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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第4章 モーニング・グローリー

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10th day.-5/盲目 - 死にたい夜にかぎって -/WHEN WE MEET IN DREAMS






「おかえりになりましたか」

「ええ。おかえりになりましたよっと」

 暗闇から現れた女性が微笑を浮かべる。手に持つ白杖で地面を確認しながら、慎重に歩みを進める。

「ずいぶんと明るい街ね。最初は田舎だと思ったけど、程よく発展してる」

「今日はどういうつもりです? 単なる散歩ですかな?」

「まぁ、そんなところかしら。暫くやっかいになる場所ですもの。目ぐらい通しておいても悪くないでしょ」

「・・・・・・仕事を早急に、といったのは誰でしたかな?」

「あら、怒ってるの? あなただって好きにしていたことじゃない」

「ワタクシのは意味のあってのことです」

「あら、心外ね。ワタシだって意味のあってのことよ。土地勘なくちゃ、狩りにならないわ」

「『番犬』が狩りとは、本末転倒ですな。いっそ『猟犬』と(あざな)を変えてみてはいかがですかな」

「今日はやけに喰ってかかるじゃない。イライラしちゃダメよ」

「・・・・・・申し訳ない。どうもいろいろと片付けなければいけないことが多すぎて苛立ちを隠せないようです」

「構わないわ。自ら非礼を詫びられるのは素晴らしいことよ。その様子じゃ、順調ではないようね」

「ええ。どうやらイスカリオテによる結界が布かれている。それも故意に気付くように」

「へぇ。それで変な空気になってたんだ。で、用途はどうなの?」

「直接的な害は無いようですが、逆探知型ですな。我々がこちらから移動すれば足がつく仕様になっている」

「なるほど。そのまま帰還すれば場所が割れると。結構味なマネをしてくれる子がいるようね。その解呪に手間取っているわけね」

「恥ずかしながら。zeroが万全なら一振りで破壊できるのですが、それならワタクシの布いた結界すら破壊されてしまう」

「あの子不器用そうだものね。そうなっちゃあちらが押し寄せてくるってわけか。人避けの結界だけに、解呪するわけにもいかないものね」

「さらにzeroの様子が芳しくない。魔炉の変性が急速に進んでいる」

「どういうこと?」

「今は眠っていますが、先ほどは右腕だけでなく、歩くことすら困難になっていました。魔炉の損傷だけとしては、症状が重すぎる。手持ちの魔具では治療のしようがないほどです。どうやら束縛の術式が組み込まれていたようですが」

「ふん。あちらもいろいろと考えているようね。策に隙がない」

「zeroの容体の安定と結界の解呪まであと数日必要でしょうな。我々は上手い具合に足止めされている訳です」

「んふ。おもしろいじゃない、ワクワクしてきたわ」

 魔女の周囲がぼやける。淡く熱を持った空気が揺れだした。

「あなたは彼らに対して何の心配もする必要は無いわ。率先して状況の回復に励みなさい。降りかかる火の粉を払うのはワタシの役目。ようやくやり合いのある仕事になってきたわ」

 歪に笑う、盲目の魔女。蠢く闇は、より一層深く、光を蹂躙する。白濁とした瞳が暗闇に光る。奥底で燃える番犬の魔に期待と歓喜が融合する。空は低い。黒い闇が世界に投影される。欠ける穴は次第に大きく、輝きは消失していく。




///




 夜が深くなる。昇る月に、より一層深い夜が纏わりつく。静寂が暗闇に浸透していく。少し冷える縁側に座り、夜風を感じる。覆いかぶさっていく静けさは、嫌なことばかり思い出させた。脳内を蠢動する恐怖。高鳴る鼓動が、今でもあの感覚を蘇らそうと機会を窺っている。

 首にかけた銀弾を手に取った。最初は断ろうとしていたけど、こうして眺めていると落ち着くのがわかる。胸の鼓動も、静けさを取り戻していくのが手に取るようにわかった。冷たい鉄の感触が、月光に反射する銀の弾頭が、首にかかる金属の重さが恐怖を拭い去っていく。

「眠れないのか?」

「うん。少しね」

 気付けば、後ろにジューダスが立っていた。私に気を遣ってか、物音を立てずに近づいていたが、彼の気配を僅かに感じていた。

「こうして話すのは、久しぶりだな」

「ええ、そうね」

 ジューダスが傍らに寄り、一緒に腰を下ろす。彼の眼には何が映っているかはわからないが、遠くを見ていた。

「・・・・・・アオイ、お前はオレのことを許せるのか?」

「・・・・・・どうしてそう思うの?」

「こういう形になったとはいえ、オレは一度お前たちを裏切ったことには違いない。正直、どんな顔をしてお前と話していいのかわからない。失ったものは大きい。戦力も信頼も、多くのものをオレたちは失った。それなのに、お前はこうしてここにいる。オレはそんなに強くはなれない。オレには、そんな風には振る舞えない」

 懺悔にも近い彼の言葉を飲み込む。強く離れない。そんな風には振る舞えない。それが、彼自身の弱さなのかも知れない。けれど―――

「―――ねぇ、ジューダス。私があなたを責めないのは、あなたの為よ。たしかに失ったものは多いわ。ジーンの腕だって、決して戻ってきやしない。それでも、私があなたを責めるというのは、また別の問題よ」

 月明かりに濡れるジューダスの顔を見る。できるだけ自然に、迷いなんてない顔で言葉を並べた。

「あの時、あなたは『嘘』をついたわ。自分はあちら側に付いているという嘘をついて、結果こうしてここに戻ってきた。ヒトはね、理由もなく嘘はつかないの。理由は簡単よ。ヒトは弱いから、身体なんて簡単に傷ついてしまう。それでも、心だけは折れないようにと、ヒトは嘘をつく。保守的な理由でしか嘘はつけない。これ以上傷つきたくないから。傷つけたくないから。理由はなんであれ、結局はそれだけ。―――ジューダス。あなたにとって、『()()』ってなに?」

「・・・・・・」

「戦いの前に、あなたに『自分を殺すのね』って、私は言ったわ。今思えば、あの時にかける言葉ではなかった。気持ちの節を折るような事を言ってしまってごめんなさい。ただ、何かを失って、自分自身を傷つけて、だからあなたは幻想騎士になった。そうでしょ? 守りたいものがあった。守りたいヒトがいた。だからあなたは嘘をついて、幻想騎士になった。私はね、あなたのように強くはなれない。あなたのように、私はあなたを守ることはできないから。だから、あなたとは違う形であなたを守りたかった。あなたが貫き通すと決めたことを、傍らで支えようと思ったの。だから、私はあなたを責めない。ただ、・・・・・・それだけの話よ」

 静かに、風が吹いた。流れる雲に月明かりが隠れ、朧気に漏れた光が怪しげに映る。

「本当はここには戻ってこないつもりでいた。お前やジーンに合わす顔がないし、オレはまた約束を守れなかった。全てに決着をつけてから、坊主を連れて、最後に謝りに戻ってくるつもりだったんだ」

「なら、どうして戻ってきたの?」

「・・・・・・どうだろうな。クゲンを倒した後に、何から手を付けようと考えていたら、この家に戻ってきていた。そのときにはジーンとアギトが戦っていた。アギトはオレに用があるといっていたし、着いてしまった以上無碍に引き返すわけにもいかなくなってな。それなのに、お前はオレを拒まなかった。それが少し、拍子抜けといえば拍子抜けだった。

 ―――アオイ。一つだけ、頼みたいことがある」

「・・・・・・なに?」

「オレがまた、同じような間違いを犯すというなら、―――()()()()()()()()()()()()()()()

 冷たい風が、静かに流れた。悲壮に満ちた瞳で、もしもの時には■してくれと、騎士は確かにそう言った。

「護るべき者に絶ってもらうのなら本望だ。それなら、誰も傷つかない。誰も傷つけずに済む」

「本気で、そんなことを言ってるの?」

「・・・・・・ああ」

「どうして、・・・・・・そんなことを言うのよ。誰も傷つかないなんて嘘よ。傷つけずに済むなんて嘘よ。それじゃあ、私は傷つくし、あなたを傷つける。そんなの本望じゃなくて逃避よ。卑怯じゃない、あなただけ楽になろうなんて。そんなの、絶対に許さないんだから!!」

 声に感情が乗り、つい大きな声で叫んでしまった。胸を裂くような痛みが広がる。涙を抑え、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。ジューダスは鳩が豆鉄砲でも喰らったかのように驚いている。

「私はあなたを見捨てない。さっき言ったでしょ。あなたが間違いを犯すのなら、私が正してあげる。私が救ってみせるから。誰が欠けても、思いだけは残るもの。傷跡は大きくなる一方だわ。これから先なにがあろうとも、私はあなたの味方よ」

 やさしく、ジューダスの手を握る。諦めかけていた顔も、私の真意を知ったのか、落ち着きを取り戻していた。

「悪かった、アオイ。弱音を吐いたことを謝ろう。救うべきものに救われる羽目になるとは思わなかったが、いい気付け剤になった。礼を言う」

 ジューダスの目にいつもの強さが戻っていた。暗い気分も晴れたのか、表情も明るい。

「明日から、また忙しくなる。気を抜いている暇はないな」

「ええ。お互い、がんばりましょう」

「ああ、そうだな」

 夜が沈む。雲の流れを追うように、月が静かに西の空へと傾いていく。


 望むものは、たくさんあった。それでも、失うものも、たくさんあった。戦いはまだ終わっていない。宗次郎の為にも、私たちは挫けるわけにはいかない。無くしたものは戻らないけど、それを無駄にしないためにも、前に進むしかないのだ。

 銀弾を触る。冷たい感触は意識の中へと浸透していく。使わなくてもよいと思いながらも、気持ちは落ち着くどころか昂っていく。私も、いつまでも躊躇している場合ではない。目前と迫る脅威を拭わなければ救えるものも救えない。月の消える空の下。私はまた一つ、―――覚悟を決めた。



_go to "b.v.w, supercell".



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