すわきりコラボ後日談
お久し振りです。最近、いくつか並行して新しい話の設定とかを書き進めてたら、いつの間にか時間が経ってました。
この話のエンディングにも少し迷ってるので、暫く布石を撒く話を続けています。使わない伏線があったら申し訳ない。
「先生、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ、誘っていただいて嬉しかったですよ」
あれから一時間ほど後。配信が終わり、私達は事務所から帰る支度をしていた。
軽くエゴサをしていたが、見たところ否定的な意見は少なかった。少ないとは言え、無いとは言えない辺りがVtuber文化の面白いところだろうか。内容量は野次馬根性と被害妄想が殆ど。筋の通った意見もあるが、それはほんの一摘みだ。相手に対面していたら言えないであろう誹謗中傷も、画面越しなら言えてしまうのだろうか。
「私は親が迎えに来てくれるそうなので、お先に失礼します」
「はい。お気をつけて」
私より一足先に帰り支度を終えた麒麟嬢は、表に親を待たせているのか、足早に事務所を後にしていった。
丁度入れ違いになるように、マネージャーがスタジオに入ってくる。
「お疲れ様です、先生」
「お疲れ様です。何かあったんですか?」
「いえ、先生もそろそろ帰るかと思いましたので、戸締まりを……」
私の用意が終わったタイミングで、マネージャーもスタジオを一通り確認する。
「一応、備品と忘れ物の確認です。まあ、先生に限っては問題無さそうですけど」
「心配なのはフィリップといろは辺りですね。もしかして……?」
「あはは……」
力なく笑うマネージャー。否定して欲しいとこれほど思うことも中々無い。因みに、いろははホラー配信で錯乱してマイクスタンドを配信中に振り回して壁にぶつけたらしい。そんなんで備品を壊される会社も哀れだが、イヤホンで聞いていた視聴者の鼓膜のほうが心配になる。
フィリップは普通に転んで椅子を壊したらしい。
「それにしても、麒麟ちゃん。若いのにしっかりしてて、良い子ですよね」
「そうですね。礼儀正しいですし、気も回る。彼女の長所が、配信者として悪い方に転がらなければ良いんですが……」
「確かに、麒麟ちゃんもそういうのは気にしそうな性格してますからね」
麒麟嬢とはまだ会って時間も経っていないが、短い時間でも彼女の人となりはわかるものだ。素直で優しく、気遣いも出来る。本来美徳であるはずのそれは、得てして社会で生きていくのに貧乏くじを引き寄せてしまうものだ。ましてや、匿名の時は気が大きくなる人も多い。年端もいかない少女が悪意に晒されてしまうのは、元教師であってもなくても心配になる。
私は、自分で言うのもなんだが、中々に図太い性格をしていると思う。教師をやめた理由も、保護者との軋轢ではなく自分の理想の問題だ。他の面々も、大小の差はあれど他人の評価を気にしないタイプが集まっていると思う。昼女嬢ですら、前回の一件で一皮剥けたのだろう。
しかし、3期生の四人はどうか。虚君はまあ、大丈夫だ。クロニア君も社会人だし、問題ないように思える。渚嬢は?絡みは少ないが、ゴーイングマイウェイの擬人化のような性格だし、心配は無いだろうが……。
しかし、麒麟嬢は心配だ。これは、元教師としての守るべき存在という色眼鏡もあるかもしれないが、過保護にならない程度には気にしなくてはいけない。
ちなみに、2ndstreetの年齢は以下の通りだ。
・麒麟嬢……17歳
・虚君……20歳
・一姫嬢……21歳
・小春嬢、一二三嬢……22歳
・昼女嬢……24歳
・渚嬢……26歳
・いろは、瞳……28歳
・私、フィリップ……29歳
・クロニア君……31歳
ご覧の通り、年齢は比較的若めだ。というのも最近は裾野が広がったとは言え、やはりVtuberという概念が新しいこともあって参入は若年層が多い。渚嬢や麒麟嬢の例もあって、推しに憧れてデビューというのが多く有るためだろうか。中の人だけでなく、事務所のスタッフの年齢も若い。貴明さんですら、クロニア君と同じ年齢なのだから驚きだ。
「そう言えば、犬吠埼さんからコラボのお誘いが来てましたよ?」
「ああ……。あれ、社交辞令じゃなかったんですね」
「V界隈ではよくあることですね。先生以外にも、数人同時にお誘いが来ていたので、大規模コラボでもやられるのかと」
「それとなく嫌な予感がしますね」
「犬吠埼さんですからね……。一姫さんによれば、6割ぐらいの確率で企画が地獄らしいですよ?」
「降水確率だったら傘持ってくレベルじゃないですか……」
「まあ、あれで大規模な炎上は起こしてないですから。リスクヘッジはしっかりしてるのかと。資料はこれです」
「『Vtuberホストクラブ』……?」
マネージャーから資料が渡される。日付は一ヶ月後、参加者はポチ嬢を含めて9人のようだ。
「私はお客さん役ですかね?」
「そんなわけ無いじゃないですか。ちゃんと服装も執事服で、と指定されてますよ」
細かいことは実際に許可を取れてから詰めていくが、大筋としては私を含めた四人のホスト役が、四人の女性Vtuberを相手に接客をするとのこと。枠は3時間予定の長めの配信だ。
「ホスト役は私とフィリップと、晴明君に……、無量光院・権之助・重衡……?」
ホスト側の名前には見知った名前と名前と共に、信じられないほど飛び出した名前が書かれていた。
「ああ、シゲちゃんですね」
「いや、名前も驚きですけどそのあだ名も驚きですね」
「『あかつき高校放送部』って事務所のVtuberです。名前が長いので、だいたいシゲちゃんって呼ばれてますよ。中二病って設定なんですけど、中の人が常識人過ぎていじられてるキャラですね」
「前々から思ってましたけど、マネージャーVtuber詳しいですね」
私の疑問に、マネージャーがサラサラと答える。
「そりゃあ、この業界に就職するぐらいですから、好きに決まってるじゃないですか!」
マネージャーが笑う。
「寧ろ、友人に誘われたって理由だけでVtuberになった先生のほうが珍しいと思いますよ?大体の人は多かれ少なかれ、憧れがあって仕事してますから」
「憧れですか……。私はそういう物は捨ててきてしまったクチですからね」
「やっぱり後悔とかしてるんですか?」
「そうですね……。この件に限らず、私は人生後悔してばかりですよ?何しろ、マネージャーよりも少しは長く生きてますからね」
小中学生の頃、高校や大学の進学、バイトに就職。思い出すことは、楽しかった記憶より後悔ばかりだ。自分で決めて選んだ道の筈なのに、教師を辞めたことすら後悔する自分がいる。
「私、ずっと先生って仕事をする人達は後悔する事なんて無いと思ってました」
「そんなことは無いですよ。むしろ、普通の人より後悔する事が多いかもしれません。人間ですから」
「そうですね」
「でも、そんなんで良いんですよ。人間離れした超人より、人並みに悩んで悔やんで、そういう経験が人柄に繋がってくんですから。ドラマみたいにあからさまなのは変ですが、それなりに人間くさい先生のほうが好かれますしね」
どこかで聞いた話だ。金八先生みたいに、先生が情熱を全面に押し出してしまったら生徒を贔屓してしまう。教師なんて職業を選ぶ時点で心に情熱が有るのだから、そんな感情は内面に抑えてる位で丁度良い、と。どうやら子供はそういう機微に敏感らしい。第六感みたいな何かでそれを嗅ぎ分けて、そういう教師は自然と好かれてしまう。
「先生。今のシーン、アニメみたいですね」
「……?」
「今の先生の顔、初めて感情を理解したロボットの顔ですよ?」
「なんですか、それ」
マネージャーの言葉を理解できてしまった自分が悔しい。




