10th day.-6/盲目 - 蒼白戦線 -/B.V.W, SUPERCELL
時間は前日の夜まで遡り、――駆け抜けた一閃は的確に、互いの御首を狙って放たれた。同じ軌道を取った神槍と禁鞭は衝突し、火花を散らして停止する。距離を取っていたクゲンの左腕に高濃度の魔力が収束される。収斂された魔力は電気へと状態を変え、眩く輝く。
対する神槍の穂先にも、再び魔力が収束された。奇しくも同系統の能力を持つ者同士。光の速度をもって放たれる雷は、二人の間の空間でぶつかり合い、魔力の残骸を撒き散らしながら消滅する。振るわれる禁鞭は周囲の木々をなぎ倒しながらジューダスへと迫る。撒き散らされた木々の陰から、砲弾となった雷がクゲンを襲う。
―――クゲン。殷王朝が誇った最強の武軍太子。九天応元雷声普化天尊・聞仲の姿は、―――もはや件の面影もなく、戦闘にこそ意味を見出す鬼そのものだった。翳した左腕からは雷の嵐。振り下ろした禁鞭からは乱舞が襲う。木々がゴム毬のように宙に跳ね、胴回りの大きい樹ですら軽がると舞い上がった。雷を浴びた木々が熱で燃え上がり、深い林に立ち込める炎が周りの温度を上げていく。
「―――『雷』―――!!」
詠唱破棄による砲弾。軌道すら焦がす雷がジューダスへと襲い掛かる。
「ちっ――――!!」
無詠唱による空間転移。咄嗟の判断で避けることに専念した結果、――――
「見えているぞっ―――!!」
ジューダスが出現した場所へとすかさず禁鞭が振るわれる。幾十へと増えた鞭声を穂先へと収束された魔力を盾に障壁を展開する。一瞬でいい。クゲンの宝貝が『鞭』であるのなら、戻しの軌道で距離を詰めればいい。
「見えていると、言っているっ―――!!」
「づ―――!!」
鞭の戻しに合わせて、予め準備をしていた『白槍』がジューダスを襲う。瞬きの隙もみせず、猛攻が続く。
「くたばれっ―――!!」
無詠唱で再び展開される雷。ジューダスが無詠唱の瞬間転移をするとみての戦略は、―――
「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」
「ぬっ―――!?」
高速詠唱の神槍によって駆逐される。土煙が立ち込め、何時ぞやの時のように地面が大きく抉れていた。魔力の暴風が、周囲の炎を消し去っていく。
「学習能力のない男だ。何度も同じ手が通る訳がないだろう」
「口だけはいつでも達者だな、裏切りの聖者。無詠唱の愚かさを説いた男がそれを繰り返すとは、実に情けない」
「フットワークが軽いと言ってくれ。能力を行使する場面は弁えているつもりだ。だが、貴様の戦法には正直驚かされたよ。方術と宝貝の使い所が実にいい。―――しかし、ジーンとの戦いの影響が顕著に現れているぞ、クゲン」
「なに・・・・・・?」
「貴様の方術はもっと生き生きとして、力強かった。仮にも堕ちかけたはずだ。方術の精度がかなり落ちてる。その程度の練度、最初に戦ったときのほうが凄まじかった。わかりやすく言ってやる。今の貴様ではオレには勝てない」
「ふん。揃いも揃って、言うに事欠いてそれか。無駄話を聞くつもりはないぞ。強がっても無駄だ。貴様の言葉は、ワタシには届かない。どちらにしても、貴様にもロキ―――アレイスター=クロウリーとの戦いの影響が出ている。戦況は五分と五分。その中で、ワタシが貴様に負ける要因は何一つとして存在しない」
収斂された魔力が金鞭へと流れていく。
「貴様には感謝しよう。憎らしいではあるが、実にしぶとい。ワタシはまた一つ、いい戦いをした。ワタシと交えたことを誇りに思え。そしてワタシのために、―――禁鞭の贄となれっ!!」
禍々しいほどの魔力を吸った禁鞭が空間に彷徨する。空間そのものを喰い散らかすように、無数の鞭声がジューダスに襲い掛かる。
「―――『ニンド・アンスールオス』―――」
詠唱を持って開かれた、―――
「貪れ―――『イス・ティール』―――!!」
強大な顎を向ける、―――鏡の障壁。
「ぬっ―――!?」
それは、映し鏡のように放たれた。クゲンが放った禁鞭の威力を、ジューダスの前面に展開された障壁により跳ね返された、―――いや、模倣された。
「―――言っただろう。今の貴様ではオレには勝てない、と」
「とんだ食わせ者だな、貴様は。だが、ワタシは自らの力に喰われるほど未熟ではない。それに、真似事の好きな輩はワタシの時代にもいたさ」
クゲンは、片膝を付く程度の負傷で生還した。
「映し鏡、実によくできた障壁だ。ただ、それだけに読めやすい。術者と同じ軌道をとるのだ。思想は同じ。なら避ける捌くのは容易い。ワタシを侮辱するな。ワタシを満足させてみろ、裏切りの聖者」
再び禁鞭に魔力が収束される。重ね、より濃厚な、収斂された、歪な魔力が混合している。
「・・・・・・なるほど。やはり宝貝に方術を重ねたか」
背筋に冷たいものが通る。―――覚悟はしていた。クゲンの戦い方には、どこか欠けたものがあった。己の戦い方を忘れた、戦いに溺れた者の戦い方。その中で、クゲンはジューダスを確実に仕留める意思の中で、最善の選択を取った。
―――自らが持つ最大威力。防がれ、返されるなら、それすら叶わないほどの暴力。魔術師の戦いにおいて、幻想騎士同士の戦いにおいて、それなくして戦いはない。そして、―――ジューダスの前に立つのは、殷王朝が誇った武軍太子。その最大の戦力、―――宝貝の最大開放。ジューダスの脳裏に嫌なものが奔った。
―――果たして、自分はあれを耐えうるだけの力が残っているのか。
この戦いの中で、ジューダスが始めて自らを下として思考をしている。クゲンの方術・宝貝の両の能力・威力をすでにジューダスは理解していた。その中で、理解したうえで、この攻撃がくることも覚悟していた。
―――ジーンなら、どうした。
彼女も同等の技を受けた。クゲンの技よりも早く、己の技でそれをねじ伏せた。魔剣アンサラーの能力により、飛翔する刃によって打破したのだ。―――しかし、ジューダスはそれと同等の能力を持ち得ない。
彼が持つ神槍―――ブリューナクがもつ能力は『術者の能力拡張』であった。ただ単純に、ジューダスの魔法に対する性能・耐性を強化したブーストでしかない。雷の能力も、ブリューナクによって成せる魔法でしかない。それ以外の特別な能力を、この神槍は持ち得ない。
―――なら、どうする。
受けきること、捌ききること、防ぎきることは不可能だと悟った。当たれば即死。彼の性質上、膨大な“数量”の攻撃、しかも広範囲に及ぶものに対する対抗策はない。
なら、――――――
「―――『アンスールオス』―――」
面前に障壁を張る。ただ、何の加工も施していない、普通の魔法障壁を―――
「諦めたかっ!! ならここで死ねっ!!」
「―――最大開放、泡沫ト散レ―――!!」
高濃度の魔力が収斂する。詠唱を持って熟成された魔力が、――――――
「―――『禁、鞭』――――!!」
雷号と怒号と共に放たれた。
「―――『ラグ・イス・ティール・ウル・アンスールオス―――
展開された障壁が轟音と共に崩壊する。そこに重ねて、障壁を展開。暴力の嵐がジューダスに襲い掛かる。刹那―――
「―――『転生の神威、万丈の理を現せ』―――!」
「っ―――!?」
ジューダスが空間転移によって姿を現したのは、―――
クゲンの、―――遥か上空。
「―――月天を穿て、――――――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」
―――光速をもって、雷光の弾頭が墜落した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、・・・・・・」
地面に大穴を開けた雷号は、消し炭すら残していなかった。クゲンの残した最後の一撃は、その大穴の威力に及ばず、魔力の残り香と共に消失していた。
「つっっっっっかれた・・・・・・」
大の字の倒れこんだジューダスは満身創痍で、事の結末に脱力した。膨大な魔力を消費しての賭けだった。
―――クゲンが放った禁鞭と雷の併せ技。最大の威力を持って放たれた技は、最大の弱点をも生み出していた。術者に対する耐魔性の消失。莫大な量の魔力を禁鞭に注いだ結果、クゲン自身の防御機構が皆無だった。
そして、クゲンが正面を切って、"地面から平行に"攻撃を仕掛けたこと。ジーンとの戦いで、彼は上空に飛翔し、この技を放った。その範囲は彼の視界のほぼ全域。三次元空間をフルに使いきることが重要なのだ。
しかし、ジューダスとの場合はそうではない。まず、彼とジューダスは二次元的な直線距離に対峙していたこと。本来、光の速度で放たれていたはずの雷は禁鞭の中に含まれることによって、威力は残したが速度が急激に減少した。技の本質が禁鞭に飲み込まれていたことが原因である。
それにより、強大な威力を誇りながら、ジューダスが技を確認するだけの時間的猶予があった。そして、彼は、ジューダスが"正面を切って抵抗してくる"であろうと思い込んでいたこと。ジューダスはそれらを見切り、そう思わせるように自らの正面に障壁を展開した。それによりクゲンの気を引き、より自分が正面から抵抗するようにと。
そして、ジューダスはクゲンの上空をとった。ほぼ突発的な、偶然な選択。この選択が、以前クゲンがジーンに放った時と同じ状況を作り出した。あの時のジーンに避けるだけの余裕はなかった。だから、自分の放ったアンサラーを先に当てるしかなかった。今回は違う。クゲンは自らの思いを裏切られ、完全なる敗北を叩きつけられたのだ。
大穴には何一つ残っていなかった。クゲンの姿も、魔力の残り香も、彼の周囲に残っていたはずの木々すら消失していた。
「・・・・・・これで、一区切りだな」
起き上がり、深呼吸で状態を落ち着かせて神槍を手に取った。穂先に魔力を収斂させ、地面に魔法陣を展開していく。
「仕上げは、盛大にさせてもらわなければ割に合わんからな」
地面に書き込んだ魔法陣が微光を放ち、周囲に輪を広げていく。洋館の周囲に、直接的ではなく、間接的に巨大な魔方陣を形成させていく。六つの魔方陣から成る連結魔方陣は静かに微光と共に浮かび上がり、アレイスター=クロウリーの結界の外で繋がり始めた。
「―――エド翁がこれに気づかないわけはないと思うが、気づかぬならそれでもいいだろう。日が暮れるころにでも気づくだろうが、幾分か足止めにはなる」
そういって、夜が沈む洋館から踵を返した。
_go to next day. "GOD WORD"




