召使と姫様
当時、姫様は十二歳。王と三人の兄に蝶よ花よと可愛がられて育っていた。
私はよくおとぎ話の朗読をねだられた。お姫様が魔法使いの呪いで危機に瀕した時、勇敢な王子様がさっそうと助けて、二人は結ばれ、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし――そんな物語を何度も、何度も。
「いつかこんな勇敢な方と結婚したいわ」
夢見る瞳で語られるたび、可愛らしいと思う反面、妄想できる余裕のある立場に嫉妬した。
うちは八人兄弟で、家のために私は姫様付きの召使になった。大臣の秘書官である父の、口利きのおかげだった。
姫様に仕え、時には得意の裁縫の腕を活かして働き、社交的に動いて真面目そうな男性を選ぶ。そして仕送りを増やし兄弟たちを成人まで支える――そのことで頭がいっぱいだった。
「ねぇ、あの方のお名前はなんていうのかしら」
ある春の日、私は姫様の城内散策のお供をしていた。城壁の上、回廊から白い指が示す先に、騎士団の訓練場が見える。
「どなたでしょう」
「ほら、あそこで模擬戦をしている方」
「ああ……」
姫様の目がいくのももっともなことで、その若者は遠目に見ても顔立ちが整っていた。相手は見覚えのある歴戦の猛者だったが、若者の勢いに押され、剣を取り落とす。若者は礼をして、猛者を助け起こした。
あいにく名前は存じません、と言おうとして私は固まった。
姫様は、頬を薔薇色に染め、それはもう、うっとりした顔をしていた。
「素敵ね……」
後日、騎士団長をつかまえて聞くと、腕っぷしの強い孤児を養子にして、アンドリューと名付けて鍛えているとのことだった。
姫様は暇を見つけては彼のいる場所に行きたがった。訓練場、厩舎、交代で見張りにつく、東の丘の砦。
夏のある日、彼を追いかけて見失い、街中の路地で悪漢に絡まれたことがあった。姫様をかばい、大声を上げると騎士たちが集まってきた。
あっという間に悪漢は蹴散らされた。
「大丈夫ですか」
怯えて腰を抜かした姫に、手を伸ばしたのが彼だった。「はい」と姫様は手を預ける。彼以外見えていない、乙女の表情だった。
姫様が父王にねだって、彼を護衛に任命するのにそう時間はかからなかった。
「アンドリュー、こっちへ」
「お待ちください、姫様」
秋の庭園、木の葉舞う中を姫様は駆け出し、彼が追いかける。
平和な光景、お伽話の中にいるような現実感のなさ。見守る私の目は冷めきっていた。
どれだけ姫様が恋焦がれようと、彼はその想いに応えられない。城の中は縁故ある者の結びつきが強く、後ろ盾がないものは弱い。莫大な財産も身分もない彼と、どうこうなろうなんて無理なのだ。
それなりの教育を受けているのに、思いが至らない姫様に苛立っていた。
そして冬、王が亡くなった。
流行病が原因だった。