10th day.-4/盲目 - 41口径/.41 SHORT RIMFIRE
ジーンに街を案内して、家に着いたのは夕方になった頃だった。お山の麓まで来た頃、アルスから菊が訪ねてきたと連絡があったため、急いで家へ戻った。
「やあ、葵さん。お邪魔しているよ」
居間にはすでに菊が座って待っていた。ジューダスが広げた地図を見ながら、なにやら書き込んでいる。
「こんばんは、菊さん。すいません、持成しもなくて」
「いや、気にしないでくれ。女性の家に連絡もなく訪ねた無礼だ。持成しまで頼むのは気が引ける。今日は君たちに情報を共有しに来たんだ。アギトさんも来ていたようだね」
「ええ。今朝いらしてました。話だけをしてすぐに帰っていきましたが」
「あの男は夜中に押しかけてきましたよ。まったく、無礼者の鏡です」
「すまないな、あれでも凄腕の魔術師なのだが、気を遣わない人なんだよ」
「いえ、気にしてませんよ。ジーンが少しあの人のことが苦手みたいで、朝からこんな調子なんです」
「ワタシはあの人が嫌いです。大嫌いです」
「ジーン、そんな風に言ったら悪いよ。せっかく私たちに協力してくれてるのに」
「力を貸してくれることに関しては感謝しています。実力も本物ですし、助っ人としては申し分ない。ですが、ワタシはあの男のことが気に入らない。こればかりは曲げませんよ」
ジーンは頬を膨らませてプイッとした。
「あの人が女性から嫌われるのは伝統だからね、本人もあまり気にしていないと思うよ。葵さんも気にしなくていいだろう」
「はぁ、そうですか。それでもジーン、あまり失礼なことしちゃダメだよ」
「・・・・・・善処はします」
「いい返事だ。それより葵さん、これを見てくれないか」
「はい、なんでしょう?」
菊の向かいに座ると、カバンから幾つかの書類を取り出した。
「ワタシがヘレナの聖釘の探索に出ていることはアギトさんからも聞かされているはずだ。まだ漠然とした情報しかなく、この地にヘレナがあるだろうとしかわかっていない。"銀の星"の幻想騎士がここに身を置いていることから間違いない。なら、この地の霊脈を利用してヘレナを封印しようと考えた」
「レイミャク?」
「わかりやすく言えば魔術的要因の強い土地ということだ。霊脈とは代々その土地に住む頭首や巫女が管理するものでね、ある程度の霊脈は魔法協会が統括して管理しているんだ。だがここの霊脈は特殊でね、歴代頭首の力が強すぎて協会にはここに関する情報がまったくもって存在しない。現頭首も多大な影響力を持っていて、下手すれば魔法協会と争うことを辞さないと表明している」
「あの、話がみえないんですけど・・・・・・。その霊脈が何かへレナの聖釘と関係があるのですか?」
「彼ら銀の星がヘレナを手に入れる前に、霊脈によりこの地に封印すれば、こちらとしても探索する時間を稼げる。そのためにはこの地の霊脈を管理する頭首の協力が絶対なのだ。巨大な霊脈の上に無理やり結界を布けば、たちまち魔力が暴走して土地に想像のつかない被害を及ぼす可能性がある。しかしその頭首に話をしたところ門前払いにあってね、話がしたくば倉山の者を寄越せと言ってきた」
「倉山の者って、・・・・・・私ですか!?」
「そうだ。倉山の主は数年前の事故で死亡したと伝えたら、養子の娘がいることはわかっている、その者を連れて来いと言われてね、キミに相談に来たんだ」
「なぜ私なんでしょうか? その土地を管理している人って、町長さんじゃ・・・・・・ないですよね?」
ここの町長といえば人のいい初老のお爺さんだ。商店街でもよく見かけるほどこの町に精通している人だが・・・・・・。
「いや、町長ではない。町長ならワタシもよく知っているし、魔術とは程遠い無関係者だ。この地の霊脈を管理しているのは、――――――皇証券だ」
「へ? 証券会社?」
「その他にも皇不動産、商事、葬祭、運通など多種に渡る事業を展開している大企業だ」
「え、で、その証券会社の社長さん? その人が霊脈を管理している人なの?」
「いや、社長ではなく、その人の娘が霊脈の管理者だ。旧家で『神守一族』として名を馳せた人たちだ。今は家系の問題で『新守』と母方の姓を名乗っている。元々笠神一族は東方院総本山の頭首でね、母親が亡くなって現在では娘がその全権限を握っている。ただ、頭首がまだ未成年だからって、皇証券の社長である父親の皇天竺が土地の名義を持っている。それでも、頭首の権限は絶対で、父親ですら逆らうことができないそうだ」
「その、『新守』って、―――」
私が知る中で、―――『新守』の姓は一人しか知らない。
「そうだ、キミと蒔絵の後輩の―――新守渚だ。彼女は我々の話の前に、キミと話がしたいと、そう言った」
「ちょっと待ってください。それってどういうことですか?」
「どうもこうも、こちらも話途中で追い返されてね、手詰まりなんだ。すまないけど、彼女と話をしてくれないか」
「話については、構いません。でも、なんで・・・・・・」
新守渚が、―――こちらについて何かを知っている?
「―――待たせたな、キク。ん、なんだ、アオイも帰ってきていたのか」
「あ、うん、ただいま。さっき帰ってきたところよ」
「どうした、なにかあったのか?」
「先ほど話した霊脈の話をしていたところだ。頭首は葵さんの知り合いでね、少し混乱している」
「そうか。アオイ、混乱しているところ悪いが、あちらから式神が届いた。明日の昼休み、学校の屋上で話がしたいそうだ」
ジューダスは手に持っていたものを差し出した。それは小さな和紙の切れ端で、中心に模様のようなものが書かれている。
「どうやら陰陽術が使えるようだ。こいつも魔術師の端くれだな。より精密に組み立てられた魔術式だな。式神も和紙を使用した無機生命体だ」
「ねぇ、ジューダス。新守さんは・・・・・・魔法使いなの?」
「この国では呪術師や陰陽師といった表現の方が合うが、間違いなく同系の住人とみて間違いないだろう」
「ジューダス、これは何か問題がありそうですね」
「・・・・・・というと?」
「なぜアオイを通して話をする必要があるのです? 必要外のことをするということは都合の悪いことがあるからではないでしょうか。それに、彼女はこの国の魔法が使えるのでしょう? アオイを一人で会わすのは危険です」
「それは大丈夫よ」
「その根拠は?」
「彼女に違和感を覚えるようになったのはずっと前から。それでも、それは私に向けられたものではなかった」
そう。彼女から感じていた指向性の違和感は、決して私に対したものではなかった。あれは、常に一緒にいた蒔絵に対してのもの。彼女は、蒔絵も魔法使いということに気付いていたのだろう。それを蒔絵自身が気付いていたかはわからないけど、敵意を抱いているようには感じられなかったから。
「危害を加えるようなことはないと思う。それに、そんなことがあっても学校に行くならアルスがいるもの。新守さんもヘタに手は出せないはずよ」
「確かに。キクから聞いた話でも、彼女は上級レベルの術者だ。アルスの力量に気付いていてもおかしくはない」
「それ故に下手に手を出すことも憚れる、とういうことですね」
「だが、先ほどの都合の悪いコトがある可能性は捨てきれないな。ふむ、それに関しても調査を進める必要がある」
「アギトが百人結界の申請を出しているはずだ。あいつにも協力を要請してはどうだ?」
「アギトさんとは連絡がついている。三基が霊脈の周辺を探索中だそうだ」
「なら、アオイと彼女の話が済み次第、すばやく行動を起こさなければいけませんね」
「そうだな。彼らの計画には未だ疑問点は残るが、行動を起こされてからでは遅い。早急に対策を練ろう。臆郷の近くから残留魔力が検出されている。高度な結界の存在も確認できた。どうやらそこが駐留しているとみて間違いないだろう」
「あそこの中は今オレとクゲンとの戦闘の爪痕が大きいはずだ。やつのいる洋館にも手土産を置いてきた。その処理をしなければやつらの足取りなんてすぐに悟られるからな、暫くは時間が稼げる。坊主も魔炉が使えないんじゃ動けない。アギトの百人結界次第だが、早ければ数日のうちに決着がつく」
「もし彼らの行動の方が早かった場合はどうするのです?」
「その場合のためにキクが動いている。それも明日のアオイの話合い次第だがな」
「もう二、三ばかり手を打つ必要があるな。彼らをこの土地から出せば追跡は困難だ。おそらく本拠地に戻るだろうが、そこを探すのが一番難しい」
「本拠地はヨーロッパのどこか、って言ってましたね」
「あくまでも憶測でしかない。可能性のある場所は虱潰しで探しているが、十年以上発見できていない」
「ナツキはあちらの組織内でそれなりの地位にいたはずです。彼女が遺した情報にはなかったのですか?」
「それなんだがな、―――どうもおかしなことがある」
「どういうことだ?」
「ワタシも先日聞かされたんだが、なぜか本拠地と数人の人物についての情報が空白だった。夏喜さんの情報でも、そこの部分だけ意図的にその情報が省かれていてね、進展がない。ある人物を指していると思われるが、―――『魔法潰し』という言葉が残されている」
「魔法潰し?」
「教会側からの要請で夏喜さん以外にも組織について調査した魔術師は大勢いたが、例外なく消息を絶っている。彼らが消息を絶つ直前にも『魔法潰し』という言葉が見つかった」
「何か、あるな・・・・・・。アギトもなにも知らないと?」
「第五魔法協会にはそれなりに情報があるとされているが。ああ。どうやらやつらの"計画"とは違う事項らしいが、それ以上の情報がない。魔法協会との話合いの結果、どうやらある人物を指しているのではないかと推測された。情報がなかったのは人物は二人で、一人は現頭首『アーネンエルベ』について。そしてもう一人、―――幹部『七人会』の一人、『番犬』」
「『番犬』?」
「二つ名、か。どうやら潜入していたやつらは、組織の中を探って出てきた餌に喰われたというわけか。どうも『魔法潰し』は組織の重要な情報を知ろうとする者に対しての関門となっている」
「『魔法潰し』の先に、重要なことが隠されている、と?」
「ああ。もちろんその重要な情報とは彼らの"計画"と推測される。それだけ厳密に守るべき事なのだろう。その力が強大すぎて、我々はどころか魔法協会すら太刀打ちできないでいる。これより先の情報がどこにも存在しない」
「だから彼らの本拠地に辿り着くことが出来ない」
「ふむ。決着はこの地でつけるしかないな」
「そのためにもヘレナの封印が必要、ってことなのね・・・・・・。わかりました。新守さんは私に任せてください」
「すまない、このような危険なことをさせてしまって」
「そんな、危険じゃないですよ。ただの話です。彼女のことはそれなりにわかっているつもりですし。それに、これは私たち家族の問題でもあります。宗次郎のためにも、これぐらいさせてください」
何事にも避けることができないこととはあるものだ。新守渚と話合い、うまく説得できれば、きっと宗次郎を助けるために一歩進むことが出来る。アルスが言っていた宗次郎の負傷。そしてジューダスがあちらに残した置き土産。どちらにしろ、少しだけだが、時間に猶予が出来た。この時間を無駄にすることなんてできない。
「そうだ。葵さん、これを」
そういって、菊はカバンから小さな箱を取り出した。
「・・・・・・『Silver Bullet』。なんとなく気付きましたが、なんですか、これ」
「なにって、デリンジャーの弾だ。41口径の銀弾だ。この家には銀弾がないとジューダスが言っていたのでな、アギトさんの部下に頼んで譲ってもらった」
「あの、一応デリンジャーはアルスの魔力で練った魔弾を撃つことができるんですけど・・・・・・」
てか、弾まで持ってたら完全に銃刀法違反・・・・・・。
「アオイ、これはオレがキクに頼んだことだ。前の戦いで、アルスも魔力を使いすぎた。これから先、いつまでもアルスの力が使えるかわからない。使わないに越したことはないが、一応保険ということで受け取ってくれ」
「はぁ、できれば受け取りたくはないんだけど・・・・・・」
これも宗次郎を助けるために避けきれない関門なのだろうか。とほほ、法にまで手を染めるとは・・・・・・。
「これでカモフラージュでもすれば、ちょっとしたアクセサリーと見えるだろう」
そういって、金色のチェーンを取り出した。これならギリでワンポイントのアクセサリーにみえるだろう、か? でも1発分だしなぁ。
「一応受け取っておきます。できれば使わない方針でいきましょう。是非」
「そうだな。葵さんをこんなことで警察に引き渡したくはない。アルスが元に戻らなければ特に問題はないだろう」
「とりあえず、明日アオイが学校から帰ってきたらすぐにでも動けるようにしよう。グズグズはしていられまい」
「そうだな。こちらももう少し手を考えて置こう」
そういって、菊は席を立った。
「葵さん、新守の者はよろしく頼む。急に無茶なことを頼んですまなかった」
「いえ、気にしないでください。きっと、いい返事をもらって帰ってきますから」
そう軽く笑って、菊を送った。気付けば、空は暗かった。欠けた月が静かに輝いている。
「とにかく、新守さんと話をつけないとね」
大きく、深呼吸をする。冷たい空気を肺一杯に吸い込んで、思考を一度クリアにする。宗次郎を助けるために、彼らの計画を止めるために、できる限りの努力をしよう。
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