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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第6章 I'm (not) ready.

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14th(13th) day.-9 TAIL EINS/銀の星 - 神の紫目 -/THE BALOR




G.T. 12:02



「さぁ、構えなさいイスカリオテ。ワタクシにはまだ、―――『()()()()()()()』が残っています!!」


 変質していく球体―――巨大な眼球に、紫色に輝く(まなこ)が出現した。むき出しの眼球の瞳孔が次第に開かれていく。


「やはり、邪眼王(バロール)魔神眼(ハムサ)だったか。第二魔法でこれほどの神性を模倣するとは」


 アレイスター=クロウリーの持つ第二魔法『占領す(Master )る真実(Therion)』。世界に散らばるいかなる魔術も模倣する悪食な血系魔法。彼が好んで使用する、彼を魔術師足らしめる―――魔術師にあるまじき魔法。


「いえ。()()ワタクシに、第二魔法はない。これは、―――()()()()最期の誘惑(Baphomet)』の権能」

「第五だと!? 貴様、自身を()()にするつもりか!」

 ジューダスの怒号が響く。自身を()()に―――瞳孔の奥に底知れぬ闇が蠢く。その先から、無数の黒々とした『()』のようなものがアレイスター=クロウリーの身体へと伸びていき―――彼の身体を蝕んでいった。砂上の城のように、崩れたブロックのように、二十世紀最大の魔法使いとまで云わしめた男の身体を奪っていく。

「アレイスター! 貴様は、()()が決着でもいいのか!」

「然り! これがワタクシの()()です! 貴方との決着に、出し惜しみはしない! 貴方が言ったんだ! 第三を凌いだ貴方には、この第五魔法(Baphomet)こそが相応しい!」


 言葉を紡ぎ終える頃には―――私を苦しみ続けた魔法使いの姿はなかった。


 ギョロリとした、巨大な眼球がジューダスを見つめる。次第に、周囲の温度が急激に低下するような錯覚を覚える―――


「―――『アンスールオス』―――!!」


 突如、ジューダスが障壁を展開する。その行動より少し遅れ、―――巨大な眼球の前に巨大な魔法陣が出現し、―――光の弾丸が射出された。


 あまりにも速い弾丸がもたらしたのは―――ジューダスの展開した魔法障壁の『()()』だった。


「ちっ―――!」


 二発目の光弾が射出されると同時に、ジューダスが飛び退く。それとほぼ同時に、石化した障壁を突き破った光弾が、後方の壁へと突き刺さる。着弾した途端、周囲に石化の呪いが浸透していく。


「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!」


 ジューダスの神鎗が雷撃を飛ばす。雷へと変質した魔力の塊を―――




 ―――石化の光弾がいとも簡単に消失させた。




 ―――邪眼王バロール。アイルランド神話に登場する単眼の巨人にして、太陽神ルーの祖父にあたる人外の勇将である。見た者を石化、毒殺、もしくは爆殺するとまで云われたその破壊的な能力をもつ。圧倒的な巨大さと、見るだけですべてを消し去るとまで云われた規格外の出力を持つ魔神眼の使い手であり、神々の戦争をその魔神眼の『毒』によって踏破してきた。

 その魔神眼を、アレイスター=クロウリーは自身の第五魔法『最期の誘惑(Baphomet)』を持って自身を対価にし顕現させた。


 紫色に輝く虹彩が、ジューダスを捉えて離さない。石化の光弾に被弾しないよう動き続けるジューダスだが、展開する魔法障壁は簡単に破壊され、距離を詰めれず苦戦している。



「―――『ラグ・イス・ティール・ウル・アンスールオス―――


 ジューダスの唱えた言葉は、空間転移を施すもの。無詠唱の障壁も幾重にし、数発もの石化の光弾を凌いでいく。



「―――『転生(てんせい)神威(しんい)万丈(ばんじょう)(ことわり)(あらわ)せ』―――!」


 瞬間的に、眼球の背後を取る。神鎗の穂先には、眩いほどの魔力が込められ、白く発光している。空気すら焼く輝きが、近距離で放たれる。




「―――月天を穿て、――――――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」




 立ち込める土煙。轟音と暴風が魔力の残り香を飛散させる。余りある衝撃が、周囲の視界を奪う。すべてを打ち滅ぼさんとして放たれた雷霆。空間転移により、眼球の瞳から外れ、後方から極近距離でその真意を見せた。その威力は―――




「ぐっ―――、これで討ち崩せない、・・・・・・だとッ」


 ―――眼球の半壊と、ジューダスの半身の石化をもたらした。



 下半身と右腕は神槍ごと石化していた。辛うじて、左上半身と首から上は石化していなかったが、徐々にその範囲を広げている。


「まずい、心臓まで石化したら、ジューダスがもたないッ!」


 人体構造において、心臓が循環にとって最大の要である。それは、魔術師でも―――幻想騎士(レムナント)とて例外ではない。そして、魔炉こそが、心臓と同期した半霊半物の器官。石化の呪いの脅威の真価はそこにある。人としても、魔術師としても殺す、決死の呪い。本来なら、高位の魔眼ほど一瞥だけですべてを石化させる。それを打ち破るのは、魔眼殺しがなくては太刀打ちできない。今この状況で、魔眼殺しに匹敵するものは存在しない。封じるものは存在しない。なら、それを打ち破るのは、―――()()()()()()()()



 アギトの言葉よりも早く、―――気付けば、半壊している巨大な眼球へ、デリンジャーの銃口を向けていた。先の戦いで、装填だけは済ましている。アルスの魔力弾は魔物(デルピュネー)をも打ち破り、『異界化』の結界に綻びを発生させるほどの威力を誇る。これが決定打になるかはわからないが、動けないでいるジューダスの手助けになるならばと、引き金に指をかける。視界が狭まり、距離感が喪失する。離れている空間が、どこにでも手が届くと錯覚するほど、感覚が研ぎ澄まされていく。

 ジューダスの石化は左胸に達しようとしていた。半壊していた眼球も修復されようとしている。そして、その修復具合に同調するように、石化の速度が上がっている。その呪いは、ジューダスの体だけでなく、足元すら石化を広げていた。ならば、一刻も早く―――


 ―――空気の壁を疾走する、()()の軌道。その存在に気付いた紫目(バロール)が、こちらに振り向き、不完全な眼球が魔方陣を展開する。瞬間的に展開された赤い魔方陣から光弾が射出され―――





 光弾、―――いや、赤い魔方陣も、巨大な(まなこ)すら、―――撃ち抜いた。




 ―――アレイスター=クロウリーが展開した邪眼王バロールの魔神眼。神話の世界において、その圧倒的強者を打破したのは、ある神によって射出された石弾。一つ目の巨人の眼球を撃ち抜き、頭蓋を破壊した石弾は―――魔弾『()()()()』。奇しくも、神話の再現となるその軌跡が、巨大な眼球を打ち滅ぼし、石化が進んでいたジューダスの身体は徐々に回復していた。


「ア、アオイ・・・・・・?」

 ジーンの声で我に返る。眼球(バロール)へと届いた弾丸は、()()()()()を蘇らせた。


 戦いの幕引きを―――私の引き金が下した。


 駆け抜けた弾丸の衝撃は、脳内を容易に焼き切る。むせ返るような暑さからか、全身から汗が噴き出す。眼球を刺す痛みが、熱となって神経を刺激する。両腕にわずかな痺れを感じる。―――いや、これは痺れではなく、震えだ。デュラハン化したアレイスター=クロウリーの生首の時は、宗次郎の『魔灯剣エクスキューショナーソード』で阻まれた。だが、今回はそれを阻む役割はいない。突き抜ける弾道は、一寸の狂いもなく、巨大な眼球の中心へと命中した。紫色に輝いていた眼球は、砂城の如き陥落していく。


「むぅっ―――」

 押し寄せる吐き気に口を押える。あまりの気分の変化に膝が折れる。魔力酔いとは違う症状だが、この吐き気は精神的なものだということは頭の中では理解していた。先ほどのドクターKとは違う。


 私が―――()()()


 幻想騎士はもはやヒトではなく、そしてヒトの形を成していなくても、私の手が下したことに間違いはない。その事実が、私の心を押し潰そうとしてる。壊れそうな心で、崩れそうな身体を立ち上がらせる。


 ―――覚悟していた。


 そう。覚悟していた。ここはもう平和な土地ではない。私が数日前まで暮らしていた環境ではない。如何なる障害も、如何なる脅威も、如何なる―――絶望も、覚悟していた。それを受け入れ、私は自ら足を踏み入れた。私が宗次郎を助けるんだと、その気持ちを忘れぬと、覚悟を決めて死地に踏み込んだ。だから、―――


「―――無理をするな、アオイ」

 視線を上げると、目の前にジューダスが立っていた。すでに石化は全て解呪されたのだろう。いつも通りの彼の姿がそこにはあった。頬から流れる血も、手に持った神槍も、そして、その手に残された凍傷の痕も。

「お前に、無茶をさせてしまった。手を出すなといったのはオレだったのに、すまなかった」

 ジューダスが私の肩に手を置く。ボロボロで傷だらけの手だが、確かな温もりがある。

「すまなかった。だが、ありがとう」

 おかげで助かった、と。そう続けた。


 壊れそうな心が、少しだけ楽になった。私が助けたのだと。彼の力になれたのだと。


 崩れそうな身体に、少しだけ力が入った。手の震えは、私の覚悟の証だ。膝が折れるのは私の覚悟故だ。それをもう一度反芻し、自身の内に落とし込む。


「―――私のほうこそ、()()()()()、ジューダス」


 覚悟をしていた。そのための戦いだ。今の出来事で、それがより強くなった。本来なら、足を踏み入れてはいけない領域だろう。だが、私だけが特別ではない。何かを成すために、私自身が一つ進まなければいけない。曖昧な気持ちはもはやない。巨大な眼球と化したアレイスター=クロウリーの姿は、すでに塵と化していた。先ほどまで充満していた魔力の存在もすでになく、"死の気配"は暗闇の奥へと消えてしまっていた。




 ―――その先で蠢いている更なる存在を、私たちはまだ知らない。





_go to next tail. "HELENA"


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