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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第4章『三期生』
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ホワイトクリスマスの朝


 朝、私はいつもの時間に目を醒ます。自室の雨戸を開けると、まるで湿気った砂糖の塊のような牡丹雪が静かに降っている。


「ホワイトクリスマスか。本当に効果有るんだな」


 最近は、関東で雪が降ることは殆ど無かった。私が子供の頃は、年に十回はあった降雪は、年を経る毎に段々と減ってしまっている。ましてや、クリスマスに雪が降るのは何年ぶりだろうか。

 物干し竿につるしていたのっぺらぼうずを見ると、雪に濡れてぐしゃぐしゃになっている。コイツが今日の功労者だと思うと、少しぐらい労る気持ちにもなる。ビニール袋に入れ、口を縛るとゴミ箱の一番上に入れた。

 テレビをつけると、丁度朝のニュースの時間だ。何か目ぼしい事件も無かったようで、ニュースは『○年振りのホワイトクリスマス』という見出しで、新宿駅の前でのインタビューを流している。

 画面では代わる代わる様々な人にインタビューを掛けていた。


「ん?」


 しばらく眺めていると、見知った顔が画面に映る。下のテロップには『二十代 会社経営者』の文字。


『いやぁ、大雪ですね』

『そうですね。こんなに雪が降るのは久しぶりな気がします』


 画面には、我らが2ndstreetの山田貴明社長が映っていた。


「あの人、新宿在住なのか……」


 クリスマスだと言うのに、服装はスーツだ。2ndstreetは、私達VTubarは私服で、社員も特別なことがなければビジネスカジュアルが普通だ。その中で、社長だけは常にスーツを身にまとっている。理由を以前聞いたところ、曰く「私はあまり威厳は無いからね。せめて服装でちゃんとしないと」。本人も言うとおり、社長は普段、威厳は無い。しかし、社員からは尊敬される社長で有ることは間違いない。


『今日もお仕事ですか?』

『ええ。私達の仕事はイベント事が稼ぎ時ですからね。重役出勤なんて甘えた事は言えませんよ』

『成程、大変ですね。頑張ってください』

『ありがとうございます』


 社長の出番は一瞬だった。しかし、中々に面白いネタが出来たのは確かだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 諏訪美旗@2ndstreet聖夜祭18時〜


 社長……。朝から大変ですね……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何気なくトゥイートする。すると、直ぐに幾つかのリトゥイートとリプライが届く。


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 桜木一姫@2ndstreet聖夜祭18時〜


 何かあったんですか?まさかフィリップが迷惑かけたり……


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 フィリップ・安曇野@2ndstreet聖夜祭18時〜


 俺はまだ何もしてないぞ


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 桜木一姫@2ndstreet聖夜祭18時〜


 「まだ」じゃなくて常に何もしないでください。それで先生、何があったんですか?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 諏訪美旗@2ndstreet聖夜祭18時〜


 社長、朝のニュースでインタビューされてました


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 山田貴明@2ndstreet社長


 美旗くん、見てたんだ。恥ずかしいなぁ


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 一姫嬢は偶然トゥイッターを見ていたのか、直ぐにリプライが飛んできた。フィリップは……まさかオールしていたりはしないだろうか。他にも、私のフォロワーからのリプライがチラホラと来ている。社長は会社の代表として顔を出すことも多いため、そこそこに知名度が有るようだ。「もしかして」と思っていたファンが反応を返してくる。


 一度スマホを置き、テレビをつけたままに朝食の用意をする。外を眺める限りでも、豪雪という程でも無いようだ。交通機関は現在時点で停まっていたりはしないらしい。しかし、今日一日雪は止まず、夕方には少し強まるようで、少し早めに家を出ることにする。

 フライパンを振るい、オムレツを形にする。火入れに上手く行ったのか、心做しか普段よりも綺麗に出来上がった気がする。今日は良いことが有るかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何時もの用意を済ませた私は、普段よりも余裕を持って家を出る。片手には昨日買ったケーキを持ち、肩に斜めに鞄を掛ける。

 予報通り、昼ごろから雪が少し強まった。雪の積もった景色は、普段よりも眩しく感じる。家の前は雪が溶けてアスファルトが濡れている。夜には凍って滑りやすくなるだろう。

 吐いた白い息が空気に溶けていく。まるで煙草を吸っているようだ。就職して以来、ご無沙汰をしていた事を思い出す。こういうのは、忘れている間は何とも思わなくとも、思い出してしまうと口が寂しく感じてしまう。フィリップは、そう言えば喫煙を続けていた。久々に一本貰って吸ってみようか。


 改札を通り、プラットフォームに降りる。こんな寒い日に出掛けるのは躊躇するのか、昼過ぎの駅は閑散としている。こんな日は皆厚着かと思えば、中には気合の入った足を出したスカートを履いている女性も居る。女性のお洒落は大変だ。それに比べて、私は小綺麗にはしているものの、余り服には拘らない。そう言えば、いろはに「今度私と服を買いに行こう」と言われていた。

 暫く待っていると、駅に電車の到着を知らせる放送が響く。向こうを見ると電車が雪を風圧に巻き込むように走ってきて、足元の線のちょうどに停まる。駅と同じく、車内にも余り人は居なかった。横並びの長椅子に腰掛け、私はスマホを開く。

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