14th(13th) day.-2 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 名前のない怪物 -/PALADIN
J.T. 21:56
放たれる魔力の衝突が竜巻を発生させる。菊とバロンの間で吹き荒れる暴風が魔力の残骸と共に四散した。衝突により発生する熱量によって、わずかに積もる雪すらも溶かす。
バロン=エスパニョーラの振り翳す石杖。黒い魔力を纏い、振るわれる度に黒い影が菊目掛けて疾走する。攻め立てる影は次第に形を変え、腐臭を漂わすグールへと変貌した。
「ふっ―――!」
対して、菊が振り翳すのは―――『月』のタロットカード。菊に襲い掛かるグールは、カードを振るう毎に悉く存在が消滅していく。ノーウェンス=ダンチェッカーが召喚した狗型の使い魔の時のように、魔力で象られたグールが不定形のエーテル体へと分解されていく。
だが、―――ノーウェンスの時と違い、バロンが召喚するグールの数が異常なまでに多い。1つ消滅させれば2つに、2つ消滅させれば4つにと、無尽蔵に増殖していき、石杖の一振りでその数は際限なく増えていく。
気付けば、菊の周囲のは氾濫のように黒い影から形成されたグールが無数に立ち構えていた。それは"死"が形を持った、明確な殺意。1体1体の性質は高くはなくとも、その数が数十―――数百となれば話は別だ。押し寄せる亡者の群れは、もはや死が具現化した河である。菊の血肉を貪ろうと、むき出しの殺意で襲いかかる。
菊の横腹が痛んだ。慣れることのない、治まることのない痛みが、常に菊の肉体を蝕み、意識を削る。彼の一瞬の隙を逃さぬと―――痛みで鈍った動きに合わせて、濁流と成って押し寄せる。折り重なるグールの群れが、膨大な質量と成って菊を押し潰す。
その奔流の中心で―――菊が抜刀した。
吹き荒れる―――雪。菊を中心とした暴風は、触れるものすべてを凍てつかせる吹雪と化した。魔力によって形成されるグールの群れが、菊の近いところから凍りつき、氷の欠片となって割れていく。それでも未だ聳える亡者の壁に、抜身の刀が振り下ろされた。
「―――何だその剣は。氷結魔法だけの性質ではないな」
バロンからイラつきの声が漏れる。振り下ろされた真白の刃は、海を割くように亡者の壁を引き裂いた。斬撃の後にグールの姿はなく、菊の手に握られている刀が白く輝く。
「よもや極東の地で相まみえるとは思わなかったぞ、聖堂騎士。吾輩のグールの分裂を失活させるとはな」
「褒めてくれるとは光栄だな。悪魔祓いは管轄外だが、致し方あるまい。このまま封印させてもらうぞ」
穂先を上げ、純白の刀を構える。切っ先から柄頭まで白く染め上げられた、氷結魔法で錬成した刀―――氷刀『雪白』。雪のように潔白で、氷のように冷たい殺意を結晶化した、菊の妹である蒔絵の『白雪』との同系統の錬成魔法。その刀に上書きして込めた性質のは、―――第十のカードの権能。
エーテル体の魔物との相性がいいはずの『月』のカードだが、分裂し続けるグールとは相性が悪いと判断した。本来なら、『月』のカードで分解されたエーテル体は、大きな形状変化で性質を維持できないはずだが、バロンのグールは魔力の粒子一つ一つに存在を定着させる魔術を施していた。切り裂いても別の個体として生存し続ける微生物のように、単一の性質を付与することで実現した魔物は、もはや細胞に近い。グールたちは一体ごとの存在ではなく、彼らすべてで"一"の個体だった。それに気付いた菊は使用するカードを切り替える。
第十のカード『運命の輪』―――"螺旋する風"、司る現象は即ち『事象の拡張』。
氷結魔法の真価は『停止』にある。氷結とは云わば万物の固定化であり、分子運動の停止こそが氷結の真意である。停止とは死の類似であり、カードによって効果範囲を拡張していた。『雪白』によって氷結されたものは、即ち死を定義付けられる。それほどの出力まで増幅された白刃は、―――
「はっ―――!!」
もはや、バロンが作り出す使い魔に為す術などない。氷の結晶となって飛散するエーテルの残香に、バロンは現状を受け入れた。
「なるほど。なるほどなるほど。今の一振りで、吾輩の"足"まで止めるとは。これでは、悪魔の出る幕がないではないか」
コンコンと、自身の足を地面に貼り付けにしている氷を叩く。今となっては、菊とバロンの周囲すら凍りつき、その余波はバロンの足元を氷の足枷となって行動を制止させていた。それを勝機と取った菊が、次なるフェイズへと移行する。
「―――『丘へと登れ、ミストルティンの棺を担げ! 丘へと登れ、汝の名を刻んだ十字架を担げ! 天地よ、天使よ、大天使よ、父なる神よ、預言者よ、神の使徒よ、殉職者よ、告白者よ、清めし処女よ、祈りを掲げよ! 穢れを祓え! 悪を祓え! 魔を祓え! 葡萄とパンを持ち、その名を叫べ!』―――」
悪魔祓いの呪文を紡ぐ。菊の前に立つ悪魔の"名"を叫ぶ。
「―――『アフよ! 穢れし者よ、天を仰げ! アフよ! 失墜者よ、頭を垂れよ! アフよ! 追放者よ、汝の名を刻み、叫べ』―――!!」
呪詛のように折り重なる祈りに、『アフ』と呼ばれたヒポクリフの仮面の悪魔の周囲に赤く輝く魔法陣が浮かび上がる。定着させられた"名"が、悪魔の存在を縛り付ける鎖となり―――
「―――残念だが、我輩は祓えぬよ」
「なにっ―――!?」
魔法陣を引き裂くように、地面から黒い刃が菊に向かって疾走する。周囲の氷を割り、菊を斬り裂かんと襲いかかる。
「ちっ―――!」
飛び退いて氷結で停止させようと『雪白』を薙ぎ、
「っ―――!?」
その氷すらものとせず、斬撃が襲いかかる。迫りくる黒い刃は一つではなく、菊が避ければ、それを補完するべく新たな刃が肉薄する。その出力は、―――空間すら斬り裂くもの。
「ガハハハハハハハハハハッ!! 残念だったな、ニーニョ!」
「ちっ―――!!」
刃を避け続ける菊に対し、バロンが石杖の先端を向けると、―――一点集中した魔力が、細い針のようでありながら、弾丸となって菊を襲う。
「ぐっ―――!」
黒く、濃縮された魔力の針が、菊の左肩を貫いた。バロン自身は菊の心臓を狙っていたが、とっさの判断で身体を捻って急所への着弾を回避した。それでも、肩の肉を抉る弾道に、肩の骨にも風穴が開き、傷口からは血が溢れ出る。
「我輩はアフ。そう、アフで違いないぞ、ニーニョ。だが、それだけでは、我輩を払うには足りぬよ。及ばぬよ。吾輩は一対一式の天使だぞ、ニーニョ。学が足りぬなぁ」
腹を抱えて笑う悪魔。"一対一式の天使"と聞いて、ようやく菊はアフという悪魔について理解した。
「貴様、飲み込んだな! 残渣となった実の兄弟を!!」
菊が絶叫する。それを聞き、悪魔はさらに笑った。
―――アフとは、破壊の天使と呼ばれる、『怒り』を体現した人間の死を司る天使である。天使でありながら、ヒトの怒りを誘引し、死を誘発し、破壊を誘う所業は、もはや悪魔に近い。そして、一対一式となる―――同等の性質を持つ、兄弟となる天使がいた。名をヘマといい、古代の指導者を飲み込もうとした際に返り討ちにあい、世界から姿を消した。はずだった。
「今となっては、もはや吾輩はどちらでもない。故に"銀の星"に付いたのだよ、ニーニョ。だが、失念して、勝手に我輩をアフだと同定したのはそちらのミスだぞ? 言ったであろう、人違いなら失礼極まりないとな」
菊が左胸の傷を確認する。肩の骨と一緒に、腱も断裂したため、もはや腕を上げることすら叶わない状況に、横腹の傷とともに奥歯を噛んだ。
「アディオス、ニーニョ」
空間が歪むほどの魔力を集積した石杖が、菊の頭上へと振り下ろされた。
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