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01 繰り返す絶望(と若干の腹立たしさ)

 朝日が窓から差し込み、エリシア・ローレンスの頬を優しく照らした。今日は特別な日。婚約披露宴の日だ。少なくとも、カレンダー的にはそうだった。

 

 「お嬢様、お目覚めですか」

 

 ノックの音と共に、執事のリチャードが部屋に入ってきた。五十代半ばの彼は、十年以上にわたりエリシア家に仕えてきた忠実な従者……のはずだったが、エリシアは最近、彼の忠誠心が自分より朝の紅茶に傾いているのではないかと疑い始めていた。

 

 「ええ、リチャード。今日はついに……私が王都一の美人令嬢として輝く日よね!」

 

 エリシアはベッドから勢いよく跳ね起きたが、寝癖で跳ねた髪が顔に張り付き、『美人令嬢』どころか『朝のモンスター』状態であることに気づいていなかった。二十歳になったばかりの彼女は、マギノリア王国で美しさと教養を兼ね備えた伯爵令嬢として知られていたが、今朝は鏡を見る余裕がなかった。

 

 「お支度を整えましょう」

 

 リチャードは微笑んだが、その目は「この子、寝起きで何を言ってるんだ?」と言わんばかりに若干冷ややかだった。

 

 「今日はお嬢様の人生で最も重要な日になるでしょうから」

 

 「そうよ、リチャード! ヴィクター様と私が結ばれる日だもの!」

 

 エリシアは目をキラキラさせながら言ったが、リチャードの意味深な口調に気づく余裕はゼロだった。

 王宮の大広間は、国中から集まった貴族たちで溢れていた。きらびやかなドレスとスーツ、宝石の輝き、そして「誰かが香水を一瓶ひっくり返したのか?」と思うほどの高級な香水臭が漂っていた。エリシアは父の腕に手を添えて入場したが、緊張のあまり『歩き方がロボットみたい』と後で噂されることになるとは夢にも思っていなかった。

 彼女のドレスは淡い水色で、胸元には家に代々伝わる『時告げの雫』という青い宝石のペンダントが輝いていた。ちなみにこのペンダント、家族からは「落とすなよ、重いんだから」と何度も釘を刺されていた。

 

 「緊張してる?」

 

 父が小声で尋ねた。

 

 「少しだけよ。だって、私の美貌で皆を圧倒するんだから!」

 

 エリシアは自信満々に答えたが、心の中では「転ばないでくれ、私の足!」と自分に言い聞かせていた。

 広間の向こうに、婚約者のヴィクター・ハーウッドを見つけた。黒髪に切れ長の瞳、すらりとした体格の彼は、まるで『貴族のイケメン図鑑』から飛び出してきたような存在だった。公爵家の跡取りであり、第二王子の側近でもある彼は、エリシアにとって『完璧な婚約者』だった。少なくとも、今のところは。

 ヴィクターが軽く頭を下げてきたが、その表情が「笑顔なのか無表情なのかどっちだよ」とエリシアを混乱させた。

 

 「ローレンス伯爵とその令嬢、エリシア・ローレンス様のご入場です」

 

 式典官の声が響き、会場が静まり返った。

 エリシアは「よし、私の輝く瞬間が来た!」と内心で拳を握った。

 すべては順調だった。王家の祝福、両家の挨拶、そしてヴィクターとエリシアが前に進み出る瞬間??までは。

 

 「本日、私の息子ヴィクターとローレンス家の令嬢エリシアの婚約を正式に発表できることを、この上ない喜びとします」

 

 ハーウッド公爵の声が響いた。ヴィクターが一歩前に出て、エリシアに向き直った。彼女は「さあ、ロマンチックに手を取って!」と期待に胸を膨らませた。

 

 「申し訳ありません」

 

 ヴィクターの声が静かに響いた瞬間、エリシアの脳内で「え、何?」という音が鳴った。

 

 「婚約を解消させていただきます」

 

 「……は?」

 

 エリシアの口から思わず変な声が漏れた。周囲がどよめき、囁き声が渦巻く中、彼女は「今、私の耳がヴィクターの声を『解消』って言ったって勘違いしただけよね?」と自分を慰めた。

 

 「どういう……こと?」

 

 彼女の声は震えつつも、内心では「冗談だろ、このタイミングで!?」と叫んでいた。

 ヴィクターは冷たい目で彼女を見据え、こう続けた。

 

 「最近の調査で、私の立場には、より強力な魔力を持つ花嫁が必要だと判明しました。エリシア様の魔力は……ぶっちゃけ、ちょっとショボいです」

 

 「ショボい!?」

 

 エリシアは心の中で絶叫した。公の場での屈辱に頬が熱くなり、目に涙が浮かんだが、同時に「ショボいって何!?  魔力測定器でも持ってたの!?」とツッコミを入れる自分がいた。周囲からは「魔力が低いなんて」「公爵家にはやっぱり無理だったか」という囁きが聞こえ、エリシアは「はいはい、聞こえてますよ!」と内心で毒づいた。

 

 「しかし、契約では……」

 父が怒りに震える声で言いかけたが、ヴィクターの父が冷たく遮った。

 

 「契約には例外条項があります。王国の利益のためなら解消可能と。魔力の低さは明らかに国家安全保障に関わる問題ですからね」

 

 「国家安全保障!?  私が魔力で国を守る気だったとでも!?」

 

 エリシアは内心で突っ込みつつ、足元がグラついた。これが現実なのか、悪夢なのか、もはや区別がつかなかった。

 

 「これにて式を終了します」

 

 式典官が慌てて宣言し、音楽が流れ始めたが、誰も踊る気ゼロ。すべての目がエリシアに注がれ、彼女は「私、主役すぎるでしょ……最悪の意味で」と自嘲した。

 自室に戻ったエリシアは、感情が爆発。

 床にくずおれたエリシアは泣きながら叫んだ。

 

 「ヴィクターのバカ! 魔力ショボいって何!? 私だって掃除魔法くらい使えるわよ!」

 

 暖炉の火が彼女の涙を照らし、空気が歪み始めたことに気づかず、彼女は怒りに任せて喚いた。

 朝日が窓から差し込み、エリシアの頬を照らした。彼女は飛び起き、汗だくで叫んだ。

 

 「何!? また朝!? またこの寝癖スタートってどういう嫌がらせ!?」

 

 エリシアは混乱して周囲を見回した。ドレスも涙の跡も消え、代わりに寝間着姿の自分がいる。震える手で壁の時計を確認すると、朝の七時??婚約披露宴の朝と同じ時刻を指していた。

 

 「どういうこと……? 婚約破棄は夢? いや、私の記憶力そんなに良くないし!」

 

 しかし頭の中には婚約披露宴の全てが鮮明に残っていた。

 ヴィクターの冷たい目、『魔力ショボい』という言葉、会場のどよめき、そして自室で泣き崩れた自分。あまりにも鮮明すぎる記憶に、「これ、悪夢にしてはリアリティ高すぎでしょ!」と首をかしげた。

 エリシアは胸元に手をやり、そこに「時告げの雫」が温かく光っているのを感じた。昨夜の怒りの中で放った願い――「もう一度やり直したい」――が思い出された。

 

 「まさか……本当に時間が巻き戻ったの? 私がそんな魔法使いみたいなことできちゃうわけ!?」

 

 信じられない現実に、エリシアの頭は混乱と興奮で一杯になった。あの屈辱的な婚約破棄はまだ起きていない。全てをやり直せる。そう思った瞬間、彼女の中に新たな決意が芽生えた。

 ノックの音。

 「お嬢様、お目覚めですか」

 

 リチャードの声に、エリシアはニヤリと笑った。

 

 「ええ、リチャード。やっと起きたわ。今日はついに、私が『ショボい』返しをぶちかます日なんだから!」

 

 「おや、それはまた物騒な目覚めですね。お支度を整えましょう。今日はお嬢様の人生で最も重要な日になるでしょうから」

 

 「そうね、リチャード。忘れられない一日になるわ。ヴィクターの顔を歪ませて、私の魔力がショボくないって見せつけてやるんだから!」

 

 エリシアの目に燃えるのは、もはや無邪気な期待ではなく、復讐の炎と若干の悪ノリだった。


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