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バーチャル教師の指導案  作者: 風上昴
第三章『影』
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完全なる勘違い


 私は、先生と小春ちゃんと共に温泉に来ていた。最近は先生や小春ちゃんが人気になり、そこそこ忙しかったようで、一緒に遊びに行く時間も無かった。

 車は先生が運転し、私と小春ちゃんは後部座席に乗っていた。前から気になっていた先生の口調も、ついにフィリップ先輩達と同じように話してくれるようになった。

 私の見立てでは、小春ちゃんはきっと先生の事が気になっている。私は恋愛をしたことが殆ど無いので、予想の域を出ないけど。ライバルは、いろは先輩だ。一緒に過ごした時間も、先手を打たれていると言うのも不利な状況だ。

 多分今日は、小春ちゃんは先生と二人で旅行に行くのが恥ずかしくて私を誘ったのだろう。先生に名前呼びをされた小春ちゃんの顔を見ればわかる、気がする。


「貸し切りですね、昼女ちゃん」

「そうだね。あ、窓からの景色も凄くいいよ!」

「ホントだ!綺麗な川ですね」


 女湯は、私達以外には人影もなく、貸し切り状態だった。私達は体を洗い、温泉に浸かる。


「そう言えば、昼女ちゃん。最近、何かあったんですか?」


 ふと、小春ちゃんが私に聞く。その質問の真意が分からず、私は曖昧に答える。


「何かって?特に何もないけど……」


 そう答えると、小春ちゃんは少し困ったような顔をする。

 その話題は置いといて、としばらく別の話に花を咲かせる。それは、この前の『私たちの主義主張』であったり、日常のことであったり、VTuberのことであったり。


「それでね、その配信のコメントに……」

「ふふ、面白い人ですね」


 しばらくすると、浴場の扉が開く。どうやら私たち以外にも人が来たようだ。先程と同じ声量で話をしていたら迷惑かも知れない、と少し声を小さくする。


「お隣、良いですか?」


 入ってきた女性は、私達に声を掛けて温泉に入る。


「お二人は、ご旅行ですか?」

「そうなんです。もう一人男の人が居て、一緒に」

「あら、そしたら主人と会ってるかもね。私も主人と来たの」

「お姉さん、結婚なさってるんですか?」

「ええ、そうなのよ。少し惚気ちゃっても良いかしら?」

「ぜひ、聞かせてください」


 女性は、旦那さんとここに来たらしい。結婚しているという話を聞いて、私は飛びつく。小春ちゃんは、きっと自分が先生を好きだって事に気づいていない。良い刺激になるんじゃないだろうか。


「ここね、主人の故郷なのよ。先日、二人でこちらに引っ越してきて」

「へー、良いところですね。ご主人とはどういった経緯で?」

「私と主人、仕事の同期だったのよ。と言っても、私は営業で、主人は会計だったのだけど」

「ほうほう」


 隣の小春ちゃんは一言も喋らないが、興味津々に女性の話を聞いている。やっぱり、私の見立ては間違ってない、と思う。


「私には同期の営業でライバルみたいな人が居てね。と言っても私が勝手にそう思ってるだけだったけどね。営業成績でいっつも負けてたのよ」

「なるほど」

「それで落ち込んでた時に、主人が言ったのよ」


 女性は、楽しそうに語る。私は、その話に少し自分と近いものを感じた。ライバルに営業成績で負けていた女性。先生と小春ちゃんに、登録者数で負けている私。


「何で同じ土俵で戦おうとするんだ、って。営業成績は大切かも知れないけど、それを比べるのは違うんじゃないか。君は、お客さんの話をよく聞いて、それにあった商品を勧めてるだろ。だから、お客さんからの満足度も高い。数ばかり比べてたら、お客さんにも君の努力にも泥を塗ってるんじゃないかな。そんな風に言われたのよ」


 私は、その話を自分に当てはめる。私は、先生や小春ちゃんと自分を比べて、劣等感を持っている。でも、それは私の視聴者を見ていないのと同じでは無いか、と。

 そう言えば、最近ではコメントで[少し休んだら?][頑張らなくても、俺は今の昼女ちゃんが好きだ]なんて事を言われていた。きっと皆は、私が無理してる事にも気付いていたのだろう。


「その時の主人が本当に格好良くてね。猛アタックしたのよ」

「いい話ですね」

「ふふ、ありがとう。貴女達は、一緒に来た男の人が好きなの?」

「ふぇ!?」

「えっ!?」


 女性は、私達に聞く。今までは反応するだけで喋らなかった小春ちゃんも、驚いて声をあげる。

 女性は私達の反応を見て楽しそうに笑い、立ち上がった。


「若いって良いわね。それじゃあ、私はお先に上がるわね」

「は、はい……」

「ど、どうぞ」


 私と小春ちゃんは、しばらく無言でお湯に浸かっていた。


「あ、あのね、昼女ちゃん」

「うん、分かってる。私は、もう大丈夫だから」

「その、あんまり無理しないでね。昼女ちゃんが体調を崩したら、私も悲しいから……」

「うん。心配かけてごめんね。もしかして先生も?」

「そう。先生に昼女ちゃんの話しして……」

「そっか。先生にもお礼言わないと」


 ふと、浴場の扉が開く。そこには先程の女性が居た。


「そうだ、私達、この近くでバーをやってるの。良かったら、皆で来てね。少し割引するわよ?」

「あ、ありがとうございます」


 それからしばらくして、私達は温泉を出た。

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