騒動は、終わったかに思えて
私は、男性と温泉を上がった。
「いや、長話に突き合わせてしまって申し訳ない」
「いえ、気にしないでください。私も楽しかったので」
タオルで軽く体を拭き、浴場を出る。
「そう言えば、私の家内も一緒に来ているんですよ。もしかしたら女湯でお連れさんに会ってるかも知れませんね」
「そうだったんですか」
男性と私は、持ってきていた服を着て、更衣室を出る。外の待合室には一人の女性が居た。
「あら、あなた。そちらの方は?」
「お待たせ。この人は、男湯で一緒になった人だよ。お兄さん、ご紹介します。私の家内の鶫です」
「はじめまして」
どうやら、男性の話に出てきた女性のようだ。男性が私を紹介し、女性が私に挨拶をしてくる。私も挨拶を返し、しばらく3人で話す。
「そういえば、あなた。男湯はその人だけだったの?」
「そうだね、僕と彼だけだったよ。どうして?」
「ふーん、この人が……。いえ、気にしないで」
「私の連れが女性なので、女湯で会っているかも知れませんね」
「それって、女の子二人よね?活発そうな子と、静かな子」
「ええ、その二人です。どうやらお世話になったようで」
「いいえ、若い子と話せて私も楽しかったから」
女湯の暖簾が揺れる。中からは、小春嬢と昼女嬢が出てきた。二人とも、ほんの少し頬が赤らんでいる。どうやら、温泉を楽しんできたようだ。心做しか昼女嬢の顔が晴れ晴れとしている。
「あ、先生!お待たせ!」
「お待たせしました」
「いえ、私も今上がったところだから」
二人は、私と話していた女性を見て、声をかける。
「あっ、さっきのお姉さん」
「あら、さっきのお嬢さん達。やっぱり、このお兄さんと一緒だったのね」
「そうなんです。そちらの方が?」
「ええ、私の主人」
どうやら、温泉で惚気けられたのは私だけでは無いようだ。しばらく、5人で話をする。
「そう言えば、さっきお嬢さん達には言ったのだけど、私と主人、この辺でバーを開いていて」
「ああ、そうなんですよ。このあと、お時間があればいかがですか?」
「そうだな、どうしようか?」
二人のお誘いにも小春嬢達の方を見る。昼女嬢は、確か今日の夜も配信をすると言っていた。
「私は大丈夫ですよ」
「うーん、私も行く!」
「では、ぜひお邪魔させて貰えれば」
どうやら、昼女嬢も行く気のようだ。私は昼女嬢に耳打ちをする。
「……昼女、配信は?」
「……告知はしてないから大丈夫。今日はお休みにするって、後でトゥイートしとくね」
「……なら、大丈夫ですね」
どうやら、昼女嬢も何か思うところがあったようだ。雰囲気が明るくなった気がしたのは、気のせいでは無いのだろう。ひとまず、小春嬢の企画は成功のようだった。
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竹浪昼女@2ndstreet二期生
みんな、今日は配信をお休みにします。楽しみにしてくれてた人は、ごめんね!
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さて、あれから数時間。私達はバーを出て車に乗り込む。
私はハンドルキーパーなのでノンアルコールで、二人はカクテルを楽しんでいた。
「じゃあ、動くぞ。シートベルトは?」
「大丈夫です」
「おっけー!」
帰りの高速も空いていて、行きと殆ど同じ時間に都心まで帰ってこれた。途中の道の駅では2ndstreetの事務所にと、いくつかのお土産を購入した。
「あのね、先生、小春ちゃん。お願いがあるんだけど……」
「何でしょう?」
「私達ができる事であれば」
車の中。ふと、昼女嬢が言う。バックミラー越しに映る昼女嬢の顔は、暗くてよく見えない。しかし、申し訳無さそうに、しかし明るい声で言う昼女嬢の声を聞くと、彼女の暗雲はすでに払われたのだろう、と想像できた。
「私達がデビューした時に、私が言ったこと、覚えてる?」
「一緒にバンドを組もうって話ですか?」
「そう。先生、私に曲を作るって、出来る?」
「それなら」
「小春ちゃんには、それの伴奏をして欲しいの」
「良いですよ」
「ありがとう!じゃあ、後で相談するね!」
そのような話をして、私は二人を送って帰路についた。
斯くして、昼女嬢の件は何とかなった。しかし、2ndstreet全体へのアンチ問題は解決していないのも確かだ。VTuberという、世間に露出する機会の多い職業に取って、アンチ問題は常につきまとう。有名税といえばそれまでだが、これから2ndstreetが大きくなるにつれ、ただ過激化するのを傍観は出来ない。私は、とある企画の構想を練りながら、布団に入った。