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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第三章『影』
43/78

天岩戸

 いつの間にか4月になってました。そして、更新も忘れていました。ごめんなさい。幸先の悪い新年度に不安もありますが、よろしくお願いします。


 さて、温泉旅行の翌日。いつも通り私達は配信を行った。私と小春嬢の配信はいつも通りのコメントが、昼女嬢のところには少し明るくなったと好意的なコメントが来ていた。

 3人の間で、今回は「出かけた」と言うことで公に出そうと話していたが、小春嬢が配信でポロリと「温泉に行った」ともらしたため、その後の私達の配信では温泉旅行について聞くコメントが増えた。更に言えば、トゥイッターのトレンドにて、[美少女二人と温泉旅行とは羨ましいぞ先生]なる単語が上位に来たとか来ていないとか。

 閑話休題(それはさておき)

 先日の昼女嬢の曲の件については、事務所からもゴーサインが出たこともあり、私は曲を作り始めていた。


「さて、どんな曲にする?」

『うーんと、題名は決まってるんだけどね』

「それは?」

『えっと、『天岩戸』はどうかな、って』


 天岩戸。日本神話に於いて、天照大神が須佐之男の暴虐に嫌気が差し、逃げ込んだ場所だ。天宇受売命が女陰を出すように踊り(所伝あり)、興味を持った天照大神が岩戸を少し開けたところを、手力男命がこじ開けるというストーリーである。


「その流れで行くと、小春は服を脱いで踊ることになるんだが」

『あはは、まあそこはアレンジで、ね?』


 そういう事なら、と少しストーリーを考えていく。天宇受売命と手力男命によって天照大神が外に出るのではなく、不特定多数の皆によって、太陽神が外に出るような感じだろうか。


『そんな感じで、いける?』

「出来る、と確約は出来ないが、頑張ってはみるよ」

『ありがとう!』


 こんな感じで、作業を進めていた。当初は、私にもギターを弾いてほしいと言っていた昼女嬢であるが、バランスを考え、小春嬢のピアノのみの伴奏とすることになった。

 私達二期生は、これに注力をするために少し配信頻度を落としながらも、作業を進めた。

 イラストは外注。昼女嬢のママ――アバターの製作者――、雨天広(うてん こう)先生に依頼し、渾身の一枚絵が完成した。ミックスは2ndstreetの社員でできる人がいるとの事で、そちらに依頼。2週間というペースで完成した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 竹浪昼女@20時からプレミア公開!


 皆、お待たせ。今日の20時に、私のチャンネルで曲を出します!プレミア公開だから、コメント楽しみにしてるね!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 竹浪昼女@20嬢からプレミア公開!


 作曲は@先生、伴奏は@小春ちゃん、イラストはママの@雨天広先生です。フォローもよろしくね!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 さて、私は今自室のPCの前に居る。通常なら配信用意を始めている時間ではあるが、今日はそうではない。と言うのは、昼女嬢のプレミア公開を見るため、配信を休みにしたからである。

 プレミア公開と言うのは、通常の動画とは違い、ライブのようにコメントやスパチャが出来る。2ndstreetでは、初のプレミア公開となるため、事務所では確認作業などにそこそこの時間を割いたらしい。

 と言うことで、時間は19時59分。私としては良い曲が出来たと自負している。小春嬢や昼女嬢の収録も覗いたが、演奏や歌も最高の出来だった。二人の技術に批判が来ることは無いだろうから、この曲の可否は私の限界と同義になる。

 不安半分、期待半分。すでに待機の数も一万の大台を突破し、二万に近づいている。


「始まりましたね」


 画面はカウントダウンに切り替わり、やがて前奏が聞こえだす。落ち着いたピアノの旋律、そして4小節ほどで軽快な旋律に変わる。

 少し前、小春嬢のピアノ配信のコメントに[歌っているみたい]というものがあった。小春嬢のピアノは必ずしも楽譜に忠実ではない。例えば強弱記号を無視したり、テンポをずらすように長音を使ったり。本人は、たまに譜面を見るのを忘れてしまうと言っていたが、それが小春嬢のピアノである。

 くさい言い方をすれば、小春嬢はそんなときにピアノで『歌って』いるのだろう。曲を何度も聞き、譜面を暗譜するほど弾き、アレンジを加える。直感で、このような弾き方が良いと感じているからこそのアレンジ。今回の曲は、本来ずっと軽快な旋律の筈だった。しかし、小春嬢は最初を落ち着いた、ダウンテンポの旋律にアレンジした。早朝、そして日の出というイメージを入れ込んだからだろうか。

 昼女嬢の声は、少し高音で周りから目立つ。だからこそ、最初は抑えめに、低めに。そしてサビを高らかに歌い上げる。


『ここに在ると決めた 私の心で』


 『偶像太陽神縁起』は、人に理想を願われた昼女嬢がそう在ろうとする歌だった。明るく、天才で、人当たりの良い『太陽神』。この曲へのアンサーソングは、私が昼女嬢に頼まれた時点で3つのパターンを考えていた。

 1つは、このまま偶像の太陽神として演技していくこと。1つは、偶像を辞めること、即ち周囲の評価など知ったものかと振る舞うこと。そして、本人が自ら偶像であることを許容し、自らの意思で神となること。

 昼女嬢は後者を選んだ。他者の意思しか介在しない、願われる神ではなく、自らの意思で神と在る事を、本人は肯定、或いは許容したのだ。在るのではなく、在れと願われるのでもなく、在ろうとする。

 昼女嬢は帰りの車中で私達にこう言った。


「ねぇ、先生、小春ちゃん。私ね、二人に憧れてたし、嫉妬もしてたの」

「でも、今日お姉さんの言葉を聞いて、それじゃいけないって思ったの。私は先生には成れないし、小春ちゃんにも成れない」

「私は、誰に何を言われても私にしか成れないから。だから、私はそのうち二人に並ぶよ」


 VTuberは、登録者数という共通の指標がある。無視できるものでは無いし、していいものでも無い。しかし、それは自分の視聴者を蔑ろにする行為に他ならない。気にしなくてはいけない。しかし、気にし過ぎてもいけない。なかなか難しいところだ。

 コメント欄で、[888888888]という文字が大量に流れるのを眺めながら、私はマネージャーにメッセージを送る。

 

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