第七章:綺病
奏託にとって 小さい頃から幼なじみである蒼は家族同然の存在だった。
親よりも彼女の声を聴くことが何よりも大切なことだった。
しかし、ある出来事を境に、すべてが変わってしまった。
忘れられないのは、奏託が12歳のクリスマスの日のことだ。
蒼の家でのパーティーに向かっていた彼は 楽しい時間を過ごすはずだった。
だが 思い描いていた楽しい情景とは裏腹に 彼が居間に入った時 そこには泣き崩れる蒼と完全に意識を失った両親が倒れていた。
奏託は言葉を失った。
どう声をかければいいのか分からなかった。
ただ すぐに奏託は救急車を呼び 蒼の両親は搬送された。
意識は戻らなかった。
いつも優しく接してくれた蒼の両親が あっけなく死人同様の状態になってしまったことは 奏託には受け入れられなかった。
奏託は苦悩に満ちた感情に押しつぶされそうになりながらも 蒼がますます苦しみに包まれているのを見ていた。
医師からの告げられた言葉はほとんど記憶にないが ただ一つ忘れられない単語が 奏託の耳に今でも鮮明に残っていた。
「綺病」という言葉だった。
奏託は初めて聞く言葉に幼いながらも違和感と憎悪を感じた。
蒼はこの言葉を知っていたのだろうか?
彼女はその瞬間 唇を強く噛みしめる様子を見せた。
それ以来 彼女は医師を目指すことを決意した。
二度と自分と同じ苦しみを誰もが味わうことのないように、彼女はこの世界で力を尽くす決意を胸に抱いた。
それから5年が経ち 奏託は当時の出来事との関係もあり 連絡すら取れない状況で彼女を思い続けていた。
連絡がない日々でも 彼女のことを考えることは一日たりともなかった。
家族同然に育ってきた蒼と離れて初めて、奏託は自分の心に芽生えた想いに気づいた。