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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第五章『思惑』
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数奇な縁


 とんでもない目にあった。私はハンドルを握ったまま、ため息をついた。


「本当に申し訳ありません……」

「いえ、そんなに畏まられると私も困りますから。結局丸く収まったんですから、良いでしょう」


 ポチ嬢の企画、『カリスマVTubarなら突然逆凸して呼び出しても来てくれる説』は、結局5時間の長丁場になった。梨々愛嬢はそにっくの後輩であるかさねマギサ嬢、アサミ嬢は偶然配信を見ていた晴明君が車と共に、早乙女嬢は交友のあった個人勢の一人が迎えに来た。


「いやぁ、ウチらまで乗せてもらって、悪いなぁ」

「私も車で来れば良かったです……。ごめんなさい、諏訪さん」


 配信自体も地獄としか形容の出来ない長丁場だったが、問題になったのは全員の帰りだった。夕食時を過ぎていたこともあって、夕食は私と晴明君の車で近くのファミレスへ。そこで結構な時間をかけてしまったせいで、電車は通っていても終バスは過ぎるという微妙な時間になってしまった。

 結局、最寄りの駅まで私と晴明君が全員を送るという事で落ち着いた。現在はその道中である。バックミラーには晴明君の軽自動車が映っている。


「いえ、序と言ってはなんですが、流石に畑のど真ん中に捨ててったりはしませんよ」

「ホンマに助かるわぁ」

「ありがとうございます」


 現在助手席には一姫嬢が、後ろには梨々愛嬢とマギサ嬢が座っている。


「それにしても、ポチさんはいつもあんな感じなんですか?」

「うーん、時と場合によるんよなぁ」

「普段は企画とかもしっかりと練って台本とかも考えてくれるんですけど、たまに知能が下がるんですよね」


 私のポチ嬢への初印象はとんでもない人間という感想だ。しかし、関係の深い一姫嬢や梨々愛嬢の話ではそうでもないらしい。


「ポチは悪い子じゃ無いんですけど、むしろ普段は良い子なんですけどね」

「ちょっと……いや、結構酒グセが悪いんよ。で、酔っ払いながら企画を練るとあんな感じの地獄が始まるって寸法やな」

「まあ、被害者は大体私や梨々愛、アサミと早乙女になるんですよ」

「ウチらは結構裏でも会ってるからなぁ」

「仲が良いんですね、梨々愛先輩達は」

「そう言えば、マギサさん。その服って……」


 女三人寄れば姦しいと、話はいつの間にか脱線してコスメの話題に移る。道も空いていたためか、駅には直ぐに到着した。

 駅前のロータリーに車を進めると、帰宅の会社員達が車とは逆方向に歩いている様子が伺える。適当な場所に車を停めると、三人を降ろす。


「ありがとうございます、先生」

「めちゃくちゃ助かったわ、今度サシでコラボでもしようや!」

「ご迷惑おかけしました、諏訪さん」


 三者三様、性格が伺える言葉を貰いながら三人を送り出す。後ろに停めていた晴明君も三人を降ろしたようで、送り出したアサミ嬢らに手を振ると私の方に寄ってくる。


「いやぁ、災難でしたね、先生」

「お互い様ですね。ここで長話をしてたら迷惑ですから、近くのコンビニにでも行きましょう」


 二言ほど言葉を交わし、私達は車に乗る。近場のコンビニをナビに登録し、発進する。駅近くのコンビニは駐車場が無く、数分車を走らせて大通り沿いの駐車場に車を停める。

 コンビニに入ると、おでんの香りが鼻を擽る。車で移動するようになると感じにくくなるが、既に冬も有頂天に達している。数日前の雪は既に殆どが溶け去り、駐車場の植栽の下の露出した土に、茶色の汚れた面影を残すばかりだ。

 ホットコーヒーを手に取るとレジに置く。出迎える店員は70歳程の男性で、「お疲れ様です」「寒いですねぇ」と一言ほど雑談を交わしながら会計を終える。


「これと、あとセッタの12ミリを」


 後ろの晴明君の思いがけない言葉に、少し驚く。


「あなた、煙草吸うんですか」

「あはは、礼さんに悪い遊びを教わっちゃいまして」


 コンビニを出ながら晴明君に聞くと、そんな答えが返ってくる。なるほど、同期の猿女礼さるめ れい嬢の影響か。


「先生は吸わなそうですよね」

「ええ、教師になったタイミングで。一本貰ってもいいですか?」

「どうぞ」


 晴明君から一本貰い、煙を吸い込む。懐かしい味に大学生の頃を思い出す。私が吸い始めたのは龍生フィリップの影響だった。フィリップと会わなくなってから煙草を辞め、頻繁に会うようになった今、数奇な縁で煙草に触れる。つくづく、人生とはわからないものだ。


「そう言えば、先生の事務所の新人さんに似た声の人が大学に居るんですよね」

「はは、なんですか、それ。と言うか、晴明君は大学生だったんですね」

「はい、教育学部なんですよ。この大学です」


 晴明君に見せられたサイトには、見知った大学の名前。


「ここですか。私の教え子にも一人、ここに進んだ人が……」


 そこまで言いかけて、私は口を閉じる。喉に刺さった小骨が取れたような感覚。それを確かめるように、晴明君に問いかける。


「晴明君、あなたの言っていた人って、黒井瑠香くろい るかって名前じゃ無いですか?」

「えっ、何でわかったんです?」

「その人、黒井さんが私の言っていた教え子ですよ」


 パチリ、とパズルのピースが嵌まる。三期生の虚君が私の本名を知っていた理由。虚君とよく似た声の学生。そして晴明君と同じ大学に進学した、唯一の教え子。そう言えば、黒井さんの一人称も『僕』だった。

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