カリスマVTubarなら突然逆凸して呼び出しても来てくれる説
一姫嬢に指定されたのは、さいたま市の北寄り。高速を降りて下道を走れば、あたりには畑や木々の立ち並ぶ片田舎といった雰囲気の景色だ。
カーナビで確認をしてみれば、指し示すのは誰かの一軒家で、道中は地図の更新が間に合っていないのかと心配したものの、どうやらそういうわけでも無いようだ。車通りも無い広い道の路肩に車を停めると、私は一姫嬢に電話を掛けた。ちらりと充電を確認してみれば、既に3%という数字になっていた。
「一姫さん、取り敢えず来ましたよ?」
『ありがとうございます。直ぐに出ますね』
電話が切れて数秒で、目の前の民家のドアが開く。出てきたのは一姫嬢と、……見知らぬ女性だ。年の頃は一姫嬢と殆んど変わらず、私より数歳年下といった感じだ。
「先生、わざわざありがとうございます」
「いいえ、久しぶりのドライブで私も楽しかったですから。……ところで、そちらの方は?」
どうやら家主に違いないだろう女性は、話を振った瞬間に笑顔で色紙を差し出してくる。
「はじめまして!私、個人勢のVTubarをしています、犬吠埼ポチと申します。サインください!」
「こら、ポチ!ちゃんと先生に説明してくれませんか?」
あまりの勢いに、思わず色紙を受け取ってしまう。色紙には私のイラストがペンで書かれている。
「存じ上げてますよ。マンガ家の犬吠埼先生ですよね?VTubarの対談をよくやってる……」
「いえ、犬吠埼ココアは私のママです」
「……という設定になっている……」
「設定とか言わないでくださいよ!と言うか、そういう面白い話は配信に乗せてください!」
立ったままでサインを書き終えた私を、当然と言うように家の中に招き入れてくる。「いくらなんでも男性をホイホイと招くのは……」と私が言えば、「先生はそんなことしません。解釈違いです!」と答えてくる。……何だろうか、この厄介ファンみたいなムーブは。
リビングに引き連れられて入ると、そこには数人の女性が集まっていた。
「そろそろ説明してもらってもいいですか?」
リビングのど真ん中にはPCが一台と、マイクが置かれている。画面には配信ソフトが映っており、人数分の立ち絵が表示されている。
「はい。実は今回、有名なVTubar事務所のトップの皆さんを招いてまして。題名は『カリスマVTubarなら突然逆凸して呼び出しても来てくれる説』です」
「2ndstreetからは私が出演していたんです」
「……それなら、呼び出すのは私より一二三さんのほうが良くないですか?」
「それが、一二三は今日予定があって……」
「一姫は断られたんだよね!」
「わざわざ言わないでよ、ポチ」
「他の人は……」
「いろはと瞳は収録で、フィリップは多分この時間は寝てるので」
「ああ、消去法……」
話を聞けば、一二三嬢やいろは、瞳には断られたらしい。コメントを覗いてみれば、[被害者①、先生]や[あれしか伝えてないのに来てくれるとか神]などなど、中々に賑やかになっている。
画面に並ぶ立ち絵も豪華な面々だ。2ndstreetからは一姫嬢が出演しているが、他の事務所からも錚々たる面々が出演している。
まずは、『そにっく』から0期生の赤西梨々愛嬢。そにっくは元々、梨々愛嬢をプロデュースするために立ち上げられた、VTubar最初期の事務所の一つだ。特徴的なエセ関西弁と、一度笑い出すと暫らく止まらない、所謂ゲラが人気の女性である。
次に、以前にコラボをしたことのある弥魔田王姫嬢や安倍晴明君の所属する事務所、『みるくらいぶ』の一期生、堂島アサミ嬢。VTubarの所属者数トップと言われる事務所の、更にトップを独走するアサミ嬢は、落ち着いた話し方とそれに見合わないユニークな発想で視聴者の脳をバグらせるASMRが有名だ。実を言えば、私が有料ボイスを発売する際に、参考にと幾つか覗いている。全く参考にならなかったのは言うまでもないだろう。
そして、『SUNRISE DIARY』の秋風早乙女嬢。こちらは、2ndstreet一期生と大体同じ頃にデビューをした事務所だ。所属VTubarは日記(DIARY)の名に相応しいまったりした雑談配信を多くやっており、大きく炎上することも無ければ、大きく目立つことも少ないグループだ。
「何と言うか、場違い感が凄くないですかね?」
「一姫ちゃん以外の待ち人はまだ来てないですからね」
一度見回して、やはり女性が殆どの中に私が居るという状況に肩身が狭くなる。
「何でみるくらいぶの方が人が多いのに誰も来ないんでしょうか?」
「人望足りないんじゃないの〜?」
「ポチ、それは傷付くわよ」
「ウチのそにっくだって少なくは無いはずなのに、誰も迎えにこぅへん」
配信時間を見てみれば、既に小一時間は経過している。一人一人順番に凸を掛けているようだが、やはり生活習慣が夜型に傾いているVTubarの中で、休日とはいえ昼間に起きている人は少ないらしい。
「そう言えば皆さん、私が来るまではどうしていたんですか?」
「雑談して繋げては居たんだけどねぇ」
「正直、地獄の3時間コースは覚悟しないといけなそうやなぁ」
私の問いかけに、ポチ嬢と梨々愛嬢が答える。コメントを覗いても、[ホンマもんの地獄で草]や[やめたげてよぉ!三人のライフはもうゼロよ!]といった冗談半分、心配半分のものが多い。
「あ、そうだ!」
「なんですか?」
ポチ嬢が思いついたように私に言う。
「先生と梨々愛ちゃん、アサミちゃん、早乙女ちゃんは初対面だよね?お互いの印象とか聞いてみても良いかな?」
「私、帰して貰えないんですか……」
「まあまあ、先生には申し訳ないけど、少し地獄に付き合ってよ!」
「自分で考えた企画を地獄とか言わないで下さい……」
どうやら、私が帰れるのはもう少し先になるらしい。




