予兆
さて、先日の日帰り温泉旅行から数日。私は普通の生活を送っていた。朝起きると朝食を作り、食べる。昼まではトゥイッターを見たり、ミーチューブを見たり。昼食を食べ、配信の用意を始め、夜に配信をして寝る。たまに外に出ては買い物や用事を済ませる。傍から見れば仕事をしていないように見える事以外は、ごく普通の生活だ。
「何で、通知が……」
今日も、いつも通り起床して朝食を食べ、トゥイッターを開いた。いつもと違うのは、下の通知アイコンに物凄い数の通知が来ていることだけだ。
開けば、そこには私の視聴者からのメッセージや、フォロー外からの引用の通知。
「しかしまあ、何故こんなに……」
視聴者からのメッセージを見ると、[先生、取り敢えずこの動画を見てください]というものや、[先生、大丈夫?]と言うものが目に入る。URLを検索し、ミーチューブの動画であることを確認してから、動画を開く。
チャンネル主は『天秤秤』と言うVTuber。タイトルは[2ndstreetの教師V、同期と温泉旅行]というもの。切り抜きかと思ったものの、私の目に横線が入っているから、恐らく違うだろう。
内容を簡単に纏めると以下の通り。
・私が小春嬢、昼女嬢と温泉に行った。
・本人は何もしていないと言っているが疑わしい。
・そもそも、教員免許を持っていると公言しているが、確認する手立ても無ければ、教師らしい事もあまりしていない。
なんとまあ、事実無根な。当たり屋に当たられた運転手もこんな気分なのだろうか。温泉旅行では何もなかったし、教員免許は実名が載っているため写せないのも当たり前だ。そもそも、中学社会科や高校地歴公民は取れる学部も幅広く、教師になりたいなりたくないに関わらず一定数の人間が免許を取っている。疑う根拠があまりにもあやふや過ぎて、話にならない。一つ反省することがあるとすれば、教師らしい事をしていないと言う点か。
取り敢えず、とマネージャーに連絡を取る。
諏訪美旗[マネージャー、視聴者からこのような動画があると連絡がありました]
マネージャー[把握しました。このような話題はあるあるなので、上席にも共有をしておきます]
マネージャー[美旗さんも、あまり気にしないでください]
諏訪美旗[ありがとうございます。配信などはいつも通りで大丈夫でしょうか]
マネージャー[基本的には黙殺の方向で進むと思いますので、大丈夫です]
返信は、朝にしてはとても早い。それは、マネージャー本人の性格もあり、またこの事態が緊急性を擁するものであったことも示している。
マネージャーに連絡した後は、いつもの生活に戻る。最近では、私やシェヘラザードに対して楽曲提供の依頼が届くようになった。企業だけでなく、個人からもちらほら届くそれに対して、基本的にはお断りを入れていく。これは、シェヘラザードの全員で統一して決めているスタンスだ。シェヘラザードはあくまで2ndstreetの語り手と言う立ち位置であり、楽曲提供をしていてはそのスタンスに反する。
さて、と立ち上がる。朝食の用意をしている時に冷蔵庫を確認したが、中身が如何せん心許なくなってきている。車の鍵を腰に付け、私は家を出た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【2ndstreet二期生 諏訪美旗】皆さんの要望にお答えします
「皆さん、こんばんは。2ndstreet二期生の諏訪美旗です」
[こんばんは!]
[こん美旗]
[このコメントは削除されました]
[いつもどおりの先生だな]
さて、今日の配信は企画のようなものになっている。
「以前から、配信のサムネを作らせて欲しい、と言う声がありました。本日は、視聴者の皆さんの作ったサムネを見ながら、良かったものを次の私の配信にしようと思います。現時点でハッシュタグ[諏訪美旗サムネコレクション]への応募を一度打ち切りますので、これ以降のものは次回の参加とします」
[いま見たけど、結構な数が来てるな]
[何でこんなに多いのw]
[実質先生への配信リクエストみたいなもんだからな]
[このコメントは削除されました]
[さっきからモデレーター大活躍で草]
[小火起きてるのにこの落ち着き様である]
[まあ先生に関しては心配してない]
コメントを横目に、私はトゥイッターの画面を共有する。すでに検索欄にハッシュタグを入力しており、画像付きのトゥイートが見える。
「と言うことで、1つ目。絵が上手いですね」
1つ目のトゥイートは、恐らく自作のイラストを背景にコミカルな文字が踊っている。
「えー、タイトルは『諏訪美旗の安眠ASMR』ですか。恐らく私のセリフのように吹き出しで『君の鼓膜、綺麗な色をしているね』と書かれていますが、この人はこんなセリフを囁かれたいと言うことですかね?」
[草]
[中々にイカれてる]
[絵は上手いのになぁ……]
[こんなこと囁かれたいのかw]
[シンプルに変態]
[このコメントは削除されました]
[よく見たら手に持ってるの耳かきじゃなくてデカい針なの草]
[破る気満々じゃねぇか!]
ベッドだろうか、白い布地に寝転がりこちらを見る私の手に握られているのは、よく見たら耳かきではない。
「今気づきましたが、持ってるもの、耳かきではありませんね。先が尖ってます。わざわざ梵天付けてカムフラージュまでしてあります。芸の細かい変態ですね」
スクロールしながら、それぞれに反応をしていく。最初のもののような手の込んだものもあれば、イラストやに私の顔の切り抜きを貼り付けたようなものまで、千差万別である。
『えー、次。『FPS近距離縛りで頂点取るまで終われない配信』……ですか。率直に言わせて頂きますが、地獄ですね』
[草]
[どんな耐久だよw]
[フライパンかパンチで一位って無理だろ]
[どこかのプロが企画でやるやつ]
[このコメントは削除されました]
ヘルメットにゴーグルをした人物の頭を、今まさにフライパンで殴りかかるイラストと共に、ゲームロゴに合わせた字体で書かれている。
「最近、FPS配信でたまに縛りをしてくれというものを見かけますが、私はそこまで上手くないですからね。これに至っては何時間どころか何ヶ月かかるのか……」
[しかしイラストはとても良い]
[才能の無駄遣い]
[最近のV、FPS人気だからな]
[何日通り越して何ヶ月なの草]
「では次。『アンチ喧嘩凸待ち配信』……却下で」
その日の配信は、一部のコメントがモデレーターによって削除されていた事以外は普通に終わった。




