表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようんげらぁ  作者: 大川 伯
2/3

P1-1 いつもの少女

気になる女子がいる。

…といっても、恋愛的な意味ではない。


俺、恩田おんだ みなとはしばしば通っている本屋で小説を立ち読みしながらそんなことを思う。

なぜこんなところでこんなことを考えているかというと、たった今その子が目の前を通ったからだ。

自分より顔2つ分くらい低い身長。自分と同じ中学校の制服。何も持たずに、ただただ歩いている。

彼女とは別に会話をしたことがあるわけではないし、接点があったわけでもない。

でも、この本屋に通い始めてから本屋に行った日は必ず彼女を見かける。しかも、一日に何回も見かける時だってある。

そして、いつも彼女の顔は暗かった。何か、誰かに助けを求めているような、そんなような顔。


やっぱり放ってはおけない。

そう決意して、立ち読みしていた本を棚に戻し、彼女が歩いて行った方向を向く。

もう彼女の姿はない。

この本屋の本棚は異常に高く、棚の向こうは全く見えないほどだ。

見失ってしまったら、また見つけ出すのは至難の業だろう。

慌てて早足で追う。

通路と通路が交差しているところ1つ1つで左右を確認する。

本屋の奥へ奥へと進んでいく。だんだん息が荒くなってくる。

どこまで奥に進んでも姿がない。

「どこに行ったんだ…?」

ついに突き当たりまで来てしまった。

完全に見失ってしまった。

でもここで、「諦めて明日にしよう…」

とはならないのが俺の悪いところで、

「とりあえず、出口側から探せばまだいないことはないだろ。」

とつぶやき、

出口前まで早足で戻る。

出口付近の棚の前から順番に列を見ていく。あまり人は入っていなくて、棚の前に多くて2人くらいしかいない。

しばらく店の中を隅から隅まで探し回ったが、彼女の姿はどこにもなかった。

もうすぐ夏本番になるからか、早歩きでもなかなか暑くなる。今日の予想最高気温は28度だと今朝のニュースで聞いたけど、クーラーもついていない店内。体感的にはもう35度をまわっている。

「あっつ…」

もう限界だ。っていうか、クーラーくらいつけろよ。電気代ケチってんじゃねーぞクソ本屋が。

と本屋を恨むけど、本屋でウロチョロするほうが悪いんだよな。なんて自分の非を認めちゃったりして、

結局何も残らない。むなしい。

またどうせ明日も来るだろうし、あの子もまた来るのだろう。つまり、今日頑張る必要はないっ!

ってなって、自己解決。 …さっきまでの苦労はどうなるのだろうか。

まあいいや。帰ろう。考えていたって時間の無駄だ。

いわゆる?『案ずるより産むがやすし』ってやつ?…ちょっと違うか。

ここから、家まで歩いて30分くらいで帰れる。この30分に何かできないのだろうかと思ってはいるけど、歩きスマホとかしてる人嫌いだし、歩きながら本読んでたら二宮金次郎だし(?)

結局のところ、変わりゆく景色を見ているのがベストなんだろう。季節が変わったりして、この辺でも変化がみられる。けど、そんなの見たって14歳にとっては何がどんな風にいいのかさっぱりわからない。

昔の人ってすごいよな。季節の変化だけで短歌が作れるんだってさ。

俺なんて授業で短歌を作って発表した時に、どうせいい短歌は作れないことはわかっていたから、せめて面白いのをつくろうとした。結構頑張って作って、それが結構自信作だったもんだから、自信満々に発表した。

そうした俺を待っていたのは、かつてないほどの沈黙。

もう二度とこんな真似はしないと心に誓った…なんてこともあったな。

とか考えているうちに、家に着く。

景色を見ながら帰るとこんな風に過去くろれきしにどっぷりと浸かりながら時間をつぶすことだってできる。こうすることの利点は自分の気を付けるべきこと、するべきことをしっかりと再確認することができることだろうか。…おすすめだよっ!

…おっと、いつの間にか家についていた。30分は長く感じるようで、実際は短い。

玄関のドアには鍵がかかっていて、中は電気がついていない。

別に気にすることはない。いつものことだ。

両親は共働きで、毎日午後9時ごろになってようやく帰って来る。帰ってきたとしてもあまり会話することなく、一日を終える。

夕飯は自分で好きなものを作れるし、何をしていても基本的には何も言われない。

毎月お小遣いとして3000円が自分の机に置かれている。

この生活は周りの家庭と比べると少し違うことはなんとなく知っている。

でも、自由度は高いし、自立的な面からしてもいいことだってあると思っているから、この生活を変えたいなんて考えたことは一度もない。それどころか、こっちのほうが心地よくて、一般的な家庭のほうこそ苦しいのではないかと感じることも少なくない。

リビングをまっすぐ突っ切って階段をのぼり、そこから見える3つの扉のうちの中央。これが俺の部屋だ。

ゲームも、パソコンも、それなりに本もある。俺なりの楽園といってもいい。

ゲーム機を取り出し、電源を付ける。

最近、友達と対戦型のオンラインゲームをよくする。

携帯をつけ、彼に「今できる?」とメッセージを送る。

そんなに時間がかからないうちに既読マークがつき、「おけ」とだけ帰ってきた。

いつもと変わらないような会話のスタイルだ。

それが彼のいいところであり、悪いところでもあると思っている。

「通話は?」

「むり」

「りょ」

ゲームの募集をかけ、すぐに彼が合流する。

1~2時間位集中してゲームをしていた。彼とは互角の戦いを繰り広げ、ほとんどが僅差で勝敗が決まるようなものだった。

「そろっとやめる」と送られてきて、

「ok」とだけ返す。

ゲームをベッドの上に投げて、椅子に座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。たぶん、さっきの出来事のせいだろう。もともと体力がないうえに走り回ったりしたからここまで疲れるのだ。

「ふぁぁーあ」

自分でも驚くほど大きなあくびだ。椅子に座っていたらこのまま寝てしまいそうになる。

このままじゃだめだと思い、ふと立ち上がる。

1階のリビングに買い置きのものがあるはずだから、なにか作って食べよう。

冷蔵庫を開けるとすぐに豚肉が視界に入ってきた。

「お、やった。焼肉じゃん」

手際よく肉を焼いていく。

味付けは塩コショウおんりー。

冷凍してあったご飯をレンジで温めて、適当にカップスープを作り、焼けた肉を皿に移す。

時間とか手間はかけてないけど、焼肉は期待を裏切らない。

「うま」

全くもって特別な味ではないし、言ってしまえば「普通の焼き肉」なのだが、そこに安心感がある。

自分が作るなかでもダントツで美味い料理だと言い切ってもいいだろう。

夕飯を済ませ、また部屋に戻る。

何も特別なことなんてない、いつもの生活。

他の誰もがこんな風に日々を送っているのだと思っていた。

「いつも」になんの疑問も持たず、電気を消し、目を閉じた。


翌日、夕方の教室。

いつもの通り、そそくさと教室を去る予定であったものの、呼び止められてしまい、タイミングを失ってしまった。

つい5分前にはがやがやと個々の話題で盛り上がっていた・・・はず。

なのに、ものの数分で誰もいなくなってしまった。

いや、「誰も」は少し違った。俺の目の前に一人、腕を組んで俺のことを帰すまいと扉の目の前で仁王立ちしている。

俺を呼び止めたその本人ー北野 結音。

家も近くということもあり、幼稚園のときから仲良くしている、

いわゆる幼馴染みというやつで、親絡みの付き合いをしてたけど、最近になってあまり関わらなくなっていた

…と、考えてみたら確かにしばらく会話もしていなかった気がする。

「で、なんだよ。用があるなら手短にしてくれ。」

「あのさ、あんたまだ本屋とか通ってるわけ?」

意外な質問だった。正直、俺が本屋に通っているのかもなぜ知ってるのかわからないが。

でも、本屋「とか」とか、こいつ自身のこの嫌そうな表情からして、いいこととは思ってないらしい。

「本屋はよく行くし、今日も行こうと思っていたところだけど、それがどうかしたのか?」

と答えると、ため息をつきながら

「…やっぱり。部活も入らないで何してるかと思ったら、そんなとこ行ってるなんて。」

「俺は本が好きで通っているんだ。そんなこと言われる筋合いはない。」

少し声を荒げてしまったか。結音はしばらくそっぽを向いていたが、しばらくしてこっちをまっすぐ見て、

「私は湊が陸上してた頃のほうがかっこいいと思った。今はあの時の…がんばってる時の顔なんてしないし、なんか…おかしいよ。」

どうやら、俺が本屋に行っていることに対してではなく、俺が部活に入っていないことにお怒りのようだ。

「別に…おかしいってことはないだろ。もう陸上はやらない。それはわかっているはずだ。」

「でも…」

「悪い。もう行っていいか?」

うつむいたまま何も言わなかったが、それを肯定と解釈して逃げるように教室を出た。


危ないところだった。結音も数少ない友達の一人だ。怒鳴り散らしてその結果、避けられるようになった…なんてことになったらその先が大変だ。

…陸上に特別な思いがあったわけじゃない。小学3年の時たまたま地域の陸上クラブに友達から誘われ、たまたま親も何かさせようとしていたらしく都合がいいから入り、案外周りよりも速く走れるようになった。

走れたはいいものの、いざ大会に出てみても順位は良くて中の下。その現実を知ってから、俺はさらにヒートアップし、練習に毎日励んだ。捻挫、肉離れは日常茶飯事で、保健室に通ったこともあった。

もはや今の俺からは考えられないような程の熱量だった。

そして、小6の最後の大会、出場種目は100m、200m走。

中学に上がった先輩や、家族、中学の先生なども見に来ている大きな大会。

そして、その中には結音もいた。

その日のために練習により力を入れ、最高のコンディションの中でその日を迎えた。

100m走のスタートを切り、50mを過ぎトップを保持。順調に走り抜け、ゴールテープを切る…

と、思っていた。実際はスタート直後、練習の追い込みがたたり、俺の足は思いのほか早く限界を迎える。

50mも走り切らないうちにその場に倒れこむ。憐れむような視線が突き刺さってくる。

他の人はもうゴールを決めているらしく、会場全員の視線が降り注ぐ。

そのまま医務室に担ぎ込まれ、その後の200mもむなしく棄権し、俺の最後の大会が終わった。

この出来事は今でも深く傷を残している。中学に入っても陸上部に入る気もわかなかった。


今こうして本を好きでいられるのも病院で小説を手に取って、それが案外はまってしまったことがきっかけだから、あの日の出来事も、結果的に悪いことだけではなかった。ということになるけど。

「ん?」

ふいに視線を感じて本を見ていた顔を上げる。ガラス越しに目が合ってしまう。

そう。「彼女」だ。

驚いた、そういうような見開いた眼でこっちを見てから、すぐに走り出してしまう。

「ちょっと!待って!」

手に取っていた本を戻してすぐに追う。今度は本屋の外だから視界が良いから、まだ見失うほどではない。

彼女はちょくちょくこっちを見ながら逃げ続ける。

「待って!待ってくれ!お願いだから!」

彼女の逃げ足は速いほうだとは思うが、それでも追いつけないくらいではない。

残り10メートル、少しづつ差が埋まっていく。

残り5メートル、彼女が後ろを振り向く。化け物から逃げるような顔だ。

残り3メートル。手を伸ばせば届きそうだ。

そして、彼女の手をつかむ。

ーつかんだ瞬間、景色が突然変わる。いわゆる瞬間移動みたいな、その先が、山奥とか、異世界とかならよかったものの、たどり着いたその先は、


周りにビルが立ち並ぶ空中―それも30階相当の高所。

「はあっ!?」

ちょっとまって!今まで地面に足くっついてたよねぇぇ!?

なんでこんなとこにワープしちゃってるの!?

俺人生終わったわー

ありがとうございました俺の体!

そしてごめんなさい…

……意外に落ちんのって長いな。

…てかあの女の子は?

掴んだ手の先に彼女の体があり、顔が見える。

…なんでそんな顔なんだよ。

それは、「死んでしまう」というような恐怖した顔ではなく、なんだか、「申し訳ない」「やってしまった」というような、この状況に不自然な顔だった。


「痛っ」

地面と顔面がぶつかる。でもそれは高いところから落ちた痛みではなく、ただ転んだような痛みだった。

…生きてる?あれ、俺、もしかして死んでない!?

体を起こすと、ビル街ではなく、さっきまでの本屋前の駅前に戻っている。

右手に掴んだ彼女の左手がまだあり、彼女もしっかりいる。

しばらく、見つめあっていると、彼女のほうから口を開いた。

「あの、逃げ…たりしないんですか?」

その声は注意していないと聞き逃してしまうほど、か細く、小さい声だった。

「逃げる?君から?」

逃げる…とはなぜだろう。この子が女の子ではなく、おじさんとかだったら逃げるだろうが。

「はい。みんな、興味本位で私に近づいたはいいものの、あんな目に合うと流石に怖くなるみたいで。みなさん、一目散に私から逃げていくんです。」

あんな目…つまりさっきのワープは夢ではないし、この子が起こしている…!?

「えーっと、聞きたいことはたくさんあるんだけど…」

彼女はゴクリと唾をのむ。

「いったん、カフェとか行く?」

ここでこんなに話し込むわけにはいかない。

「あ…はい。」


トコトコとついてくる。もしかして、興味本位で近づいた人って、やばそうなおじさんとか、不審者とかなんじゃ?それだったら、この子はとても危なかったのかもしれない…な。

いらっしゃいませ。注文、どうされます?

「あ、コーヒー二つで。」

彼女は向かいにちょこんと座って、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「…どうしたんだ?あ、もしかしてコーヒー飲めなかった?」

「あ、いや…」

「ん?」

「私の分まで…頼んでくれて…」

「あ、あぁ!いいのいいの。気にしないで…」

対応がこれで合っているのかが心配だけど、とりあえずセーフなようだ。

「…俺、恩田湊。そこの中学の2年。」

「…。」

「…。」

しばらく沈黙が流れる。

「ねぇ!」

突然大きい声を出してしまったせいか、彼女の体がビクンと跳ねる。

「あ、ごめん…」

「あ、全然大丈夫ですよ!なんですか?」

「えっと、その制服って、うちの学校のだよね?」

「あぁー…そうですね。同じ学校の1年です。」

「名前…なんていうの?」

「ええっと…」

「そ、そうだよね!言いづらいよね!いやーごめんね…個人情報なんて聞いちゃまずいよね…」

なんか、会話がおじさんと女子中学生の会話風になりつつある。まずい…このままでは…

「あの!」

今度は彼女から、大きな声を出されて、身体が跳ねる。

「…続けて?」

「すいません…あの、私の悩みを解決してくれませんか?」

「えぇ―ッと…」

「そ、そうですよね!そんなことしてる暇なんて…」

「いや…そうじゃなくて、」

「君の悩みって、結構なものだと思う。それを解決できるかどうかはわからないけど…」

「協力したいよ。」

そう言い切った後、彼女の目からは涙が垂れてきた。

「うわぁぁ!ごめん、変なこと言ったね!なかったことに…!」

「いえ…そんなことないです…ただ…うれしくて…!」

それからしばらく、悩みを聞いていた。つまりは、あの瞬間移動は任意で発動するのではなく、時々何かのはずみで発動し、どこへ行くかも決まっているわけではないそう。

そして、悩みというのは、その能力のせいでいじめにあい、不登校になってしまっていること。

そして、なんとかして学校に行きたいとのこと。


「わかった。やれることはやってみるよ。」

「ありがとうございます!!」

お待たせしました。コーヒーとなります。と、置かれたコーヒーを二人そろって一気飲みし、店員に引かれながら店を出る。

「じゃあな。」

「はい。あ、あの!」

このまま帰るかんじだったから、一瞬戸惑った。

「なんだ?」

「私の名前!」

「若草 詩乃って言います!!」

「おう!元気にしてろよ!」

今更ながら、今日一日で結構、親密度が高まったと我ながら思う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ