、少しだけ胸が温かくなった。
「今日の婚約破棄も彼女を守るためだった」
その言葉を聞いて、彼女は思わず叫びそうになった。
「それなら最初からそう言えよ、バカ! ショボい呼ばわりした意味ないじゃん」
内心の叫びをぐっと堪えつつ、ヴィクターへの誤解が解けたことにほっとした。
「時間がない」
リチャードが冷たく言い放つ。
「異界からの侵略が始まってる」
「異界か? 何だ、そのSF展開」
エリシアは混乱しながらも、頭の中で異界の怪物が押し寄せる絵を勝手に描いてしまった。公爵が重々しく口を開く。
「王国のために犠牲は必要。エリシアの血で結界を強化できる」
「私の血、人気すぎでしょ」
彼女は呆れ半分にツッコミを入れつつ、ちょっとした人気者にでもなった気分を味わった。
リチャードが不気味に笑いながら言った。
「今夜、彼女の部屋で血を採る」
「ホラー映画の悪役すぎ」
エリシアは背筋が寒くなり、思わず肩を震わせた。公爵が話を締めくくる。
「明日の夜に儀式を」
三人が足音を響かせて去っていくのを、エリシアは影からじっと見つめていた。やがて静寂が戻ると、彼女は立ち上がった。
「忍者タイム終了!」
意気揚々と地下室に忍び込み、探偵モードを再開した。 部屋はまだ薄く光る魔法陣と古代文字でミステリアスだった。
「世界の壁……異界の脅威……時の魔力……って、私の血のことか」
彼女は断片的に読みつつ、ヴィクターの机にあった日記を手に取った。
「エリシアとの婚約を破棄した。彼女を守るためだ。リチャードは彼女の血を狙ってるが、彼の目的は怪しい。世界の壁が崩れれば異界の者たちが侵入する。時の魔力で壁を強化したいが、彼女を危険に晒したくない……」
「ヴィクター、誤解してゴメン! でもリチャード、マジで何者?」
彼女は震える手で日記を戻した。
「今夜、私の血を採る気だと」
急いで部屋を出る。
自室に戻り、窓辺で夕暮れを見つめるエリシア。「ヴィクターは味方、リチャードが敵……私の血が世界の鍵って、責任重すぎ」と頭を整理した。「今夜が勝負ね」と剣をベッド下に隠す。
ノックが鳴った。
「お嬢様、夕食の準備ができました」
リチャードの声がする。
――来たな、血泥棒執事!
彼女は身構えた。
「ありがとう、すぐ行くわ」
平静を装って答える。
窓辺を離れた。「時告げの雫」に触れながら呟く。
「時間を巻き戻せるなら、今度はもっと情報を集めてやる。リチャードの正体、絶対暴いてやるんだから!」
部屋を出る前、彼女はニヤリと笑った。
「もし今夜リチャードが忍び込んできたら、剣で一発ギャフンと言わせてやる」
今夜の出来事が彼女の運命を大きく変えるとは、まだ知る由もなかった。だが、エリシアの目には決意と『ちょっと楽しそう』な光が宿っていた。