翌日①
お待たせしました。
12月26日……2ndstreet聖夜祭の翌日。すっかり早くなった夕暮れの寒さを感じつつ、私は待ち合わせ場所に立っていた。
もう既に、私がデビューしてから半年の記念日は過ぎた。あと数ヶ月もすれば、一周年記念になる。短かったようで、随分と長かった。もうそろそろ夏か、なんて思っていた頃が懐かしく感じる。道端の街路樹の辺りに少しだけ露出した土、その上には昨日の雪が残っている。路面は少し濡れているものの、凍って滑りやすくなると言うことは無さそうだ。
「やあ、待たせたね、悠人くん」
「私が早く来すぎただけですよ、貴明さん」
待ち合わせ時刻、17時丁度。人混みの中から2ndstreet社長、山田貴明が現れた。寒い中待たせてしまった、と貴明さんは済まなそうに言う。まあ、私が早く来てしまっただけで、貴明さんは悪くないのだが。
「それにしても、驚きましたよ。一緒に飲みに行こう、なんて言われるとは」
「そうだね、悠人くんとは少し話したかったんだよ」
私と貴明さんは並んで、人混みに逆らうように歩く。待ちあわせ場所は新橋駅。そこから少し歩き、銀座のバーを目指しているらしい。
因みに、私が社長を貴明さんと呼んでいるのには理由が有る。そう回数は多くないものの、外部に露出することも多い貴明さんを、不用意に私が社長と呼ぼうものなら、私が諏訪美旗であるとこそ考えなくとも、2ndstreet関係者だと勘ぐる人間も居なくはないだろう。対して、貴明さんと呼んでいれば、友人であると勘違いをしてくれる可能性が高い。元々年齢も数年しか離れていないだけあって、不自然にも思われないだろうという魂胆だ。
20分ほど歩くと、周りの雰囲気が大きく変わってくる。安さを売りにした飲み屋のカラフルな広告が、足を進めるほどに減っていく。イメージとしては、段々と上品になっていく感じだ。
「そう言えば、ドレスコードは問題無いんですか?」
「大丈夫だよ。私の友人が経営しているバーだし、あまりにも派手な服を着てなければね」
「なら、普段の龍生は出禁ですね」
「はは、そうだね。龍生くんは一見したら繁華街のチンピラだからね」
「全く、2ndstreetに入るまで普通の会社に勤められていたのが驚きですよ」
思い出したように、私はドレスコードを聞く。バーも場所によってはそういうものが有るらしい。貴明さんは会社からの直行のためスーツだが、私の服装は普段着だ。あまりにも派手な服でなければという貴明さんの言葉に、私は普段のフィリップを思い出す。大学時代のように髪を染めてこそ居ないものの、そこらのドン・キホーテで買ってきたのかというカラフルな服は、きっとバーには似合わないだろう。貴明さんの一見するとチンピラという言葉が言い得て妙で、私は苦笑した。
貴明さんを先導に、私は小さなビルの階段を上がる。入口までの廊下には、小さな樽の蓋を利用したプレートにバーテンダーの輝かしい受賞歴が綴られている。
「いらっしゃいませ、人数はお二人様で?」
「ああ。カウンターで頼むよ」
扉を開けると、薄暗い店内の棚に所狭しと置かれた大量の酒瓶に圧倒される。棚に入り切らなかったのか、カウンターにも様々な瓶が並んでいる。
「何というか、凄いですね……」
「そうだろう?涼……ここの店主が十年ほど掛けて集めたらしい。なあ?」
「貴明、連れは……」
「私の会社の社員だ」
「言われてみれば、聞いたことが有る声だな。丁度客も居ないから貸切にしておこう」
「助かるよ」
私達は、涼さんに案内され、カウンターに座る。涼さんは表のプレートを貸切に変えるためか、一度店外に出てからカウンターの中に戻る。貴明さんは既に注文を決めているようで、メニューを私に差し出してくる。
「私の奢りだ、好きなものを頼んでくれ」
そう言われメニューを開くと、カクテルメニューの後に様々なウイスキーやワイン、ブランデーの銘柄が並んでいる。中には一杯一万円程の銘柄も有り、そんなものばかり頼んでいたらあっという間に高級料亭のディナーの値段を超えそうだ。
「注文は決まったか?」
「私は……モスコミュールにしよう。悠人くんは?」
「ルイ13世を」
「ははは、遠慮が無いな!」
貴明さんの奢りなら、と私は遠慮なくブランデーを注文する。レミーマルタンのルイ13世、ボトルが一つ三十万ほどのブランデーだ。空のボトルが数千円で売れると説明すれば、馴染みのない人は驚くだろう。私も何度か飲みたいと思いつつも、値段に尻込みしていた代物だ。私の注文に涼さんは楽しそうに言う。
「俺のことは涼って呼んでくれ。美旗くん?」
「涼は、私の仕事の事は知っているから安心してくれ」
涼さんは諏訪美旗の事も知っていたようだ。
「いやぁ、前から貴明に言っていたんだ。諏訪美旗を連れてきてくれって」
「お前、それは一晩で酒瓶開ける奴は稼ぎになるって魂胆だろ?」
「涼さん、私のこともご存知だったんですね」
「ああ、勿論。デビューから見てるぞ。天秤秤とのコラボは笑ったな」
「ああ……、お恥ずかしい限りです」
暫く、涼さんの用意を待ちながら談笑する。曰く、涼さんの推しは小春嬢のようだ。言われてみると、BGMのピアノにも聞き覚えがある気がする。
「小春さんの最初の案件は、実はここのBGMだったりする」
「美旗くん、で良いか?」
「表では悠人と呼んでください」
「オーケー。悠人君も今度頼むよ」
「私は小春ほどじゃ有りませんよ?」
「気にしないよ。BGMは俺の趣味で選んでるからな」
話しながらも用意を終えたらしく、涼さんは銅のカップにウォッカを注ぎ始めた。




