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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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42/102

8th day.-9/戦慄組曲 - 蒼黒戦線 三幕 -/B.V.B ACT III, RIOT



 ―――迫りくる乱舞。首なしの肉体は、両手に構えた剣を振るうだけで、一向に倒れる兆しをみせない。アレイスター=クロウリーの魔力の枯渇を付け狙おうにも、一瞬の隙すらそこには存在しない。彼の第二魔法"占領する(Master )真実(Therion)"の中には、魔力生成を無限に行う魔術回路を復元することも可能である。


 結論からいって、"デュラハン"とは不死の怪物である。それもそのはず、西洋では"首なし騎士(デュラハン)"とは()()()()()()とされている。頭にこそ生命が宿るという"人頭崇拝"から派生した生命定義の無い精霊。彼らには自らの"死"というものが存在しない。生命が宿っていない以上、決して"倒れる"ことがないのだ。だから傷を負っても怯まず、傷を負っても朽ちることが無い。戦闘に関しては、狂戦士の域を逸脱した能力である。その刃は、生命を宿す"頭"を求めて彷徨う亡者である。命を欲する限り、彼らには不死故の不敗が定着し、敗退という言葉が存在しない。


 ―――しかし、それならこちらも相応の対応をすればいい。手に負えないことは一つ。彼は決して"倒れる"ことが無い。一度標的を探知すれば、その首級を討ち取るか新たに優れた標的を発見する以外、猛襲が休まることは無い。

 次第に、猛襲の勢いが低下していく。放たれる乱舞が、次第に当たらぬ方向へと変わっていく。仕舞いには、乱舞は空を斬り、何も無い所を無造作にも斬り付けだしていた。

 僥倖だったことは、完全自立型の能力であったこと。術者本人であるアレイスターでも、標的の変更は容易なことではない。ほぼ狂化(バーサク)状態であるデュラハンの能力は、絶対的な防御能力と執拗なまでの戦闘本能によるもの。ある一定のプログラムを完遂するまでその行動をとめることは無い。


 なら―――好きなだけ戦い続ければいい。首なしは今、ありもしない敵と戦い続けている。首なしの刃を避けながら地面に新たに敷いた結界。神性の能力を持たないジューダスは、無詠唱で魔法を行使することは得意とせず、()()には必ず結界を要する。そろそろアレイスターもそのことに気づくだろう。いくら魔力生成を自在にできる能力を取り入れたとしても、神性能力を酷使し続ければ身を破綻させる。人の身に宿した神の力は、結局極めることは不可能なのだ。

「―――っ、!?」

 突如、視界の隅に強力な魔力の光が横切った。すべてを貫く神性の魔弾と、そして空間すべてを飲み込むかのようなどす黒い殺意。収束されていく魔力は、すべてを消失させる古魔法のそれに似ていた。

「―――坊主の力か。やっかいだ・・・・・・」

 魔力を神槍の先へと収束させる。朱に輝く雷が、周囲に触手を伸ばしていく。


「――――――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』』―――!!」

 奔る閃光。収斂された魔力は、朱色の雷となって空間を奔る。膨大な魔力を孕んだ必殺の一閃。――――――しかしそれも、気休めにしかならないことは目に見えた。

「―――あぶないあぶない。びっくりするじゃないか」

 案の定、必殺の一閃は、さらにそれを上回る必殺の刃によって弾かれた。


* * *


「どうしたのさ、あなたの相手はボクじゃないよ?」

 生首を掲げた少年が、余裕綽々と男へと向き直った。

「確かにそうだな。お前のその能力なら、オレの限界で挑んでも退けられそうだ」

 ジューダスにとって、またとない弱気な発言だ。彼自身も、素直に言が口から出でたことに驚いた。

「なぜあなたが、ここに。・・・・・・なるほど、()の特性を逆手に取られましたか」

 生首は、自らの肉体が虚に踊っている姿を今し方確認したようだ。驚きの顔には、別段と焦りの表情は見えない。

「坊主が手を出さないのなら、オレはそこのジジィの相手をするだけさ」

 神槍の穂先を新生のアクマへと向ける。翻した刃には、すでに先ほどの雷以上に魔力の収束が成されている。もしかすれば、宗次郎の処刑刀を一度は崩壊させることはできるだろう。だが、宗次郎の潜在魔力量は桁外れだ。あれだけの魔灯剣、何の干渉も無く形を維持できているだけで化け物だ。圧縮に圧縮を重ねた魔力の結晶を、偽りの神槍では太刀打ちできない。

「そうだね。あなたには正直、期待している。終わらせきれなかった戦いを、ここで終焉にしてもらいたい」

 宗次郎が手に持っていた生首が空虚に弧を描く。幻想の世界で戦い続ける肉体は、主を取り戻しことで乱舞を止め、首を刎ねられる以前のように元の老人の姿へと戻った。

「・・・・・・これはまた、安直な幻術ですね」

 幻術の結界内で、老人は唯々佇んでいた。虚ろな眼には、いるはずの無い敵を映している。

「お前の使った幻術を参考にさせてもらった。デュラハンのような狂戦士には、この程度で十分だろう」

「はっはっはっ、誠にそうですな。彼には、貴方が何十人にも見えていたのでしょう。なるほど、これならば足止めぐらいにはできそうですな」

 指をパチンと鳴らす。すると、空間全体にガラスが割れたような音が木霊した。

「お前の神性能力を甘く見ていた面もあったが、やはり以前と変わらんな」

 ジューダスが神槍を構える。眼には、面前の者に対する敵意と戦意が混ざり合い、手には、面前の敵を討たんとする殺意が(かぶり)を上げる。

「あなたはまだ、ワタクシより優位な立場にいると思っているようだ。そのような愚考をお持ちなら即急に捨て去ったほうがよろしい。あなたはきっと、後悔しますぞ」

 月明かりに反射して、金色の双剣を構える老人。収束する殺意は、今度こそジューダスの首級を狙わんと顎を向ける。 二人の間には、火花を散らすほどの殺意が飛び交う。魔力を酷使し戦うはずの魔術師とは程遠い、槍と剣の組み合わせ。その各々の顎は、互いの首級へと己が必殺の刃が交じり合う。互いに殺気に孕んだ魔力の塊が、刃を重ねるごとに火花を散らす。


「―――うっ」

『マスター!?』

 一瞬、意識が断線する。以前よりは酷くは無いが、幕引きのための弾丸で、私の意識は再び闇の淵へと堕ちかけていた。

「やっぱりね、ねぇちゃんは未だ眠り続けているみたいだ。そんな状況で、魔弾なんて使えるだけ奇蹟に近いよ」

 青白い斑点に侵食される視界の中で、呆れ顔の宗次郎がこちらを向いている。その表情は、私のよく知っている無邪気なものだ。

「・・・・・・宗、次郎」

「黙っていたほうがいい。ここでねぇちゃんが意識を失ったら、何もかもが無意味になってしまう」

「っ―――、・・・・・・聞いて、宗次郎」

 堕ちかける意識を、額に汗を垂らすほどの思いで掬い上げる。それだけで、冬の夜にはヒンヤリとした風が冷たく、意識に鋭い針をさす。

「今のあなたは、なにがしたいの・・・・・・?」

「そんなの、なにもないよ。ボクにとって、こんな世界必要ないもの。望むものなんて何も無い」

「だからなにもすることがない、っていうの? なら、この戦いに意味なんてあるの?」

 意味の無い、唯の闘争には悲劇しか残らない。現に、悲劇のみを残した意味の無い闘争をこの眼で見たのだ。ならこの闘争も、結果がどうあれ、最後には悲劇しか残らない。

「そんなのボクが知ったことじゃないよ。なに、ねぇちゃんは何のためにここにいるわけ?」

「そんなの、あなたを助けるために決まってるじゃない」

「あはははっはははははは―――」

「なっ、なにがおかしいのよ!?」

「あはははっ、くくくく。助ける? ボクを? 何のために?」

 宗次郎は唯々腹を抱えて笑った。

「言ったでしょ。ボクはねぇちゃんの知っている"宗次郎"じゃないんだ。偽りのボクを助けたところで、何にも無いよ。ねぇちゃんはずっと、偽りの夢を見続けるつもりかい? それがおかしいのさ。助けるなんて、所詮は偽善だね。仮にねぇちゃんがボクを助けたところで、どうするわけ? ()()の方はどうなるのさ? 本当の存在が消えて、偽りを残すなんて、泡沫(うたかた)の夢にも程がある。そんな偽りの世界なんて、ボクには一番必要ない」

 殺意なんて無い、唯本当におかしいように、幼い少年の顔で笑い続けるアクマ。

 ―――『偽り』と『本物』。確かに少年はそういった。

「あなたは本当の"宗次郎"なんかじゃない。私の知っている宗次郎は、"あなた"には負けない」

「わかってないなぁ、ねぇちゃんは。確かにねぇちゃんの知っている"宗次郎"はボクではない。でもねぇちゃんが見てきたのはすべて幻だ。幻想なんだよ。偽りで邪な存在なんて必要ない。それに、ボクの存在はもうすぐ一つになる。"宗次郎"は一人になるんだよ」

「えっ・・・・・・?」

「だってそうだろう。多重人格は一つの肉体には宿らない。肉体が型を成せば、その器に入る(モノ)は一つだけさ。その特等席に座るのは、いつだって本物の存在だよ。偽りの存在は、今までの十年で好きなだけ表で騒いだんだ。これ以上ボクの世界を弄繰り回されるわけにはいかない」

 再び収束する殺意の刃。先ほどより濃密に圧縮された刃は、空間すら飲み込んで肥大していく。

「―――お話は終わりだよ。これ以上泡沫の夢に(すが)るなら、もうねぇちゃんを()()()()()()()()がなくなってしまうけど、それでもいいのかい・・・・・・?」

 必殺の顎が、闇夜の空を裂く。その咆哮は、闇に堕ちかけ私の意識に、容赦なく振り翳される。


* * *


 ―――つまるところ、この戦いに意味なんて無かった。


 ジューダスが自らに科した枷。交わされた約束を、自らが背負った罪を、彼は裏切りによって手に入れた力で自身の罪と戦っている。それの本来の意味は、少女を護るというものではない。結果として、彼女が護るべき者となっただけであって、彼は選んでこの場面に立っているわけではない。

 または、アレイスター=クロウリー。彼には面前で刃を交える騎士とこの場面に立つために戦っている。幾度と先送りにされた決着。彼の目的は、最終的にはこれ一点に絞られる。


 だから、この戦いに意味なんて無い。自らの為に、彼らは刃を交えている。利己に縛られた亡者たちの円舞曲は、今宵も彼らの血で飾られる。

「実に楽しいですな。思えば、ワタクシはこの日のために老いた命を延ばしていたものです」

 延命に延命を重ね、半世紀もの死者の時間を愚弄し、隠蔽し、殺戮と惨劇を糧に(ながら)えた命。自らの存在を堕落させ、偽り続け、世界の闇を彷徨う亡者。このアレイスター=クロウリーという老人は、そうしてこの時代を闊歩しているのだ。

「生憎、オレにはそんな趣味は無いんでな。ジジィの世渡り話に興味は無いし、ジジィの余生の肴になるつもりもない。もっとも、存在ごと成り下がった幻想騎士の貴様に、既に"死"という概念は存在しないだろうがな」

 幻想騎士というのは、言うなれば不老不死の能力を手にしている。存在が不完全であるのなら、それを修繕することで"生命"として世界に確立する。それができない幻想騎士には、本来"死ぬ"というもの存在しない。受肉こそしても、その命は致死的な損傷があれば、もちろん人並みに死亡する。だが、外的要因がまったく無ければ、彼らが寿命によってその人生に幕を下ろすことはない。所詮、魔術の奇蹟である幻想騎士はヒトではないということ。


 ―――老いた肉体など、見せ掛けの飾りでしかない。アレイスター=クロウリーという魔術師は、生前からそうであった。動かなくなった四肢を自らの魔力で強化し、人の生理現象を操作し、自身に授けられた魔術の才を申し分なく使い続けた。権力には自らの存在を賭して戦い、法には謀略をもって戦った。齢七十を越えてもなお、魔術師としての生涯を全うした。それが世界にとって正しかったのか、それとも否か。それを半世紀経った今に問い詰める必要はない。


 ―――生前の逸話など、見せ掛けの飾りでしかない。裏切りの聖者と呼ばれた、ジューダスという男は、生前からそうであった。師を裏切り、世界を裏切り、そして自身の存在すらも裏切った。その罪は、自身の身に最大の枷として縛り続け、彼はそれを自身に咎めたりしなかった。己で犯した罪ならば、開き直ったりはしない。しかし、贖罪にすべてを注ぐつもりもない。彼は、自身で反れた道を、自身の力で正そうとしている。その贖罪は、世界にとって正しいのか、それとも否か。今となっては、それの事実を知る者は存在しない。


「エド翁とも在ろう者が、今更幻想騎士なんぞに成り下がる必要はなかっただろう。オレとの決着を付けたければ、別の形でもできたはずだ」

 ジューダスという男は、アレイスター=クロウリーという男が生きている時には、すでに幻想騎士として現界していた。受肉した肉体は、汗と血に濡れ、魂は罪を贖うために回転し続けた。握られた神槍も、神の道を叛いた男にとって、今後を戦い抜くためには必要なものだったのだろう。在りもしない能力を手に入れ、世界を裏切ることで存えた男は、こうして世界を闊歩しているのだ。

「何を言うのです。ワタクシが望んだ戦いとは一寸の狂いもなく"コレ"です。殺戮に身を委ねるつもりもなければ、使命にのみ存在を(さら)すつもりもない。ワタクシは、あなたと同じ舞台に立つためにこうして幻想騎士となった。それについては、なんの悔やみもありませんよ」

 ―――考えてみれば、おかしな話だ。神槍を掲げる男。この男が望んだことは"使命の代行"。自らの罪で使命を完遂できなかった師に対する贖い。それを、世界を裏切ったことによって手に入れた力で、その世界自体を救うこと。その矛盾こそが、男の存在している意味のすべてを収束させている。その意味も、もはや世界の意思とは関係なく、男が選んだ道は、今では救いようのない善意と偽善でできている。

 対し、老人の存在理由(レゾンデートル)など、世界にとって無意味の塊である。アレイスター=クロウリーは存在は、即ち"愚者"。もはや誰一人、彼を咎めることはできない。私情にのみ身を委ねた老人は、こうして面前の騎士と対面することが、彼にとっての"存在"なのだろう。不器用が不器用を重ねた、愚か者たちの円舞曲。その終焉を迎える兆しはなく、両者が世界に存在を見せ付ける限り、永劫終えることはない。突如訪れる、勝負の局面。それを夢見ることは、すなわち敗者の泡沫である。泡沫に希望を望み、奇蹟を信じるのなら、それはきっと勝利を勝ち取るには適さない。それは、勝利とは"強請(ねだ)る"ものではなく、自らの手で"勝ち取る"ことで与えられる。


「ワタクシは十年前から、いえ、初めてお会いしたときから、またこうして貴方と刃を交える日を楽しみにしていました」

 暫く続いていた沈黙が、老人の口によって破られた。その表情は、希望に満ちて自らの願望を叶えた者ではなく、人が持つであろう負の感情すべてを寄せ集めたようにも見える。哀しみ、苦しみ、嫉み、恨み、殺意、怨念。数えだしたらきりのない、負の感情。人に与えられたものは、物事を"否定"するために存在している。"肯定"するものなど、所詮は"否定"するための踏み台でしかないのだ。

「ほう。ならここで終わるか、"()()()()"・・・・・・?」

「・・・・・・その名で呼ばれる日がまた来るとは思いもしませんでしたよ。いいでしょう。貴方の後悔が世界にとっての救いであることを知りなさい」

 唸る咆哮。大きく距離を離した二人に収束される必殺の魔力。大気を巻き込み、巨大な蜘蛛のように広がる雷の触手。大気を焼き、空間そのものを輝かすその閃光は鮮やかに朱に光る。対するは奇しくも同じく雷。左手に輝くその雷は、いつか白髪の仙道が魅せた必殺の顎。アレイスター=クロウリーの第二魔法"占領する(Master )真実(Therion)"には、復元した能力の事実を改竄し、新たに別の能力として作り変えることもできる。彼によって復元された能力は、もはや彼自身の能力ともいっても過言ではない必殺の干渉魔法へと変貌する。神槍と魔手。両者に刻まれた雷の痕は、露とする魔力でさえ火花を散らす。


「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ――――


「―――『泡沫(ウタカタ)()えろ ―――


「――― ブリューナク』――――!!」


「――― (マギスタ・ユピテウス)』――――!!」


 共に、詠唱を持って放たれた最強の一撃。光の速度を持って放たれる両の顎は、自らの前に立つ者の存在そのものを消し去るかのように放たれた。立ち込める噴煙。殺意と殺意によって放たれた真意の激突。両者の真意は、以前と同様に大量の土煙と巨大な穴が地面に穿った。共に、互いの首級(きゅうしょ)を狙っての一閃。光の速度で放たれる閃光は闇夜の下に消え去った。

「―――流石ですな、ジューダス。我が"占領する(Master )真実(Therion)"の真骨頂をもってしても、貴方を討ち取ることは願わなかった」

 煌々と腕を広げて、悦に浸る老人。必殺の殺意の元に放たれた一閃が破られたとしても、彼の顔には悔やみの表情は欠片もなかった。寧ろ、面前の男が今の一閃で生きていることに喜びを感じている。

「まさにワタクシが求めた人です。ワタクシは貴方のような人に出会うことを心から願っていた。そして、今宵それは達成されました」

「―――」

 沈黙で老人の演説を受け止める。激突した一閃は、神々をも悉く消し去る一撃。光の槍を持って、老人一人撃ち取ることはできない。対面する老人のその驚異的能力は、まさに脅威であった。

「・・・・・・今の一撃。やはり、あの()のものだな」

 アレイスターが放った雷の一閃。聞仲がもつ雷の法術、"(ホノカノイカズチ)"を復元させた能力。その能力の事実を大幅に改竄し、彼独自の干渉魔法"(マギスタ・ユピテウス)"へと変貌した。蒔絵を屠ったその威力は、根源となる男のものを明らかに上回っている。

「如何にも。クゲン氏のもつ最強の法術、しかし彼は魔法というものをわかっていない。効率よく使えばこの程度の威力は容易い」

 再び吹き荒れる殺気の嵐。両者の間には、魔力ではない別の力が渦巻いている。

「まだ、終わりそうにないな。お前の能力にはいつだって驚かされる。今回はまさに特別だな」

「はっはっはっ、ワタクシもこの十年で変わったのです。貴方のように媒介物に封印されていたのではなく、この十年で世界を闊歩し、すべてを見てきました。完全に極めた"占領する(Master )真実(Therion)"に勝る能力などない」

 老人が見た世界。それは、彼にとって望まない世界。いつだって、彼の感情を満たす世界はなかった。それが、今彼の面前に立ちはだかっている。

「貴方はワタクシに言いました。()()()()()()()()()、とね」

 再び湧き上がる魔力の糧。大幅に消費したはずの魔力は、そのすべてが回復し、それ以上の量として蒼天の騎士へと立ちはだかる。

「・・・・・・まさに"不滅"、だな」

 男は再び自己の裡に没頭した。焦りを感じる。尽きることのない無尽蔵の相手に、有限の力しか持たない男がいかに勝てよう。無尽蔵の相手を狩るには無限の能力が必要になる。そして、彼はそれを用いない。だが、いくら無尽蔵といえど、終わりがあるのが道理。なら、せめて無尽蔵が尽きるまで有限を繰り返せばいい。自らに制限を懸ければ、無駄な魔力を使用しなければ、連鎖増幅によって魔力を回復し続ければ、無尽蔵に対抗し続ける手立てはある。そのどれか一つでも欠ければ、男に勝利などありえない。

「―――いえ、()()()()()()()()()()()()()

「なっ―――んだっ!?」

 ―――そのとき男は、すべての真実を疑った。アレイスター=クロウリーのその両眼が、《《蒼色》》に爛々と輝いている。すべての干渉魔法の中で、神々が最も得意とした簡易的な魔術。全身が硬直する。忘れていた、という言い訳は許されない。一瞬一瞬が己の命を賭けて戦うのが魔術師だ。その彼が、先の戦いまで使役し続けていたあの"悪魔"を忘れていいものではない。油断でもない。しかし、その死神が、この時を持って出現した。魅入られた眼には、逸らす行為さえ許されない。思考すらも乗っ取られるような黒い鎖が男の全身を縛る。

「――――――まさか・・・・・・」

「そうです。その―――()()()、ですよ」

 両眼に浮かび上がる悪魔の紋章。すべての魔眼の原型の能力ともいわれる最強の能力。男は、その目に魅入られた瞬間に、気づいた。

「―――()()()の、魔神眼(ハムサ)

「いかにも。ワタクシの最もお気に入りの能力ですよ」

 すべてを飲み込む黒い霧が覆いかぶさる。男の視界にすべての真実を偽る最凶の世界が現れる。塗り替えられた世界で見える、神々にのみ許された蒼い眼が唯一輝いている。


 ――――――男の世界に、嘘偽りに改竄させられた真実が覆いかぶされた。


_go to "a.v.s, tenet".





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