世界はどうして
世界にははるか昔、陸というものがあったらしい。
今生きている人がいるのは海の底。はるか昔、陸というのが海の上にあったという、そこには人がいて生きていた。これ以上の歴史は残されていない。
「母さんおはよう」
「あら、おはよう今日は早いのね」
「今日は僕が狩りをしてくるよ」
「行ってらっしゃい、気をつけてね、危険区域の辺は行ったらダメだからねー」
「わかってるよ」
この小さな村はあまり豊かではない。そのため、さやとの家は食べるものをなるべく自分達で取りに行かなくてはならない。
海には危険な生物がわんさかいる、図鑑に載っているのだと、カニという3m程の巨大な爪を持った生き物や、体長50mで超スピードで泳ぐマグロという生き物、見つかったらほぼ食われて死んでしまうと言われているサメ、外は危険だらけだ。
そんな危険がある外だが、人の住む所には結界というものがある。結界の中には人間しか入れない。それのおかげで人は住んでいる場所を襲われずに生きていける。だが、この結界は誰が考えて誰が作って、いつからあるのか誰も知らない。
外に出ると、海の外から暖かな日差しが差し込める。波に揺らめく光はいつ見ても綺麗だ。
「気持ちいい朝だぁ」
「街の人はいいなぁ、危険な外に出なくても食べるものが手に入るんだもんな」
ここから少し離れたオザトという街には沢山の人が住んでいる。そこでは技術が発展しており、食べるものに困ることはないという。だがそこに住めるのは身分のいい人だけ。さやとには縁のない世界だった。
「今日は何が取れるかな!」
自分で取って食べる、狩りには達成感があり、さやとにとって楽しみの一つでもあった。
(今日はあんまり獲物がいないな…いつもならいるのに)
いつも行くこの狩場は安全だ。危険な生物の目撃情報今までなく。比較的簡単に取れる獲物しかいない。はずだった。
「嫌な感じがする…死骸だらけだ……一回帰って村の人達に言った方がいいかもしれない」
危険を感じるのも無理は無い。そこら中にある魚の死骸、それも何かにやられた酷い有様だ。
「うわああああ」
遠くに微かに見えた。あれは図鑑でも見た事のないおぞましい見た目の生物だった。
(なんだなんだあの生き物はあああ、は、はや、早く逃げないと)
300mは離れているはずだった。瞬きするまにもっと近くへ。とんでもないスピードでこっちに向かってくる。
「来るなあぁぁぁぁ」
緊急用のイカスミ煙玉を即座に投げる。自分も見えなくなるが仕方がない。
「とりあえずどこか!どこか岩の陰でもいい!早く!」
足がちぎれるほど必死に泳いだ。人生で一番スピードが出ていただろう。
「や、やばい!もう来てる。」
「あそこだ!あと少し!」
ズボォオオ
穴があり、そこに何とか逃げ込めた。その隙間には巨大なあいつは入れなく詰まってしまった。
「あ、危なかった。へ!ここにいればもうお前なんか怖くないぜ!」
そんなふうに調子こいていると、隙間に挟まったまま暴れだした。
「おい!やめろって!危ないだろ!」
穴が崩れてしまいそうな勢いで暴れていたが、何とか諦めて帰って行った。
「……………」
腰を抜かした。声が出なくしばらくそこに崩れたままでいた。
少し時間が経ち、バクバクだった脈も落ち着いてきた。立ち上がって辺りを見渡す。やつはもう居ない。
「ここはなんなんだろう。家のような感じもある」
逃げ込んだ穴は微かに誰かが住んでいた家のような感じが残っていた。
少し苔むした壁。海藻やサンゴのようなものが生えている床。神秘的な場所だった。
「綺麗だ…」
そのまま吸い付けられるように奥まですすんで行った。
「これはなんだろう?」
あったのは一つの絵。石に絵が彫られていた。体と同じぐらいのでかい石に描かれていて、石碑のようなものだった。
「なんだろうこの絵は」
「真ん中に並々の横線があって、上と下に人がいる、どういうことだろう」
絵を見ただけでは何を表しているのか分からなかった。
「裏にも何か書いてある」
裏に書かれていたのは表とは違い文字だった。
(世界には、陸というものがあった。私はそこで生きていた。世界は突然海の底へ沈んだ。なぜ沈んだのか誰も知らない。人々は大勢死んだ。当然だ。人は海の中で呼吸なんてできない。今この水の中で呼吸できるのはなぜなのか。なぜ今陸はないのか、なぜ私は生きてこれを残しているのだろうか。まずオザトという街に向かってみるといい。これ以上は残せない。だって面白くないだろ?誰かが世界を知ってくれるのを待ってるよ。)
「なんだよこれ……」
何を言っているのか分からず困惑していた。世界の歴史はこの世界にほとんど残されていない。残されていないため、疑問になることもなかった。
「とりあえず今日は帰ろう」
普段は来ない危険区域まで逃げてきてしまっていた。危険区域の生物は狂暴だ。見つからないように慎重に帰った。
狩りをしに来たがそれどころではなく、狩りを完全に忘れて帰っていた。
「ただいま…」
「おかえりなさいー、今日は何か取れたー?」
「いや、取れてないんだ」
「あら、そうなの、珍しいわねー」
さやとはそのまま部屋に入って考え込んでいた。