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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第4章 モーニング・グローリー

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9th day.-3/裏切りの聖者 - 訪問者/INVADER



「―――なるほど。菊の報告通りだな」

 日はとうの暮れ、月明かりが大地を照らしていた。高く聳える山の麓で、大柄の男が紫煙を静かに揺らす。

「俺だ。三基に伝えろ。ゼロナナフタマルまで待機だ」

『隊長!? いった―――』

 男はそれだけを伝え、携帯端末の電源を切った。深く息を吸い込む。それに伴い、煙草の火は勢いを増し、一気に根元まで葉を焼いた。吐く息と共に大量の紫煙が、闇夜の空へと溶けていく。吸い尽くした煙草を捨て、踏んで火を消す。

「さてと、こっからは骨が折れそうだ」

 新たに取り出した煙草に火を付け、男は月の昇る山へと登りだした。


 ―――さらに、夜が深くなる。月の頭はとうに欠け始め、光量は少しばかり減少していた。それによって、月の周囲には星が輝きをとりもどしていた。空に開いた穴が、日に日に塞がっていく。塞がる穴に特別な感動はなく、去り行く儚さが、より一層夜を闇へと染めていた。

 アルスの話が終わるころには、時刻は日が変わる直前にまで差し掛かっていた。テーブルに頭を預けて眠っていた葵は、月が昇る直前までジーンの容態を気遣い、眠らず看病をしていた。前日からの疲れによって、今は深い眠りについている。

「っ―――」

 ―――欠けた腕が、シンと痛んだ。ジーンの左腕は完全に機能を停止している。これは戦いによる傷の痛みではない。戦いの傷は契約の力(リドヴィナ)によって完全に塞がっているからだ。


 ―――それは、亡いはずのモノが在るかのように感じる幻痛(まぼろし)


「不便なものですね、ヒトというのは。頭ではそれを受け入れていても、身体がそれを理解していない」

 ジーンの身体は肩から先がない左腕を"在る筈"と認識している。私はまだ戦える、身体はジーンの頭へそう訴える。


 ―――違う。ワタシはもう、あの日のようには戦えない。


 悔しさが胸を打つ。戦うことで生を実感していた。戦えることが、彼女にとっての現実であった。それが、吹き飛ばされた自分の一部を見たときに、嫌なものを思い出した。バチバチと音を立てて、炭へ化していくものを視て、嫌なものを思い出した。


 ―――違う。ワタシは、まだ戦える。


 自分に言い聞かす。そうしなければ、自分自身に負けてしまう。戦うことで生を実感していた。それが、彼女にとって生きるということ。戦う運命にあった彼女は、それでも女性であることに変わりはない。幻想騎士と成り、ヒトを超越した存在であっても、ヒトで在ったことに変わりはない。

 ―――あの丘での恐怖が、騎士の中で蠢動する。腕の痛みが、あの日の()を思い出す。幾星霜の時を越えていても、あの日の恐怖が悪寒を与える。誰かに揺すられているような、そんな寒気。誰かに視られているような、そんな寒気。

 ()い肩を抱いて、恐怖を拭う。戦いの中で築いた、先を見据える今の諦め。後悔を前に立てていては、先には進めないから。


 ―――大丈夫。ワタシはきっと、戦える。


 いつかの戦友との約束を破るわけにはいかない。葵との契約を破るわけにはいかない。騎士としての心に鞭を打ち、ヒトとしての心に嘘を付き、――――――


「―――相も変わらず、ここは息苦しいな・・・・・・」


 気づけば、屋敷の入り口に見覚えのない人影が立っていた。夜の影に溶けるそれは、声から男ということはわかった。そして、それは明らかな()()()であること。

「・・・・・・あなたは誰です? こんな夜更けに他人の敷地を跨ぐとは失礼でしょう」

「ほう、こんな夜中に人が起きていたか」

 男は初めてそこに女が立っていたことに気付いたようだ。男の姿は全身を黒で統一されていた。黒いコートを身に纏い、縁の広い帽子を目深く被っている。そのため男の顔を正確に見ることはできなかったが、それなりに彫りが深く、鋭い目付きをしている。無精髭を生やした男は、一度だけ帽子を取り会釈すると、再び帽子を目深く被った。

「今更だが、こんな夜更けに失礼する。ここには会うべきヤツがいるんでな」

 男はそう言うと、屋敷の敷地へと歩みを進めた。

「止まりなさい無礼者。失礼を述べれば見逃すとでも思いましたか。そのように殺意を振り撒いていれば、眠りに付いていてもあなたの不審に気づく」

 警戒を露として、ジーンは自らの神剣を構えた。隻腕ながらも、隙をみせることなく構えられた剣に敵意が混ざる。男はそれをみて、屋敷への侵入(歩み)を停止した。

「・・・・・・ほう。片腕だというのに、隙のない良い構えだ。なかなかな武人とお見受けしよう」

 男は一言そう呟き、なにかを思いついたように、―――

「なら、お前が()()()のようだな。―――どうだ。ここで少し、オレと手合わせしないか?」

 そういうと、さらに禍々しいほどの殺意を周囲へと撒き散らした。しかし、その不細工な殺意には、明らかな違和感があった。

「ふざけているのですか? ワタシとあなたが戦う意味は無いのですよ」

「ふざけているのはお前の方だ。そうわかりやすく()()を見せられては、こちらとしても気が滅入る」

「なら早急に撤退しなさい。戦う意味がなくとも、あなたが去らなければ理由はできます」

 撒き散らした殺意に、魔力が混ざる。それは完璧に研磨された、戦うことを露とした印。男が魔術師の類であることは明確だった。

「確かにオレとお前には戦う意味は無い。だが、はっきりさせなければ後々面倒だ」

 男は懐へと手を伸ばす。取り出されたのは二挺のベレッタ92。白と黒で彩られた銃は、形だけは全くの同型。両の手に握られたそれは、かなり使い込まれているのは見て取れた。

「意味は無くとも、理由ができた。オレはお前を全力で納得させるとしよう」

「何を訳のわからないことを。詭弁を並べるのなら、強制にでも撤退してもらいます。警告は最後です。ここから去りなさい。()()()()()()に刃を振る趣味はありません」

「ならその剣を下げたらどうだ? 趣味ではないんだろ?」

「心配後無用。趣味でないだけです。ワタシは騎士です。()()()()()()ならそれだけで動く理由になる」

「殺意、ね。そうか。―――だが、残念ながらそれは却下だ」

 そうですか、と相づちを打ち、ジーンの目により深く敵意が篭った。沈黙の後に放たれた弾丸は、アルスのような魔力の塊ではなく、魔力によってコーティングされた銀弾頭の実弾であった。突き出された腕から伸びる白と黒の金属のそれは、刺すような寒気と、凍えるような殺意をつきつける。人が出せるであろう最高速の反応速度。目標を捕らえた瞬間に放たれる弾丸は、一つの反射運動にすら昇華されている。

「ちっ―――」

 無意識に出た舌打ち。幻想騎士として、熟練された騎士として、人が出せるであろう速度ならば、難なく苦なく対処できた。速度の問題なら、視認するだけならライフルの速度すら可能であった。しかし、それはあくまでも"人"。魔術師相手では、その性能は幾分か減少する。明確な魔術特性、耐魔性質を持たないジーンには、魔力を帯びたものに対する反応が困難になる。しかし、光の速度を持つクゲンの法術にすら対抗できた彼女だが、―――

「ぐっ―――」

 隻腕となったことで、魔力を帯びた弾丸を捌くには単純に"力"が足りなさ過ぎた。


 ―――これほど戦いにくいとは、不覚。


 ジーンの心を暗が覆う。クゲンの時とは違い、予備動作の少なさと彼女自身の腕力の無さにより、戦闘が有利に進めきれない。

「はっ―――!!」

 放つ斬撃。視認できない不可視の斬撃は、

「ふっ―――!!」

 一息の間に放たれた銃撃によって制圧された。

「なかなかな能力だ。しかし、空間作用の魔術は身近過ぎて脅威ではないな」

 迫る銃撃。それは嵐の如く、ジーンの身に降り注ぐ。

「っ―――」

 捌くのが困難である以上、必要最低限の動きで弾丸を避ける。あの男は危険だ。騎士としての本能がそう告げる。庭を駆け、男との距離を保つ。相手の得物が『銃』である以上、長期戦はあちらにとって不利になる。弾丸の軌道を把握することのできる距離を保ち続ければ、勝機はみえるはず。

「解せんな。剣士とあろう者が距離をとって戦うなど、やる気はあるのか・・・・・・?」

「・・・・・・好きに捉えて結構です」

 嵐の隙をみて斬撃を放つ。伸びる鉄の牙は一向に休まる気配は無い。―――形状と数からして、そろそろきてもおかしくないはずだが・・・・・・

「ガッカリさせるな。()()()を待つ剣士なんぞ、聞いて呆れる」

「・・・・・・」

 ジーンの目つきが一層厳しくなる。

「なに、図星だろうと気にするな。(オレ)と手を交えるやつは最初に必ずそう考える」

 にたりと、男が笑う。

「言っただろ、空間作用の魔術には慣れている。オレ自身がそれを使うんだ。慣れもくそもない。そうだな・・・・・・、参考にまで言っておくと、弾切れまでは後三十ほど先だ」

「・・・・・・ふざけた方です。わざわざ自分の限界を知らせるとは」

「手を交えているだけだ。討ち取るためではないからな」

「ふん。その手加減に、―――後悔なさい・・・・・・!!」

 大きく振り下ろされる斬撃。

「ぬっ―――!」

 振り下ろされた斬撃は、一ではない。一刀一刀が制圧されるなら、制圧されぬよう複数の刃が襲う。斬撃の軌道は避けるのも不可能なほど。


「―――『第三筒(Tres) 開放(abiertas)』―――!!」


 刹那―――

「なっ―――!?」

 詠唱の後に男が手に持っていたのは二挺の銃ではなく、茶色に装飾された()()()()()()()()だった。

「―――驚いたな。反応が遅けりゃ、輪切りにされていた」

 ジーンには知り得ないが、男が手にしたのはアフマット・カラシニコフ-74。魔力を込めた30発の5.45ミリ弾がジーンの放つ斬撃を最小限の火力を持って制圧した。

「あっ、あなたは・・・・・・何者です?」


 ―――この男の能力は、不審過ぎる。


 手に持っていたはずの銃が、唱えた詠唱とともに形状を変えたのか。だが、それにしても見た目にも形質と質量に違いがありすぎる。

「あなたが魔術師であることは、今のでよくわかりました。ですが、錬金術師にしては異質過ぎる」

「ふむ、フィフティーフィフティーってとこか。まぁ、剣士にしてはなかなか勘が鋭いな」

 ガコンと、空にマガジンが地面に落ちる。男は手際よく新しいマガジンを装填した。

「世辞で時間を潰す必要はありません。あなたが危険人物ということがより濃厚となっただけですので」

「それは困った。なぁ、ここいらで終わりにしないか?」

「なにをふざけたことを。これだけ暴れて、ワタシがそれを見逃すとでも?」

「いや、当初の目的はお前と戦うことじゃない。確かにお前は鍛え上げられた剣士だけあって強い。それ故に手加減が難しいうえに弾も勿体無い。なにより無駄な戦いであることに変わりは無いだろ」

「めでたい人ですね、あなたは。あなたがここで退散するのなら考えなくもありませんよ」

「それでは意味が無い。手土産無く帰るのはオレの信条に背くし面白味に欠ける」

「なら諦めなさい。ワタシがあなたをここから排出する」

「そうか。なら、しかたないな・・・・・・」

 男が手に持ったアサルトライフルを落した。空手となった男は自らの懐へと手を伸ばす。

「・・・・・・どういうつもりです?」

 取り出されたのは小さな金属製の筒が二つ。側面には"Ⅴ"と"Ⅵ"のローマ数字が描かれている。

「―――ここに告げよう。オレは、・・・・・・"お前を制圧する"」

 吹き荒れる魔力の渦。魔力に言葉を載せた、喝の意思。男の顔に、鬼人の形が浮かぶ。

「痛い目みても恨むなよ。お前を黙らさなければ、こちらの計画にも支障が出る」

 ―――あの殺意は、本物だと、ジーンの本能が告げた。()()は、先ほどのまでの二挺の銃やアサルトライフルとは違う、異質な"何か"がある。アレを開放されれば、間違いなく、―――


 ―――すいません、アルス。これで最後です。


「―――『ラド・シゲル・ティール・アンスールオス』―――」


「ん―――!?」

 高速に展開される、神剣の開放詠唱。四方に浮かぶ古ルーンが、女の魔力を吸収していく。


『あれは、もう使わないほうがいいですよ』


 周囲の温度が減少する。


 ―――大丈夫。ワタシはまだ、戦える・・・・・・!!


 神剣に収束されていく魔力が、頭を上げ、―――


「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ――――


 開示される魔力の暴風。己の意思と、騎士としての意地を乗せ、詠唱を、――――――


「―――あっ」


「づっ、あ゛あぁああぁぁぁぁあ―――」

 ジーンの右腕が激しく痛んだ。身動きの取れなくなった隙に、男に抑え込まれる。

「驚かすなよ、まったく。莫迦が、そうまでして戦っていたのか」

 馬乗りになった男の罵倒の声も、痛みに掻き消された。神経経路が漏電し、全身に高圧の電流が駆け巡る。

「あっ、ぐぎっ、ああああぁぁぁあ―――」

「こりゃ筋繊維が幾つか切断している」

 馬乗りになった男が腕に触れる。

「ぐっ―――!?」

「触れただけでこれじゃ、神経にも異常が出ているな。少し痛むが、我慢しろ」

 男は懐から"Ⅳ"と描かれた筒を取り出した

「―――『第四筒(Cuatro) 開放(abiertas)』―――」

 筒の代わりに出現したのは細い針だった。

「なにを、・・・・・・する、つもりです、か・・・・・・?」

「注射だ。動くなよ」

「ぐぅっ―――」

 男は何の躊躇も無く、ジーンの右肩に幾本かの針を刺した。

「どうだ? 少しは楽になっただろう?」

「はぁ、はぁ、・・・・・・」

 男がジーンから離れる。意識を蝕むほどの激痛は、次第に引いていることに気付いた。

「腕が動くには、まだ暫くかかりそうだな」

「・・・・・・どういう、つもりですか?」

「あ?」

「なぜワタシを助けたのです。その気になれば、今のでワタシを殺すことはできたはずでは?」

「なにを勘違いしている。なぜオレがお前を殺さなければいけんのだ?」

「ワタシをバカにしてるのですか!? あのように殺意を振りまいていれば、誰だってそう思います!!」

「"制圧する"とは言ったが、"殺す"とは一言も言ってない。そもそも、オレとお前は敵ではないだろう?」

「あのような敵意を・・・・・・」

()()()()()()()()()()()()()()()()だ。言っただろう、オレはここに会いたいヤツがいるだけだ」

「・・・・・・なら、誰に会いに来たのです?」

「それは―――」


「―――なんだ、いつからか強盗紛いに成り下がったのか?」

 声の主は、いつかこの場所を去った騎士であった。

「なんだ、これだけ騒いでも出てこなかった理由は外出(それ)か・・・・・・?」

 ジューダスは静かな足取りで近づいてきた。

「とんだ怪人だ。こんな夜更けに襲撃とは。いや、軍人らしいといえばおかしくはないか・・・・・・」

「・・・・・・ジューダス。この人を知っているのですか?」

「・・・・・・ああ。こいつは―――」



_go to next day. "KERBEROS"

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