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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第五章『思惑』
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翌日②


「聞かれたくない話も有るだろう、俺は少し離れてるよ」

「助かるよ、涼」

「おう。それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 私と貴明さんの飲み物とスナックを用意した涼さんは、そう言うとバックヤードに入っていった。店内には私と貴明さんだけが残り、穏やかなピアノのBGMが流れている。


「昨日はお疲れ様でした。聞いた限りでは、ケーキを買いに結構遠くまで行ったようで」

「私は車を走らせていただけだから、そうでもないよ?むしろ君達のほうがお疲れ様だよ。クリスマスなのに悪かったね」

「いえ、私は予定もありませんでしたから。久しぶりにクリスマスが楽しかったですね」

「やっぱり、教員はクリスマスも忙しいのかな?」

「人によりけり、ですね。まあ、パーティーみたいな事はありませんでしたよ」


 話をしながら、私は教員時代を思い出す。私の部活はクリスマスは休みにしていたが、強豪の部活は冬休みも返上で生徒も顧問も学校に行っていた記憶がある。何度か授業準備のためにクリスマスも出勤したことがあるが、職員室の席のうち三分の一は埋まっていた。その日だけはと、家庭科部の顧問がホールケーキを幾つか焼いていて、先生達に差し入れとして配っていた。50代の女性の先生だったが、自分の趣味で仕事ではないからとタイムカードも切らずにやっていた事を思うと、人徳ここに極まれりだ。学年、選択科目を問わずに生徒に好かれる人だった。


「悠人くん、昨日のクリスマスプレゼントは満足してくれたかな?」

「はい。私もついに先輩になると思うと、期待半分の緊張半分ですね」

「……君から見て、三期生はどうだった?」

「そうですね……」


 私は、昨日の動画を思い出す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『私の名前は草陰麒麟くさかげ きりん。日本人とイギリス人のハーフです』


 一人目は金髪の少女だった。少し緊張もあるのだろう、声は硬いものの、私には聞き覚えがあった。

 私が参加した二次面接、そこで担当した応募者の内の一人だ。名前は、高梨胡桃たかなし くるみ嬢。本人は確か、日本人だが高校2年までイギリスに住んでいたはずだ。面接でも、英語が話せるとアピールしていたことを思い出す。


『数年前までイギリスに住んでいましたが、()()()()と同時に日本に戻ってきました。日本語は……、少し自身は無いですが』


 話す内容は、日本に帰ってきた時期を除いて面接と変わらなかった。日本に戻ってくるにあたって、日本語を覚えるためにミーチューブで動画を沢山見ていた。その中でも、VTubarの動画をよく見ていたと。


『私は日本人としてもイギリス人としても、きっと中途半端なんです。イギリスで暮らすのに、日本語なんて使わない。日本で暮らすのに、英語なんて要らない。そんなふうに思ってました。でも、VTubarのコメント欄は違ったんです。日本語でコメントする人も、英語でコメントする人も、それ以外の言葉でコメントする人も、沢山居ました。国も住んでる場所も全然違う人達が、同じホラーゲームで驚いて、同じ話題の話をして、同じ事で笑ってる、そんな場所でした』


 私は面接で麒麟嬢が言っていたことを思い出す。


『中途半端で良い。中途半端が良い。私は人と人の架け橋になりたい。そう思って、ここに来ました』


 麒麟嬢の悩みは、日本で生きてきた私には理解の及ばないものだ。麒麟嬢はその悩みを、自分の中で消化し、目的へと昇華した。私が面接で彼女を上へ上げたのは、その目的を応援したいと思ったからだ。


「そうですね、麒麟さんは2ndstreetで今のところ唯一の英語をネイティブで話せる人になりますから、期待しています」

「そうか。それなら、本人に伝えてあげてほしいな。高梨さんは君のファンらしいから、きっと喜ぶだろう」

「面接で話した限り、圧力を掛けてしまいそうですが……」

「それでも、だよ。心に秘めているだけでは、気持ちは案外伝わらないものだよ」

「善処しましょう」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二人目は、男性のアバターだった。目を引くのは、頭に生えた羊のような角。赤黒い燕尾服と相まった印象は、悪魔だ。背景には柱時計が一つ置かれている。中々に手が込んでいるようで、針の動きまで見ることができる。BGMも音楽ではなく、時計のチクタクという音だ。薄っすらと雨音も聞こえている。


『やあ、俺はクロニア。どこにでも居る普通の人間だ』


 クロニア君が話を始めると、途端に時計と雨の音が止まる。クリスマス配信では一言目が終わった瞬間にフィリップ達から「どう見ても人間じゃねぇだろ(ないでしょ)!」というツッコミが入る。


『……俺の職業は占い師だ』


 クロニア君の二言目は、配信でのツッコミを予想したのか一拍置いてからだった。よく見ると、後ろの時計は音と同じく針が動いていない。自分で操作する事を考えると、時計の動きと針の音の両方を同時に止めるのは面倒だ。ツッコミが入るような発言も、それから目を逸らすためだろうか。


『ここで多くを語る必要も無いだろう。俺のことを知りたければ、初配信を見てくれ。……何だ、初配信の日にちを知らない?』


 クロニア君の発言に、またもフィリップから「1月3日だろ、しゃちょーがさっき言ってた」というツッコミが入る。


『占いでは、1月のいつかだそうだ。楽しみにしてくれたまえ』


 クロニア君はそれだけを言い終えると、動画も暗転する。フィリップから「知っとるわ!しかも曖昧すぎて占いの精度どうなってるんだよ!?」というツッコミが飛んだ。思えば、他の3人とは違い、私達が配信で同時視聴をしていることを踏まえた構成になっていた。


「クロニア君の動画は、単純に面白いと感じました。同時視聴をしている私達の反応も踏まえた上での、一つのコントのようになっていたと思います」

「私も、彼がこういうタイプの人間だとは面接では予想もつかなかった」

「貴明さんが参加した面接だったんですね」

「悠人くん、君も参加してただろう?甲斐雅人かい まさとくんだよ」

「……本等ですか?彼が……」


 貴明さんの言葉に、私は甲斐君の面接を思い出す。IT系の会社に務めていると話していた彼は、どちらかといえば落ち着いた雰囲気だった。


「フィリップと言い、2ndstreetの男性陣は個性的な面子が揃いますね……。私も負けないようにしないとですね」

「ははは、それを悠人くんが言うかい?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 3人目は、フードを被った少年……少女?だった。中性的な顔立ちを意識して、わざと性別をわかりにくいようにしているのだろう。声のトーンも女性にしては低く、男性にしては高い。


『やあ、君達。こんな夜更けにこんな場所で、どうしたのかな?』


 見た目の次に目を引くのは、背景だ。藍色に塗りつぶされた夜の空に、ポツンと浮かぶ満月。それを逆行に、黒い四角が幾つも伺える。まるで墓場のようだ。


『僕の名前はうつろ。他の3人よりアップなのは、許してほしいね。足を見せたら、わかっちゃうだろう?』


 ホラー調の動画に、小春嬢と昼女嬢の顔が少し強張る。


『色即是空、空即是色。あっても無くてもどちらも同じなんだから、僕の姿形なんてどうでも良いじゃないか。それより、僕の内面を知ってもらいたいね』


 虚君……虚嬢?の声に、私はまたも引っ掛かりを覚える。どこかで聞いたような気がするものの、どこだかは思い出せない。面接での面々を思い出すも、虚君の声と近い人は居なかった。どうにか思い出そうとしている私に、不意に一姫嬢が「どうしたんですか?」と声を掛ける。声が云々の話はする必要も無いだろうと、「どちらなんでしょうね?」と答えた。


「それにしても、悠人くんも面白い事を考えるんだね。まさか『私達と、虚君、足がないのはどちらなんでしょうね』なんて言うとは思わなかったよ」

「咄嗟に、考えてることを口に出しちゃいましたね」

「あのあと、私の方に虚くんから苦情が来たよ。先生にネタバレされましたって」

「私も、デビューしたら謝りますね」

「まあ、君好みの後輩が入ってきたよね。虚くんの面接をした社員に聞いたら、推しはやっぱり君らしいよ?」

「だったら、詰めが甘かったですね。思わせぶり過ぎますよ」

「まあ、悠人くんだけしか気づかないネタじゃあ面白くないって考えたんだろうね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 4人目は、いかにもお嬢様という見た目の女性だった。


『皆様、お初にお目にかかりますわ。わたくしは二階堂渚にかいどう なぎさと申します。以後お見知り置きを』


 さて、VTubarには魔王やら勇者やら、様々な『キャラ付け』というものがあり、それを演じることを『ロールプレイング』と呼ぶ。平たく言えば、なりきりのようなものだ。

 この手のVTubarは案外に人気が出ることが多い。例えば、魔王なのに常識人で気遣いが出来るだとか、お嬢様の口から子供時代の貧乏エピソードが出てきたりだとか。所謂ギャップというものに弱いのは誰でも同じなのだろう。


『同期の皆様は型破りな動画をご用意なさっているようでしたが、私は普通に自己紹介でもしましょうか』


 渚嬢はそう告げると、普通の自己紹介を始める。どうやらお友達カードのようなテンプレートを用意していたようで、それを表示する。……のだが、それがどう見ても硬い書類にしか見えない。胸から上を白い背景で写真に撮ったような顔写真に、志望動機や自己アピールがずらずらと書かれた枠。どうやら手書きのようだが、大きさの揃った丁寧な字だ。有り体に言えば、履歴書のフォーマットだった。


『さて、次は志望動機ですわね。わたくしが2ndstreetに応募した理由……、それは小春先輩が居るからですわ!』


 特に問題なく進んでいた渚嬢の自己紹介は、その一言を発端に180°回転した。同時視聴していた方では、小春嬢が「ぴぃ!?」と変な声を出す。


『何を隠そう、わたくしは小春先輩の大ファンでして……』


 それからは圧巻の一言だった。自己紹介を差し置いて小春嬢の話に映る。しかも、これぞオタクというべき早口を時間の関係か1.5倍速か2倍速でスラスラと話していく。コメントを眺めていれば、最初は[草]や[ヤベー奴が来た]と冗談半分に茶化していたリスナーが、途中からは[ヒッ……][コハルセンパイハスゴイデス……]とおかしくなっていく始末。


「何と言うか、凄い後輩が来たなと……」

「あれ、面接でも同じことをやってたんだよ?」

「それは……」


 げっそりした顔の貴明さんに私も苦笑する。なにより、それをデビューさせようと考える2ndstreetも2ndstreetだ。


「渚さんを小春と会わせるのは少し心配ですね」

「いや、彼女も小春ちゃんが関わらなければ常識人だから……。大丈夫……のはず?」

「だと良いんですがね……」

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