第四話 話をまとめよう
日誌を静かに閉じた衛鉄はペンと日誌をバックにしまった。
3人の間に暫く沈黙が続いた後、衛鉄が口を開いた。
「岸野さん、初任務お疲れ様。私はまだ元世界に戻らず異世界を転々としながら仕事をするつもりだけど、本部からこの後についての事は何か聞かされてないかな?」
「…そっそうですね〜。何かと言われれば何か言ってた様な気がします。何だったかな〜?」
ヒュッヒュッ〜と口を尖らせたがその口から音はしなかった。モジモジし始めた瑠夏に衛鉄は疑いの目をやった。
「聞いておきたいんだけど、どうして年齢を偽ってまで派遣士の任務に参加したかったのかな?正直、安全な仕事とは言えないから資格に合格しても女性はオペレーターとして落ち着く事が多いんだよ。確かに給料は大分良い方だからお金に困ってるとか?」
「…ねっ?年齢詐称?何のことだかさっぱりですね〜?私は24歳なのですげどね〜?」
まだとぼける気なのか?既にバレた時点で話が進んでいると思っていたのに…。そんな事を思いながら衛鉄はやれやれと頭を軽く掻いた。その様子を見ていたローゼが話に割って入って来た。
「ちょっと衛鉄!アンタ女の子にズケズケと詮索してんじゃないのよ!30超えたおじさんがプライベートについて聞くなんて…知ってるんだからね。アンタみたいな人間をそっちの世界では厄介な親戚のオジサンって言うらしいじゃない!とうとうアンタもそこまで堕ちたのね!フンッ!」
ローゼは鼻息を荒くしながら言ってやったぜ!と表情にかつてない元気を宿していた。
「…君の舌はなぜ私への罵倒の時だけ生き生きとするのか…。別に詮索ではない。何か困ってる事があれば私が協力してあげようかと思っただけだ。」
ローゼがちぇっと舌打ちした直後、再びオペレーターの声が衛鉄の耳から漏れた。
(今回の任務で同行された真壁丸樹さんですがこれからは単独での任務にあたるようお願いします。真壁丸樹専用のオペレーターが既に配属されています。そして、初の任務達成おめでとうございます。これからも元世界の秩序の為、誠心誠意お勤め下さい。)
ブツリとオペレーターからの連絡は途絶えた。
衛鉄とローゼはたじろく瑠夏を凝視した。真壁?
目の前にいる少女は岸野瑠夏だ。
これまでかと思ったのか瑠夏は衛鉄達に吐き出すように転生にまで至った経緯を説明した。
「相互代理受験⁈どういう事?」
ローゼが事の経緯に戸惑っていた。しかし、衛鉄だけが瑠夏の説明に納得がいっていた。
「…つまり、お互い早く派遣士になりたかった真壁丸樹と岸野瑠夏はお互いに入れ替わりながら資格試験の中にある筆記試験と体力試験を受けた。という事かな?」
「まあ、そんな感じです。本当は転生すら出来ない年齢である事は分かっていたんですがどうしても異世界に行かなければならない事情がありまして…ごめんなさい!その理由だけは説明出来ないです!」
そこまで聞くつもりはないが、ちょっと政府管轄なのにガバガバ過ぎやしないか?いくら、人員が不足しているとはいえ…。そもそも入れ替わりながら試験をこなすってどんな方法を使ったんだ?関係者内部に身内でもいないと出来ない芸当だ。
「…へぇ〜あんたの職場?っていうのも随分とやんわりした場所なのね。でも、転生はさすがに2人で来る方が良かったんじゃない?」
私を小馬鹿にする前置きは要らないはずだ。と衛鉄はローゼに顰めっ面を送った。
「本当はそのつもりだったんですがあの馬鹿のせいで何もかも台無しです。後からでも転生されるとは思いますが私の計画通りにすれば2人で来れたはずなのに…あんな筋肉馬鹿と組むんじゃなかった…どうして兄貴はあんな奴を…。」
瑠夏は頭をかかえながらぶつぶつ喋るように言い返した。
「お〜い瑠夏ちゃ〜ん。大丈夫?ほら!衛鉄、アンタが変な詮索しちゃったせいで様子がおかしくなってるじゃない!」
八つ当たりが如くローゼは宥めようのない瑠夏に背を向け衛鉄の耳元でドヤした。
「そんな事言ったって、一度ならまだしも認知した上で年齢詐称!しかも、未成年の派遣士を連れ回したなんて事政府に知られたらあっという間に私の首が飛んでしまう!政府管轄の職種ではあるが公務員ではないんだ!」
ローゼに必死の説明をする衛鉄に聞き耳を立てていたのか瑠夏はすかさず答えた。
「その心配はありません。派遣士は公務員ではありませんがそもそも人員不足である為6年も勤めているベテラン派遣士の田中さんがクビにされる事は確実にあり得ません。異世界に住む人々との交流を持つ派遣士を再び育成する方が圧倒的にコスト効率が悪いです。罰則と言っても減給か厳重注意で済むはずです。」
衛鉄はゴクリと唾を飲んだ。この子はそんな事をこの短時間で考えていたのか…いや、減給も厳重注意もされたくはないんだがな。
「どうかこの通りです!真壁丸樹が転生されるその時まで本部に内密で田中さんの側で任務をお供させて頂けないでしょうか!」
瑠夏は深々と頭を下げた。
何か事情があるのは間違いないが私1人へのリスクが多すぎる気がする。
しかし、正直な所、岸野瑠夏と真壁丸樹という人間は不正受験をしている訳だ。既に本部で間違いなくバレている。
でなければ真壁丸樹専属のオペレーターが申告しているはずだからだ。自分の担当する派遣士が元世界にいるのだから。
いや、そのオペレーターまでもがグルだとしたら未だに私の専属オペレーターが連絡をよこさないのも納得がいく。察するに彼らは2人で異世界での共通の目的があったのだろう。オペレーターもしくは派遣士採用担当辺りに協力者の元、試験は無事突破。
しかし、転生室には1人しか入れない。そして、2人同時に転生しようと画策したものの失敗して岸野瑠夏1人だけが異世界に来てしまったというわけだ。
賢そうな子ではあるが目的の為なら後先考えるのを辞めてしまうタイプなのか?
「ちょっと衛鉄!どうすんのよ!この調子だとこの子ずっとこの世界に居座りそうよ!なんとかしなさいよ!」
衛鉄にローゼは瑠夏の同伴を促すよう陰ながら説得した。
全く私の事情を考えてみて欲しいものだ。本部の幹部達が恐ろしい人間達である事を2人はまず知らないのだろう。衛鉄は2人に勘付かれないよう小さくため息をついた。
仕方がない。ここはひとまず同伴を許可しようか。ローゼにまで駄々を捏ねられたら次の任務に支障が出てしまう。
「分かった。同伴を許可しよう。」
「本当ですか!ありがとうございます!
瑠夏は目をキラキラと輝かせた。共に行動してから一番の声量であった。
「ただし条件がある。私にもリスクが伴うという事を加味して欲しいからね。同伴するのは真壁丸樹が来るまでだ。そして、もし本部の幹部にバレたりしても私は責任を取らない。異世界の住人であるローゼによる強い申請があったといえば問題は小さくて済むはずだからね。」
まあ、どんな形であれ私にお咎めがゼロではないのは確実ではあるが2人の目的が今後の任務に役立つ可能性があるのも否めない。
政府管轄の試験を理解不能の方法で突破したのだから彼女自身融通のきく判断が出来るのは間違いないだろう。
そういった機転のきく行動が出来なければ異世界では危険すぎる。
「…わっ分かりました。丸樹が来れば2人だけで行動してもどの異世界でも安全に活動出来るので…よしっ!その条件、受けます。」
何かの考察を自身で解決したのか瑠夏は自信を持って答えた。
「…へえその真壁丸樹?男なんでしょうけど随分と信用しているのね。そんなに強いんだ?」
どれ程の強さなのかと試すようなその聞き方に瑠夏は胸の前に手の平を出し慌て返した。
「いやいや、ただフィジカルバカなだけですよ。…でも腕っぷしの強さならどんな異世界でも余裕で渡り合えると思います。とんでもないバカである事を除けば良い人材なのに…。」
衛鉄は瑠夏が1人の世界に入っていくのを見て元世界では研究職についていたのではないかと考えを巡らせた。
異世界で渡り合える人間か…岸野さんが誇張して評価しているようには思えないし相当腕の立つ男なのだろう…『真壁丸樹』どこかで聞いた事があるような名前だったはず…思い出せない。
「ほお〜、色んな異世界はあるけれど衛鉄の世界でそこまで強い人間いないんじゃない?バイルより強かったりしてね。…まあ、それはないか。」
「何を言ってるんだローゼ、バイルは異世界の中でも特殊なタイプなんだ。彼より強い人間、もしくは亜人なんているかどうか…。」
「分かってるわよ。もう!冗談よ冗談、本気にして聞かないでよね!」
置いてけぼりの瑠夏はそのバイルという人物に強い興味を抱いた。
丸樹より強い、いや、そのバイルよりずっと強靭な猛者達が異世界にはいるのか…興味深い。やっぱりかなりのリスクはあったけど異世界に来て本当に良かった!とりあえず今は田中さんについて行って現地調査を徹底しよう!
「…そっその『バイル』?という人はお二人の話を聞く限り相当お強いんですね。この異世界にはいらっしゃらないんですか?」
ローゼが割って入って答えた。
「それは次に行く異世界で多分会えるわよ。」
「…ちょっちょっと待てローゼ君もついてくるのか?」
「はあ〜当たり前でしょ!アンタみたいな野暮ったい30になったばかりのオジサンと未成年でこんなに愛らしい女の子を2人っきりになんてさせるわけないでしょ?知ってるわよ衛鉄、アンタの世界でオジサンが未成年の女の子と同伴する事をパパk…」
「ああー!ハイハイ分かりました!分かったよもう。ついてこれば良いよ。全く一体いつどこでそんな言葉を覚えたんだ…微妙にニュアンス間違ってるし。」
頭を抱える衛鉄に対し瑠夏はローゼの同伴に心が躍っているようだった。
「えっ!ローゼさんも来てくれるんですか?やったー!まだお聞きしたい事沢山あったので嬉しいです!」
瑠夏の無邪気なその反応にローゼは目をうるうるとしながら隣にいる衛鉄の横腹をつつきながら
「どうしよう衛鉄この子めちゃくちゃ可愛いじゃない。元世界に返したくないんだけど?』」
「はあ〜まあ仲が悪いよりかはマシか…愛嬌だけで安全が保障されるのなら困ることは一つもないんだがな。」
ため息をつく衛鉄にローゼはむっとしながら瑠夏に近づき彼女の両肩を掴んだ。
「良い?瑠夏ちゃん?あなたの目的はまだよく分からないけど絶対に悪い奴からは守ってあげるから!衛鉄から変な事されたらすぐ言って!私がボコボコにしてやるからね!」
衛鉄の引き攣った顔を見たローゼはニヤリとした。
やれやれ君の中では私はどんなイメージで潜在しているんだ?もう先が思いやられる。
額に手を当て困り果てる衛鉄を見た瑠夏はそれに気付いたのか話の話題を切り替えた。
「そっそうだ。次の異世界ってどんな所なんですか?にっ任務の内容も気になります。」
「あっ、そういえばそうだね。え〜そうだね次の異世界の名前はナラクネ…おっ丁度いいね。さっき言ったバイルはこの異世界にいるんだ。」
「…ナラクネですか。そういえばこの異世界の名前って何ですか?聞くの忘れてました。」
「んっ?ああそうかそうだった。この異世界はマルタスと言うんだ。でも、異世界の呼称をつけてるのは元世界に住む我々が判別をしやすくするためだけであって異世界に住む人々は名前すら知らないから伝えるのを忘れていたよ。」
「そうだったんですね。勉強になります。やはり試験の為の勉強より実際に行ってみたほうが理解と発見が多いですね。」
でもその為に不正受験は良くないのでは?と内に秘めた衛鉄の横でローゼは険悪な表情をしていた。
「…ナラクネってこの異世界に比べたら大分危険度が上がるじゃない。瑠夏ちゃん大丈夫なの?」
「本部は岸野さんが異世界に行ってしまった事は把握しているかもしれないが私と岸野さんが同行している事を知らないはずだ。そこで私が任務先を安全な異世界ばかりにしてしまうと同行の疑いがかかる。ローゼもついて来てくれるとの事だし、私とローゼが彼女から目を離さない限り問題はないだろう。バイルと合流出来ればなお良し。まあ、本当に危険になれば緊急転送でもさせるさ。」
それを聞いたローゼは両腕を組み鼻から大きく息を吐いた。
「何よ、結局私がいた方が良かったって事ね。感謝しなさいよね衛鉄。」
半目にしてローゼを衛鉄は見つめた。
いや、私は負担ゼロでナラクネに向かいたかったんだか…岸野さんがいる手前そんな事は口が裂けても言えない。
衛鉄の苦笑いを瑠夏は敏感に反応した。
「…あっ足手纏いにならぬよう精一杯頑張ります。
もし、どうしようもなくなったら私の事は見捨てて貰っても結構です!それぐらいの覚悟は出来てます!」
その目に嘘はなかった。同行する為の口実とも見えぬその覚悟の表れにローゼはますます瑠夏の人間性に惹かれた。
しかし、衛鉄は瑠夏の決意表明を意に返さない即決の返答をした。
「それはないよ。どんな事があっても君を置いていく事は絶対にない。危険な状況でも必ず私達が対処してみせる。必ずだ。」
「ふんっ!衛鉄もたまには良い事言うわね。とりあえずしばらくはこの3人で行動する事で決定!楽しくなりそうね!」
「…本当になんとお礼を言えば良いか…この恩はどんな形であれ必ずお返しします!」
3人は互いに顔を見合わせた。
これまでとは違う新たな冒険に衛鉄は底なしの不安があったがこの行いが過去の自分に向き合うような気がした。ただ当たり前のように生きるのではなく生命とその生き様に関わり続けようとあの人が教えてくれたのだから…。
ローゼはポケットからゴソゴソと赤色の球体を取り出し、その球を3人の間にポイっと投げだした。途端にその赤色の球は立方体に変化し扉のような物に変化した。いわゆるワープのような雰囲気を醸し出していた。
瑠夏はあまりの驚きに声を上げた。
「すっすご〜い!何ですかこれ⁈」
キラキラと目に星を浮かべている瑠夏にローゼは腰に手を当て鼻を高くした。
「ふんっ!凄いでしょ!この魔法はどの異世界からも別の異世界に移動出来る魔法なの。衛鉄の世界の転生装置と違って2人以上の異世界移動が可能なの。人数が多ければその分、魔力消費は激しいけれど3人なら何とかなるでしょ!これは私にしか出来ないんだからね!」
ローゼさんにしか出来ない?先程の赤色の球体に秘密があるのではないだろうか?
キョトンとしている瑠夏を察した衛鉄は説明を補足した。
「…ええとローゼは『渡り人』と言って生まれつき異世界との交流が可能な存在なんだ。魔力が多少ある物質であれば異世界に穴を開けワープを形成する事が出来る。非常に稀な存在である為、特殊保護文化人として認定されているんだよ。」
「説明どうもありがとう、そしてその貴重な存在である私を酷使しているのがあなたなのよね衛鉄さん?まっ美人で仕事も出来てその上渡り人とあっちゃあ独身のあなたは側に置いておきたいわよね〜?」
この際、何も言わない方が得策だ。変に言い返してもこじつけで悪態をつけられるだけだ。
衛鉄は光を失くした目を閉じ心の平安を優先させた。
そんな中、瑠夏だけが先程以上の目の輝きを放っていた。
「すっ凄いですローゼさん!美人な上に仕事も出来て特殊保護文化人だなんて同じ女性として憧れます!」
ローゼの顔はとろけたスライムのようになりそのまま瑠夏の頬にスリスリと肌をより合わせた。
「え〜なにこの子可愛すぎるんだけど〜。妹にしちゃいたいよ〜。私が特殊保護しちゃうんだから〜。」
瑠夏は見事にローゼの籠絡に成功した。
意図的ではないといえこの愛嬌はどの世界でも通用するのではないだろうか。そんな事を思いながら衛鉄は自分の今までの態度を見直した。
「次の任務は今回のと比べて比較的危険度が高い。気を引き締めていきましょう。」
「はっはい!頑張ります!」
「ふんっ!アンタに言われなくても分かってるわよ!そっちこそ転生酔いするんじゃないわよ!」
3人はワープに向かい歩みを進めた。
一行がワープに消えた瞬間、巨体の男が上空から落ちてきた。それと共に木に留まっていた鳥たちが一斉に飛び上がり、謎の男はヌクリと立ち上がった。
「おい、瑠夏はどこだ?」