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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第4章『三期生』
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諏訪美旗の日常

 おまたせしました。何となく形が決まってきたので、更新を再開します。

 エタらせるつもりは無いですが、ストックが無くなったら更新が不定期になります。暫くは3日に一回のペースで更新しますが……


 秋も暮れ、冬が来た。思うと、教師だった頃はこの時期はてんやわんやだった。


「そろそろ受験の時期ですね。受験生の皆さんは、まさかこんなところに居ないとは思いますが」


[あー、もうそんな時期か]

[受験とか何十年前だろう……]

[まさか受験生が配信なんて見てる時間が有るわけないよなぁ?]

[草]

[チクチク言葉]

[べ、勉強しながら見てます]


 私の言葉にコメントが反応する。受験の事を懐かしむコメントや、まさに受験生のコメントなど、ただの文字の列の向こうには確かに人が居るのだと、反応の多様さは私の配信がそれだけ多くの人に見られているのだと感じさせられる。

 最近では少し少なかった配信頻度。それがまさに今日の雑談の本題だ。


「受験と言えば、2ndstreetの3期生の書類選考の結果も出ました。応募した方は一度メールを確認して頂けると」


[そういえば、3期生の募集が終わってたな]

[どれぐらい応募が来てたの?]

[何なら、受験の行く末よりそっちを気にしてるまである]


 2ndstreet3期生の募集は想定されていた数倍の数が届いた。しかも、想定されていた数字自体が千人程度と大きい数だったせいもあり、信じられないほどの数が応募している。


「実は、私と一姫さんも選考に参加してたんですよ。中には見所……というと烏滸がましいかも知れませんが、個人的に期待度の高い人もいましたから。面接の日程を確認していなくて落選、なんてお互い悲しいですよね?」


 想定の数倍……具体的には六千を超えた応募に対して、2ndstreetのスタッフは百人に満たない。そのうちで選考に参加する余裕のあるスタッフは4人。想定の千人程度なら一人250個ほど確認すれば済むものが、一人1500個程度まで跳ね上がった。苦渋の決断として私と一姫嬢が選考に駆り出されたと言うわけだ。

 「そんな大切な事を私がやってしまって良いんですか?」という質問の答えは「諏訪さんはたまに突飛なことを考えること以外は常識人ですから。お忙しいところ申し訳ないですが、今月の給料にも色を付けますので」とのこと。一姫嬢は前回……2期生の選考にも参加していたようだ。


「まあ、実際に話してみないとわからない事も多いですから、結構な人が二次の面接に進んでいます。私達も皆さんとお話しできる事を楽しみにしてますよ」


[ん?]

[まさか俺にも希望が……無かった]

[草]

[これからのご活躍を期待しています]

[実際、先生のファンの何割ぐらいが応募したんだろ?]

[ワイは応募したで]

[ん?]

[お話しできる?]

[まあ、デビューしたら話せるわな]


「……実は、二次面接の内容なんですが。少し人数が多かったのも有りまして、私達2ndstreetの内の一人がランダムで面接に参加します」


 これは、一次の書類選考が終了した時点で社長の鶴の一声で決定した内容だ。社長はもともと腹案として持っていたらしく、応募が多かった事をきっかけに実行することにしたらしい。社長としては、後輩として働くことになるであろう応募者をVTuberの視点から選んで欲しいと言うことらしい。勿論、落とされてしまったことをきっかけにアンチになってしまう可能性もある。2ndstreet全体での告知では希望者のみとなっていたが、私を含めた8人の全員が参加を希望した。


[!?]

[まさかのまさかで草]

[他の箱だと最終面接でVが参加することはあったらしいけど]

[応募してたら推しと話せた……?]

[裏山]

[なんで落ちたんだよぉぉぉぉ!?]

[発狂してるやつ居て草]

[ランダムって事は試験官は選べないんか]


 案の定コメントが更に加速する。中には書類選考で落とされてしまったのか、発狂しているコメントもある。


「勿論、当日は私達も試験官として厳正な審査をします。私が言うのもなんですが、推しと話せるなんて舞い上がって真面目に受け答えをしなければ容赦なく落としますよ?」


 既に公式の告知でも、面接で私達が参加することは明かされている。しかし面接はあくまで面接であって、私達と直に話せる機会ではない。書類選考をした人間として、そのようなことに現を抜かすような応募者は選ばないように気を使ったが、それでも漏れはあるだろう。


「さて、告知はここまでですね。話を戻しましょうか」


 私達が面接に参加する。それは応募した人に取ってみれば朗報かもしれないが、応募しなかった人からしてみればどうでもいい話だ。私は話を受験の事に戻した。


「この時期の教員はてんやわんやですよ。12月は昔は師走なんて言いましたが、まさに文字通り。進路希望の確認に推薦の校内選考、受験に合わせた対策講座の用意なんかもありますから」


[ほー]

[推薦ってもっと先に決まってなかったっけ?]

[場合によるんだろうなぁ]


「人によってはこの時期に進路がはっきりしてない事もありますからね。進路希望調査がいつまで経っても出ない生徒が居たら保護者に電話したりもします。進路こそ決まっていても他人事みたいに遊んでいる場合も在りますしね。本人よりも私達が心配していたり」


 私が教師だった頃の事を思い出す。私個人としては、一生に一度の高校生活だから楽しんで欲しいとは思っていた。しかし、最終学歴が高卒でも豊かな暮らしが出来たのは昔の話。企業の募集要項に大卒以上なんて制限はザラにある。教師として生徒には将来路頭に迷ってほしくないと言う気持ちもある。ついつい口うるさく言ってしまうものだ。

 3年生の担任なんて、信じられないほどの仕事量だった。校内分掌――委員会の顧問など様々な雑務を教師で振り分けたもの――が減るわけでもないし、授業は普通に行われるから授業準備も疎かには出来ない。私立高校だったことも有って、職員室の灯りは深夜を回っても消えなかった。私が学生だった頃はそんなことは知る由もなく、先生は暇なものだろうと決めつけていたが実際はそんなことも無かった。教師にならなければ知ることも無かった現実。

 ふと思う。私は生徒を自分の成果として考えてしまうようになったことに嫌気がさして教師を辞めた。そのつもりでいた。

 しかし、実際はどうなんだろうか。もしかして、楽な仕事を求めて教師になって、それが楽でないことを知ってしまったから辞めたのでは無いか。心の奥底でそんなことを思って、理由なんて後から付けて。だとしたら私は本当に最低の人間だな。


 もしかしたら。2ndstreetに応募した人の中にもそんな人がいるのかも知れない。VTuberは好きなことをして楽しく稼げるとか、そんなことを思って応募した人もいるのかも知れない。なら、その人はVTuberの現実を知って、どうするのだろうか。配信の準備や権利関係の確認、その他諸々、氷山の一角のように水中に沈んだ見えない部分を知って、どうするのだろうか。

 私が教師を辞めたようにすぐに引退するのだろうか。……それとも、それを知ってもVTuberを続けるのか。

 他人の心中は私には知る由もない。教師の現実を知らなかったように。

 誤字報告、ありがとうございます。

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