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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第一章『重圧』
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二期生コラボ②

「そうですね、二人の第一印象ですか」


 顔合わせの日。私は、2ndstreetの事務所に来ていた。すでに、前職の高校教師は辞めていた。理由については、長くなってしまうのでおいおい話そう。

東京にあるビルの1フロア。それが2ndstreetの事務所だった。正確には、事務所の上には防音のスタジオがあるらしい。事務所の奥の会議室に、私を含めて4人が集まっていた。


「みなさん、初めまして。私は皆さん二期生のマネージャーを勤めます、津田香と申します」


 一人目は私達のマネージャーの女性だ。スーツに眼鏡、黒髪を後ろで纏めたキャリアウーマンのような風貌。


「では、それぞれ自己紹介をお願いします。まずは、柴田さん」


 私達の手元には1つの資料がある。私達のデビューするときの姿、立絵と公式のプロフィール。一枚目は私のアバターである男性が書かれていた。


「初めまして。諏訪美旗を勤めます、柴田悠人と申します。公式のプロフィールに高校教師と書かれていますが、前職は高校教師をしていました」

「ええ!?本当に先生だったの?」


 私の自己紹介に声を被せてきたのは、髪を明るい茶色に染めた女性だった。


「あ、ごめんなさい。割り込んじゃって」

「いえ、驚かれるのは予想外でしたが、聞かれるとは思っていました。教科は日本史でした。年齢は……」


 私は自己紹介を続けた。年齢、趣味、特技など。と言ってもわだいになるほどのものでもなかったので、割愛する。


「……と言った感じで良いでしょうか」

「ええ、ありがとうございます。ああ、これからは仕事ではミーチューバーとしての名前で、それ以外では本名で呼び合うようにしてください。身バレを防ぐためですので、よろしくお願いします」


 身バレとは、ミーチューバーの演者、中の人の名前や個人情報が流失することだ。バーチャルな世界の存在として配信をするバーチャルミーチューバーは、表向きには中の人は居ないことになっている。


「さて、諏訪さん。ありがとうございました。次は……、木村さん。よろしくお願いします」

「え、は、はいっ!あの、木村遥と申します……。あ、青山小春の、その中の人です……」


 私の次に名乗ったのは、木村遥嬢。長い黒髪に、茶色や黒、藍色のファッションの女性。長い前髪で表情は伺いにくいが、内気な感じで話している。声も聞き取れないほどでは無いが、小さい。手元の資料を捲ると、青山小春と名前が書かれている下に少し内気そうな少女が書かれていた。その下にはプロフィール。


「ね、年齢は23歳です……。特技は、その、絵を描くことと、ピアノが少しできます……」

「ピアノですか。どのような曲が好きなんですか?」


 話が苦手そうな雰囲気の小春嬢に、話題を振る。


「す、好きな曲は、アニソンとかです。……その、ピアノでは練習曲や、ボカロの曲も弾けます。あ、あまり上手くはないので、期待しないで下さい……」


 小春嬢の返答は、どもった感じだった。男性である私が突然口を挟んだせいか。しかし、前髪からチラリと見えた目は、どちらかと言うと怯えているように見えた。


「その、配信者になろうと思った理由は、自分を変えたかったからです……。内気で、会話があまり得意では無くて……。バーチャルミーチューバーの人達を見て、こんな風になりたい、と思って……」


 ふと、話しながら小春嬢が顔を上げる。真剣な目が前髪越しに見えた。配信者になろうと思った理由、か。私は少し考える。


「じ、自己紹介は以上です。……身の丈に合わない目標かも知れませんが……」


 小春嬢がまたうつむく。私は、ふと口を開いた。


「小春さん、立派ですね。私は身の丈に合わないとは思いません」


 私が自己紹介でミーチューバーになろうと思った理由を話さなかったのはわざとだ。この場所でする話ではないと考えたからだ。


「割り込んでしまい申し訳ありません。私が配信者を目指した理由を言うのを忘れていました」


 しかし、小春嬢の話を聞いて、気が変わってしまった。


「私が配信者になろうとしたのは、そうですね、逃避が理由です。私は……」


 私が教員を目指したのは、恩師が居たわけでも、教え導く立場になりたかったからでもない。

 私は、自分の人生に何かの意味を持たせたかったから教師になったのだ。

 教師となり、担任になり、既に100人以上の生徒を社会に送り出した。生徒達が社会で評価されれば、それが私の存在する意味になる。最初の数年は、授業の準備や学級運営に必死になった。休む暇もない日々に、疑問を感じることはなかった。しかし、数年が経ち、やがて10年程過ぎて、仕事が卒なくこなせるようになり、ふと考えてしまった。

 ……私は、誰かを教え導くにふさわしい人間なのかと。


「……数年間は、それを無視していました。きっと、疲れているのだろうと。しかし、暇な時は常にそれを考えるようになってしまった」


 教師とは、人を教え人の師となる人を指す。しかし、私は誰かの師として誇れる人間だろうか。


「『先生になるのであれば、よい先生となりなさい』。私の教育実習の担当教員の言葉です。先生には誰にでも成れる。大学で単位を取って、申請すれば誰でも教員の免許を貰えるのですから」


 よい先生になりなさい。そうすれば、不幸になる生徒が減る。その教師は私にそう言った。


「私は、このままではだれかを不幸にしてしまうと思いました。ただの教師である私が、未来ある若者を不幸にしてしまうと」


 私は教師を辞めた。しかし、私には未練があった。


「きっと、このままでは私はまた教師になる。そんな時に、バーチャルミーチューバーに出会いました」


 その時、私は考えてしまった。バーチャルミーチューバーとなれば、世界に私の声が広まる、と。


「誰かのためになりたい、自分を変えたい。そう思ったのではありません。私の声が広まれば、私を知る人が増える。そうすれば、教師になることは出来なくなります。私は、小春さんのように立派な志を持ってここに来たわけではありません。だから、小春さんの目標を立派だと思います」


 私は、話を終えた。これが、小春嬢との顔合わせ。


「まずは、小春さんの第一印象から話しましょうか。と言っても、昼女さんが殆ど話してしまいましたから、私が話をしていて感じたことを。小春さんは、誰かを動かす力を持っています」


 例えば、私が下らない自分語りをしてしまう程に。


「小春さんは、こんなことを言うと悪口にも聞こえてしまうかもしれませんが、話すのが苦手です。それに、自分を卑下することばかり言いがちです」

『せ、先生、ひどいですよ……』

「申し訳ない。ですが、小春さんはここに立っています。小春さんの初配信を見ましたか?小春さんは、自分の目標に向かうときだけは、誰よりも真っ直ぐになります」


 これは、小春嬢に心を動かされた私だからこそ言える彼女の長所だ。


「小春さんを見ていると、自分も何か夢を見たくなってしまう。目標を持ってしまう。何か出来るようになりたいと思ってしまう。きっと、小春さんの言葉に動かされる人は多いでしょう。なにせ、私がその一人ですから」

『あ、あの、先生……。昼女ちゃんの時より恥ずかしいんですが……』


 小春嬢が照れがちに言う。私は、「諦めなさい。恨みは私ではなくマネージャーに言ってください」と返す。


「小春さんの第一印象は以上です。あ、彼女のチャンネルとトゥイッターのURLは概要欄にありますのでぜひ」

 お読みくださり、ありがとうございます。本来1、2話ほどで終わらせる予定でしたが、長くなってしまったので分割&割愛しました。次回は11月6日更新予定です。気に入ってくださったら、評価とブックマークをよろしくお願いします。

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