襲来! 董卓ちゃん
食料を売り買いする人々や、店先で疲れたように俯いて客待ちする人々。
通りを歩く人の足もどこかゆっくりで、蝉の鳴き声が響く午後の、暑い夏らしい人出の少ない街の大通り。
だがこの街が活気がないのは夏の暑さのせいではない。
最近、強い軍隊が攻めてくるという噂が立ち、街から逃げ出したものが少なくないからだ。
相手は数年前、突然中原に現れてその名を天下に轟かせた常勝無敗の将軍が率いる精強な軍。
勝ち目などある訳がないと誰もが思っていた。
それでも、と街から進軍していった兵に期待していたのだが……。
にわかに、遠くが騒がしくなった。
何事か、と誰もが門の方向を伺う。
戦闘の音はしない。
どうやら兵達が戻ってきたようだ。まさか勝ったのか。奇跡が起きたのか、と誰もが心を沸き立たせる。
道の向こうから、男が1人、転がるようにして駆けてきた。
何か大声を上げている。
「……ろ! 来た……!」
次々と人々は道へと出てきた。
その全員が走ってくる男を見つめている。
「……げろ!」
「え?」
「にげろーーーー!! 董卓だ、董卓が来たぞーーーーー!!」
男のその声が遠くから届いた瞬間、人々は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。
「きゃあああああっ!!」
「董卓だ! 董卓が来るぞぉ!!」
「逃げろ! 男は隠せ! 女達は子供と年寄りを連れて逃げろーー!」
大パニックである。
そこへ門の方から豪華なきんきらの輿を守りながら軍馬の列がやってきた。
「お〜〜っほっほっほっほっほ!」
「控えい! 董卓様のお通りである! 下々の者、みな頭が高い! 控えい、控えおろ〜〜〜う!!」
先触れの兵士が馬列の先頭で逃げ遅れた民達に命令する。
ははーーあっ! と、民らはその場に平伏した。
軍隊は整然と広い通りを進んで行く。
1人の民が、怖いもの見たさでこっそりと顔を上げて頭上で高笑いをする女の姿を盗み見た。
もう50を過ぎているはずのその人物は、27、8才ほどにしか見えない、豪奢な着物を着た美しい女だった。
民はぽかんと口を開けてその美貌に見惚れる。
ゆっくりと、住み慣れた我が街を進むように董卓軍が通りをゆく。
「おーーーっほっほっほっほっほ!」
遠ざかってゆく笑い声を聞きながら、民はいつまでも輿を見送っていた。
この後、5時・10時・15時・20時に更新されます。
全5話で完結となります。