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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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8th day.-11/戦慄組曲 - 紅蒼戦線 -/R.V.B, LE CHAT BOTTÉ



「はっ―――!!」

「どうした!? お前はこの程度でアオイを護れると思っていたのか!!」

「づっ―――」

 両者引けを取らない、必殺の元に振るわれる刃。刹那にして、大地を駆ける光と暴風が残骸と共に吹き荒れる。

「貴方は!! 誇りすらも闇に囚われたのですか!!」

「そういう力だ!! 今のオレには、そのような世界などない!!」

 ぶつかり合う神剣と神鎗。全てを薙ぎ払わんと、不可視の刃が大地を駆ける。全てを消し去らんと、雷の刃が大地を削る。二つの剣戟は、激突し合い、再び暴風と共に消滅する。世界のバランスを乱す、殺意でのみ生成された空間。そこは人が入れる空間ではなく、それはすでに獣か、もしくは人以外の何かだけが存在している。

「貴方は、またこうして誇りを捨てるのですね」

 ぶつかり合い、間合いを離し体勢を立て直す。閃光をもって放たれる雷の刃は、放された間合いすらも一息でゼロにする。

「何を言う。誇りなど、裏切り一つで泡沫(ほうまつ)と消える。長年築き上げた誇りなど、結果一つで洗い流せよう」

「幻滅です。貴方がそのような戯言に溺れるヒトだとは思いませんでした。いいでしょう。貴方のその命、"オルレアンの乙女"の名に懸けて、許すわけにはいきません」

「ならその刃で、この身に刻んでみよ! お前の願った誇りなど、自らの呪いと知れっ!」


「マスター、オイラの後ろにいてください」

「えっ―――」

 急ごしらえで再び練られた魔力を込めた魔弾が、一直線にジューダスに向けて放たれる。その直前まで来て、―――

「!! ふん、ぬるぞ、アルス!!」

 紙一重のところで、直撃を避けられた。皮膚を少し翳めただけのその動きは、最小の動作で再びジーンとの戦闘に没頭した。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、・・・よし。くっ―――」

「アルス!?」

 面前のアルスが膝を着く。全力で放った魔弾をいとも容易く避けられたのだ。私が見ても、宗次郎との戦闘で満身創痍の今の彼にはジューダスを討つに足りる魔力は残っていない。

「アルス、離れるよ」

 激化する衝突は、高温と残骸を撒き散らしながら次第に大きくなっていく。二人の騎士が全力でぶつかる姿は、辺りを消し去るであろう破壊力をもつ。

「うっす・・・・・・。オイラの魔力も今のですっからかんっす。ここにいたら、マスターを護りきれない」

 無論、彼には戦うだけの力が残っていない。あちら側の誰一人でもこちらに顎を向ければ、私とアルスの命はない。


「ぐっ―――!?」

 突然、男の猛攻が揺らいだ。あれほどの魔力を周囲に撒き散らしながら放たれた雷は、一瞬の揺れいで弱まり、足がもつれた隙を、熟練された剣士であるジーンが見逃すはずがなかった。

「はぁああああ―――!!」

「ちっ―――!!」

 大きく後退させられたジューダス。その身体に神剣の刃が牙を剥く。深手とは至らなかったが、ジーンの手には確かな手ごたえがあった。

「・・・・・・ここが引き際です。貴方だってわかっているだ」

「なんの、ことだ?」

「致命傷に至らずとも、その傷では長くはもちません。今の貴方では、ワタシには勝てない」

 フンッとジューダスは鼻で笑った。再びジーンと距離をとり、傷の治療に専念すると思いきや、大きく体勢を低くした。

「だろうな。魔眼の影響か、それとも実力の差か・・・・・・。いいだろう、お前の実力は認めよう。だが、一度堕ちた男が、再び世界に這い上がれるほど甘くはない」

 構えた穂先に魔力が収束される。朱い光を放ち、帯電する触手は次第に大きくなっていく。構えられた神槍が首鎌を持ち上げる。

「なるほど。ここで決着をつけると・・・・・・?」

「これ以上、互いを語る必要もあるまい。この無意味の戦闘なんぞ、所詮そんなものだ」

 ジリッと、地面をなぞる様に剣の刃を構える。互いに必殺の力を解放し、互いの首級を一瞬でも早く取る。それだけが、この戦いの幕を下ろす全てだった。

「―――こんな話がある。一匹の猫が王を造る話さ」

 突然、ジューダスが開いた口からは、予想だにせぬ言葉が響いた。

「それは"嘘"だけが造り上げた偽りの物語さ。猫は長靴と袋だけを男から貰い、その男を王に仕立て上げた。嘘と機転を活かし、一つの世界を作り上げたのだ。――――――()()()()()()()が、お前にわかるか?」

「何を・・・・・・、!! 貴方、まさか―――」

「話はそれだけだ。―――では、そろそろ決着をつけようか」

 収束される魔力は、悉く全てを消し去る神の雷。対する剣は、太陽の光の如く輝きだす。その両の穂先には、殺意と魔力を内包した全てがあった。

「この一撃を、お前の全てを持って受けてみろ。オレからお前に手向ける、最後の言葉だ」

「いいでしょう。貴方の全て、この神剣を持って駆逐してくれる」


「「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ――――


 収束する二つの魔力。両者似ているようで、正反対の殺意。詠唱を持って開放される光。その果てに―――


「――― ブリューナク』―――!!」


「――― フラガラッハ』―――!!」


 ――――――神代の剣戟が激突した。一瞬にして豪快。全てを一とする世界で、これほどのエネルギーの衝突は、激化する戦場でも目にすることはないだろう。戦争で起こる火花は、いつだって一方的だからだ。破壊する者と、駆逐される者。いつだって世界はそうして廻っている。

 だが、今この空間で起こる全ては、世界の理を覆す。真理を越えた出来事は、超常として世界を駆け巡る。光と雷の衝突は、それでいて輝かしいほどの光を魅せる。そしてその先―――――


「―――『白槍(ビャクライ) 六憑(ロクノツキ) 七巻(ビャッカン)』―――」


 ――――――その光を裂くのは、いつだって招かざる者だ。


「なっ―――!?」

 空を駆ける閃光と共に現れたのは、死地を彷徨っていたはずの白髪の男だった。

「えっ―――?」

 それは予期せぬ一閃。面前の戦いが、このような形で幕を下ろすことなんて、この場にいた誰もが思わなかっただろう。七つの雷の尾が、その全てが葵の首級へ向かって一直線に駆ける。

「アオイッ――――!!」

 一瞬にして、葵の前にジーンの影が現れた。視認できないほどの高速。神剣の解放による恩恵を受けての速さで、放たれた雷の雨を捌く。それでも、―――


「これは、捌きき、れ――――――、っ―――!?」


 いくら"高速"といえど、初動の遅さが牙を向く―――


「なっ―――?」

「ジーン!!」

 紅い雨が、降る。吹き飛ばされた何かは、きっとよくないモノ。それは、―――

「ぐっ―――あ゛ぁ、ああああああっ―――――!!」

「ジーン!? しっかりして!!」

 雷がジーンの()()を根こそぎ喰い潰した。ジーンの腕が吹き飛ばされた衝撃で、葵の視界の全てが、真っ赤に染まる。千切れた腕は、雷の熱により燃え盛り、すでにバチバチと音を立てて炭と化している。

「ゼェ、ゼェ、―――女ァ、殺ス・・・・・・」

 クゲンの白目に血管が浮き上がる。怒りに我を忘れた鬼は、穴の開いた肩を抑えながら、フラフラと立ち尽くしていた。

「・・・・・・」

 ジューダスは、それをつまらなそうな表情で見下している。今にも倒れそうになりながらも怒りを見せる男と、左腕を失って死地を彷徨う女の、両の姿を見て踵を返した。

「興が削がれた。これ以上の戦闘は無意味だな・・・・・・」

「そのようですな。だが、クゲン氏があの状態では、彼も死んでしまう。ワタクシの目的も達成されたのです、これ以上ここにいる必要はありませんな」

「それでも、アレはどうにかしないといけないんじゃないかな」

「ガアアアアァァァアアアアア――――――」

 駆け出す鬼。怒りに任せ、周りの見えていないクゲンは、血を流し苦しむジーンに向かって一直線に駆けた。

「くっ―――!!」

 葵が咄嗟にジーンを庇うように覆いかぶさる。葵が庇ったところで、戦況が変わることはない。

「グェッ―――!?」

「―――これで、いいのか?」

「えっ―――?」

 鬼の腹を穿つ拳。鬼の顎が葵とジーンの首級へ振り下ろされようとした刹那、ジューダスがそれを阻んだ。意識が朦朧とし、怒りに暴走した鬼でも、その激痛により、今度こそ気絶した。

「騎士としては、見上げた覚悟だ。捌ききれないと見るや、身を呈してアオイを護ったか。じゃあな、ジーン。精々死なぬよう、気合を見せろ」

「ジューダス!! あなたは―――」

「・・・・・・いい、のです、アオ・・・イ」

 葵の腕を血糊の染まる右腕でジーンが掴み、言葉を制す。朦朧とする意識の中で、ジューダスを見上げた。

「はぁ、はぁ、―――貴方は、それで、・・・いいの、ですか?」

「・・・・・・」

 ジューダスは、それを無言で受け止め、踵を返して闇に消えていった。残った影はなく、アクマも、老人も、鬼も騎士も、彼らの姿は強い風と共に去った。


「マスター! 何か止血できるものを持ってきます!」

「うん、わかった!」

「ア―――アオ、イ・・・・・・」

「ジーン? 喋らないで、傷に響くわ!」

 絶え間なく流れる血は、ジーンの周囲に大きな池を作ろうとしている。それはすでに人ならば致死的な量。顔色は血の気が引き次第に蒼白となり、彼女は気力で、その命を無理やりに引き伸ばしているように見える。

「大丈、夫です・・・・・・。それ、より・・・・・・、ワタシの、服で、・・・・・・傷口を抑えて、ください・・・・・・」

「えっ、わ、わかった。だからもう喋らないでっ!」

 右腕側の服の袖を破る。破いた袖にも、彼女の血が染み込み、それで止血できるとは到底思えなかった。それでも、彼女を一秒でも長く助けることが出来るのなら―――


「っ―――?」


 驚きに固唾を呑んだ。魔法としか思えなかった。それは時間が逆行したかのような滑らかさ。そして、それが必然だと思わせるほどの自然さ。服で傷口を抑えた瞬間から、流れ続けた血が止まり、彼女の顔にも赤みが戻り出したのだ。

「っ―――、さすがに、血を流しすぎましたか」

「えっ、あっ―――、?」

 しばらく抑え続けて、彼女は何食わぬ顔で立ち上がった。血が足りないのか、フラフラと頭を揺らしている。

「マスター! タオルと包帯、で・・・・・・、す――――?」

「ありがとうございます、アルス。でもこの通り、もう大丈夫ですよ」

 いつもの表情で、彼女はそう言った。今の今まで、目の前で繰り広げられていた死闘なんて夢のように、戦いに命を懸けていた者の表情ではなかった。

「ジーン、傷は、大丈夫なの・・・・・・?」

 あれだけの傷だ。すでに"傷"といえるような代物ではない。吹き飛ばされた左腕は、残骸すら残さないで、風に灰が飛ばされてしまっている。

「傷は問題ありません。すでに止血も済み、傷跡も塞がっています。ただ、腕の修復は不可能ですね」

 無くした左腕を擦り、苦笑いを見せる。血に濡れた服は、よく見れば、その全てがすでに深紅の服へと馴染み、その姿を消していた。

「・・・・・・そうか! ジーン、あんたのその服、"リドヴィナ"の祝福礼装ッスか?」

「ええ。ワタシが幻想騎士として剣と共に契約した物です。最も、その模造品でしかありませんが、効力は折り紙付ですね」

「それでも、なかなか。こうもアッサリ傷を繋げるなんて、ビックリだ」

「えっと・・・・・・、どうなってるの?―――」

「この布はヒトの自然治癒力を究極に高める術式があります。細かく言えば語弊はありますが、この布で傷を覆えば、全てを治癒する物です」

 そういい、ジーンは自分の腕に巻いた袖を外した。露になった腕は完璧なまでの隻腕。初めからそこに腕なんてなかったかのような断面は、皮膚によって覆われ、白い肌を見せる。

「聞くより、体験したほうがわかりやすいでしょう」

 彼女はそっと私の首に触れた。

「痛っ―――!?」

 宗次郎によって傷つけられた首からは今の今まで血が流れていた。戦闘が終わったことでホッとしたのか、首筋から奔る痛みが神経を刺す。ジーンに触られたことによって改めて戦闘の痕に気づいた。

「・・・・・・すごい」

 それはまさに魔法だった。血は一瞬にして止まり、傷も同じく塞がった。見るまでもなく、傷は完全に塞がっている。痛みすらも消え、失った血さえ戻ったかのように血管が脈動する。

「わかっていただけましたか。完全に消失した器官を再生することは適いませんが、モノがあれば再び癒着させることは出来ます」

 ということは、麻酔も機材も要らずして手術を受けるようなものか。それも一瞬。命さえ存えていれば、時間を割く必要もなく治療できる。

「"耐える者(リドヴィナ)"の称号を持つ蘇生魔術の最高峰ッス」

「ワタシが護るべき者を護る為に必要な礼、装――――」

 ドサっと音を立ててジーンが倒れた。

「ジーン? どうしたの、ジーン!?」

 傷口は完全に癒えている。癒えているはずなのに、やはり、傷の深さから限界を迎えてしまったのか。

「ジーン!! ジー、ン・・・・・・」


「スー、スー・・・・・・」


「・・・・・・寝てます、ね」

「・・・そう、だね」

 緊張の糸が一瞬にして弛緩する。今の今まで起こっていた死闘も、夢の跡のように現実味が希薄に映る。彼女の寝顔は、ヒトの命を奪う騎士のものとは思えない、歳相応の女性でしかない。血の気の戻った表情は赤みがかかり、月明かりに可憐に映える。

「とりあえず、屋敷に戻りましょうか。彼らの気配も完全に消滅しました。今なら安全でしょう」

「うん、わかった。こんな所で寝かすわけにもいかないものね」

 夜空に眠る騎士をアルスと一緒に持ち上げ、家の中に戻った。あれだけの闘争の後でも、母屋には傷一つない。家の敷地内で、こうもはっきりと現実と非現実が分かれているとは驚きである。死闘の後の静寂さは、(うつつ)に見ることのない、幻想さえも思わせる。


 ―――その中で、私の運命の夜は幕を閉じた。



_go to next day. "ISCARIOT"

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