表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第五章『思惑』
73/78

カリスマVTubarなら突然逆凸して呼び出しても来てくれる説


 一姫嬢に指定されたのは、さいたま市の北寄り。高速を降りて下道を走れば、あたりには畑や木々の立ち並ぶ片田舎といった雰囲気の景色だ。

 カーナビで確認をしてみれば、指し示すのは誰かの一軒家で、道中は地図の更新が間に合っていないのかと心配したものの、どうやらそういうわけでも無いようだ。車通りも無い広い道の路肩に車を停めると、私は一姫嬢に電話を掛けた。ちらりと充電を確認してみれば、既に3%という数字になっていた。


「一姫さん、取り敢えず来ましたよ?」

『ありがとうございます。直ぐに出ますね』


 電話が切れて数秒で、目の前の民家のドアが開く。出てきたのは一姫嬢と、……見知らぬ女性だ。年の頃は一姫嬢と殆んど変わらず、私より数歳年下といった感じだ。


「先生、わざわざありがとうございます」

「いいえ、久しぶりのドライブで私も楽しかったですから。……ところで、そちらの方は?」


 どうやら家主に違いないだろう女性は、話を振った瞬間に笑顔で色紙を差し出してくる。


「はじめまして!私、個人勢のVTubarをしています、犬吠埼ポチと申します。サインください!」

「こら、ポチ!ちゃんと先生に説明してくれませんか?」


 あまりの勢いに、思わず色紙を受け取ってしまう。色紙には私のイラストがペンで書かれている。


「存じ上げてますよ。マンガ家の犬吠埼先生ですよね?VTubarの対談をよくやってる……」

「いえ、犬吠埼ココアは私のママです」

「……という設定になっている……」

「設定とか言わないでくださいよ!と言うか、そういう面白い話は配信に乗せてください!」


 立ったままでサインを書き終えた私を、当然と言うように家の中に招き入れてくる。「いくらなんでも男性をホイホイと招くのは……」と私が言えば、「先生はそんなことしません。解釈違いです!」と答えてくる。……何だろうか、この厄介ファンみたいなムーブは。

 リビングに引き連れられて入ると、そこには数人の女性が集まっていた。


「そろそろ説明してもらってもいいですか?」


 リビングのど真ん中にはPCが一台と、マイクが置かれている。画面には配信ソフトが映っており、人数分の立ち絵が表示されている。


「はい。実は今回、有名なVTubar事務所のトップの皆さんを招いてまして。題名は『カリスマVTubarなら突然逆凸して呼び出しても来てくれる説』です」

「2ndstreetからは私が出演していたんです」

「……それなら、呼び出すのは私より一二三さんのほうが良くないですか?」

「それが、一二三は今日予定があって……」

「一姫は断られたんだよね!」

「わざわざ言わないでよ、ポチ」

「他の人は……」

「いろはと瞳は収録で、フィリップは多分この時間は寝てるので」

「ああ、消去法……」


 話を聞けば、一二三嬢やいろは、瞳には断られたらしい。コメントを覗いてみれば、[被害者①、先生]や[あれしか伝えてないのに来てくれるとか神]などなど、中々に賑やかになっている。

 画面に並ぶ立ち絵も豪華な面々だ。2ndstreetからは一姫嬢が出演しているが、他の事務所からも錚々たる面々が出演している。


 まずは、『そにっく』から0期生の赤西梨々愛(あかにし りりあ)嬢。そにっくは元々、梨々愛嬢をプロデュースするために立ち上げられた、VTubar最初期の事務所の一つだ。特徴的なエセ関西弁と、一度笑い出すと暫らく止まらない、所謂ゲラが人気の女性である。

 次に、以前にコラボをしたことのある弥魔田王姫やまだ おうき嬢や安倍晴明あべ せいめい君の所属する事務所、『みるくらいぶ』の一期生、堂島どうじまアサミ嬢。VTubarの所属者数トップと言われる事務所の、更にトップを独走するアサミ嬢は、落ち着いた話し方とそれに見合わないユニークな発想で視聴者の脳をバグらせるASMRが有名だ。実を言えば、私が有料ボイスを発売する際に、参考にと幾つか覗いている。全く参考にならなかったのは言うまでもないだろう。

 そして、『SUNRISE DIARY』の秋風早乙女あきかぜ さおとめ嬢。こちらは、2ndstreet一期生と大体同じ頃にデビューをした事務所だ。所属VTubarは日記(DIARY)の名に相応しいまったりした雑談配信を多くやっており、大きく炎上することも無ければ、大きく目立つことも少ないグループだ。


「何と言うか、場違い感が凄くないですかね?」

「一姫ちゃん以外の待ち人はまだ来てないですからね」


 一度見回して、やはり女性が殆どの中に私が居るという状況に肩身が狭くなる。


「何でみるくらいぶの方が人が多いのに誰も来ないんでしょうか?」

「人望足りないんじゃないの〜?」

「ポチ、それは傷付くわよ」

「ウチのそにっくだって少なくは無いはずなのに、誰も迎えにこぅへん」


 配信時間を見てみれば、既に小一時間は経過している。一人一人順番に凸を掛けているようだが、やはり生活習慣が夜型に傾いているVTubarの中で、休日とはいえ昼間に起きている人は少ないらしい。


「そう言えば皆さん、私が来るまではどうしていたんですか?」

「雑談して繋げては居たんだけどねぇ」

「正直、地獄の3時間コースは覚悟しないといけなそうやなぁ」


 私の問いかけに、ポチ嬢と梨々愛嬢が答える。コメントを覗いても、[ホンマもんの地獄で草]や[やめたげてよぉ!三人のライフはもうゼロよ!]といった冗談半分、心配半分のものが多い。


「あ、そうだ!」

「なんですか?」


 ポチ嬢が思いついたように私に言う。


「先生と梨々愛ちゃん、アサミちゃん、早乙女ちゃんは初対面だよね?お互いの印象とか聞いてみても良いかな?」

「私、帰して貰えないんですか……」

「まあまあ、先生には申し訳ないけど、少し地獄に付き合ってよ!」

「自分で考えた企画を地獄とか言わないで下さい……」


 どうやら、私が帰れるのはもう少し先になるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ