道中
昨日、小春嬢から連絡があった。
青山小春[あの、先生。今、通話しても良いですか?]
諏訪美旗[大丈夫ですよ]
数十秒で着信音が鳴る。
『夜遅くにごめんなさい……』
「いえ、気にしないでください。どうしましたか?」
『その、昼女ちゃんの事なんですが……』
「ああ、なるほど。それで、私は何をしましょう?」
基本的に、私たち二期生がアクションを起こすときは、小春嬢が陣頭に立っている事が多い。私の5万人記念の最後を企画したのは小春嬢だった。今思えば、小春嬢が凸待ちを私に勧めたのは、あの企画を通すためだったのだろう。
『あの、恐縮なお願いなのですが、お車を出して頂けませんか?』
「わかりました、良いですよ。目的地は決まってますか?」
即決する。小春嬢の事だ。自分がどこかに出掛けたいからとか、そんな理由では無いだろう。恐らく、昼女嬢の気分転換でも、と考えたのだろう。
私としても、昼女嬢は大切な同期だ。断る理由もなければ、必要も無い。
『あの、本当に良いんですか……?急ですし、先生もお忙しいでしょうし……』
「気にしないでください。私も、少し気分転換に出掛けたいと思っていたところですから」
『ありがとうございます!では、場所なのですが……』
小春嬢から目的地を聞いた私は、軽く下調べをして翌日に備えた。
「おはようございます、先生!今日は本当にありがとうございます」
「おはよー、先生。今日はありがとう!」
「気にしないでください。さて、ロータリーでずっと車を停めるのも迷惑ですから、乗ってください」
集合時刻は朝の8時。都心からは少し離れた駅のロータリーが待ち合わせ場所だった。とは言え、通勤の往来は多く、バスも多い駅前でずっと車を停めるのも宜しくないと、小春嬢と昼女嬢を招く。
「先生の車に乗るの、初めてだね!」
「昼女ちゃん、シートベルト締めて!危ないから」
「小春さん、お姉さんみたいですね」
「いいね、それ!ね、小春お姉ちゃん?」
「先生、からかわないでください!昼女ちゃんも乗らない!」
雑談しながらも、二人がシートベルトをしたことを確認し、車を発進させる。駅から離れると、車通りも少なくなった。
「それでは、高速に乗ります。朝早いので、お休みになってても構いませんよ」
「流石にそれは……」
「私達で賑やかにするね!」
高速に入ると、平日なこともあってかそこまで混んでいない。2時間ほどで目的地には到着しそうだ。
「そう言えば、先生。私達にはフィリップ先輩達と同じように話してくれないの?」
「その話ですか……」
「小春ちゃんも気になるよね!」
「わ、私ですか!?その、少しだけ……」
「ですが、あの話し方だと少し怖くないでしょうか」
大学生の頃、私はフィリップ達と話すような口調で普段も過ごしていた。が、周りからは話しかけにくかったようで、授業で仲良くなった人以外とはあまり会話しなかった。
教師になってからは、常に丁寧な口調を心がけ、2ndstreetに入ってからもそれは変わらなかった。
怖いのではないか、という問いかけに、昼女嬢は答える。
「うーん、初対面であれだったら怖いけど、先生は優しいって知ってるからね」
「……そうですか。小春さんも?」
「……私も、怖くは無いです」
「ほらほら!じゃ、先生。3、2、1、キュー!」
やけに押しの強い昼女嬢にキュー出しされ、私も腹を括る。
「この口調だと、呼び捨てになるぞ」
「先生、先生!私の事呼んでみて!」
「……昼女」
「あの……、私の事も呼んでもらえませんか……?」
「……小春」
せめてもの抵抗も意味をなさず、寧ろカウンターを食らう。昼女嬢は後部座席で荒ぶり、小春嬢は口元を抑えて下を向く。
「あの、やめても良いですか?」
「だめ!」
「だめです!」
「即答ですか……」
話をしながらも車は順調に進み、埼玉に入って東北道に移る。今日の目的地は鬼怒川温泉だ。日帰りで昼女嬢の息抜きになるような場所として小春嬢が選んだ。と言っても、そこに男性である私も誘う小春嬢の無防備さは心配だ。まあ、そこまで私を信用しているのだとすれば、嬉しい限りである。
「もう9時だな。一度休憩にしようか」
パーキングエリアの標識を見て、二人に声をかける。この口調も慣れてきた。同意の答えを聞いて、ウインカーをつけてパーキングに入る。平日のせいかそこも空いていて、直ぐに停めることが出来た。
「やっぱり、空気が綺麗ですね」
「そうだね!あ、コーヒー売ってる」
昼女嬢がパーキングの珈琲店に私達を連れて行く。メニューはブレンドコーヒーから豆乳ラテなど、様々な物が並んでいる。
「先生は、私が奢りますね」
「私も出すよ!先生には運転してもらってるしね」
「いや、そこまでしてもらう訳には……」
「はいはい、文句禁止。どれが良い?」
「ありがとう。じゃあ、ブレンドを」
「では、私もブレンドにしますね。昼女ちゃんは?」
「私はカフェラテ。はい、三百円」
「それでは、ブレンド2つとカフェラテ1つお願いします」
「かしこまりました。六百円丁度、頂戴します」
朝から仕事の店員さんに、3人で「お疲れ様です」と声をかける。コーヒーが入るまでの間に、店員さんが声を掛けてくる。
「皆さん、ご旅行ですか?」
「そうですね。少し温泉に」
「良いですね。何処ですか?」
「鬼怒川温泉です」
「ああ、そこなら、お客さんに聞いたんですが、良いお蕎麦屋さんがあるらしくて」
「へー、どこですか?」
店員さんの話を聞き、昼食の場所が決定する。その後トイレなどを済ませ、車に乗り込むと鬼怒川を目指した。