8th day.-8/戦慄組曲 - 紅白戦線 三幕 -/R.V.W ACT III, PĀRAM
「ぬっ―――!?」
繰り返し放たれる朱の斬撃。ジーンが初めて見せた殺意の形。途絶えることのない怒りの咆哮がクゲンへと襲いかかる。
その一閃は、今まで見せてきた一閃とは違っていた。彼女が持つ神性の剣。北欧の闘神である太陽神ルーが用いた光の神剣。それが彼女の持つ剣、"フラガラッハ"の正体である。神話の時代、神々の戦の中で幾度となく名を馳せた光の剣。放たれた真意は幾度となく標的の首を刎ねた闘神の剣。
―――幻想騎士とは、いうなれば規格外の違反者である。存在が確立されない彼らに与えられた一つの可能性。それが、―――"神性能力の偽譲渡"である。
ジューダスとジーンが持つ武具。雷の槍と、光の剣。彼らと聞仲やアレイスター=クロウリーとの違いがそこにある。
聞仲とアレイスターは元々自身の名と共に馳せた武具と能力があった。しかし、ジーンとジューダスは世界に"名"さえ馳せたものの、名と共に馳せた武具や能力はない。再び戦いの場に馳せ参じる者が多い幻想騎士の中で突然発生した違反規定、それが神性能力の偽譲渡である。
自らの存在と元々の能力を代償に神々が使った能力を貰い受ける反則技。これにより、名の馳せていない無名の騎士でさえ、世界中を駆けぬけた英雄にさえ打ち勝つことができる。だから、幻想騎士に生前の名と能力など飾りでしかない。
聞仲が持つ能力は二つ。その二つとも、生前に聞仲本人が用いた個人的な能力。アレイスターが持つ能力は実質無限。それは彼自身の第二魔法"占領する真実"が成す究極の能力。
そして、彼女が持つ"武具"は一つ。その能力は神代を生き抜いてきた必勝の神具。戦を勝ち、個対万の戦いを潜り抜け、神すらも殺す太陽剣。それが、彼女の持つ神剣"フラガラッハ"である。
「―――"フラガラッハ"だと。一端の剣士如きが、太陽神の恩恵を受けているというのか・・・・・・!」
迫りくる赫色の斬撃。クゲンにとって、不可視であった斬撃が可視となったことは僥倖であった。いかに驚異的な能力であろうと、光の速度で放たれる能力を持つ男にとって、視認できることは戦闘を優位にすることができる。"見えて"いる以上、その対処をすることは容易い。しかし―――それを捌くことができなければ、意味がない。放たれる光の顎。太陽神の名は伊達ではない。クゲンが放つ黒塗りの鞭声を、そのすべてが、悉く朱光に阻まれ、弾かれる。
「初めに言ったでしょう。宙に浮いている間は恰好の的だと」
女の眼には、真っ赤な炎が燃えていた。怒りに任せた刃。信じてやまない英雄の誇りを踏みにじる男の愚考。自らの誇りを悉く否定された怒り。そして、それを呪いのように信じ続けていた彼女の自身への怒り。彼女にとって、面前の男は"使命の為の障害物"から"自らの意思を持って倒さなければいけない敵"へと変更された。
男は放たれる朱光の刃を何とかの思いで避け続け、体にいくつかの傷を作りながら地に下りた。宙に浮いていることは、自分から敵の姿が見つけやすい状況でありながら、敵に自らの姿を晒し続けることと同意である。遠距離まで届く能力を相手では、そこにメリットはない。
「あなたはここで倒れなさい。ワタシは、決してあなたを許さない」
今のジーンには、視認することさえ難しかった禁鞭の軌道が、今では止まって見えていた。迫りくる鞭声も、今となっては虫の声に等しかった。ジーン自身は気付いていなかったが、神剣の解放は、保持者の肉体レベルさえも極限に高めていた。これこそが神戦を馳せた、最強の宝具の能力である。
「切り札は最後まで持ってこそ切り札です。あなたは、自らの力を誇示する悪癖がある。あなたの敗因はそれです」
―――戦いはすでに終わっている。彼女の口からは男にとって酷な言葉が放たれた。
「ワタ・・・ワタシが、・・・・・・負ける、だと?」
「無論。あなたの戯言など、この世に微塵すらも残らない。自らの愚かさを悔いて彼岸に果てなさい」
慈悲の欠片もない、面前の男を生きた者としない女の言葉。彼女がその顔を見せるのは、かつての戦でも一度しかなかった。生前の戦いにおいて彼女がその生涯を終える最後の戦いでのみ。幾星霜の時を越え、彼女が慈悲をもみせない相手は生涯において二人目が面前の男である。かつて、彼女は国のために戦い、国のためにその生涯を終えた。隣国との戦に名を馳せ、女の身でありながら、男たちの前に立ち剣を振るった。女であることが弱点ではなく、女であることを呪った事はなかった。
「―――なめるなよ、女」
静かに響く、戦鬼の声。トーンの低い声で響いたその声には、クゲンの怒りがにじみ出ていた。
男も同じであった。己の誇りを汚されることに対して、絶対的な力を持って蹴散らしてきた。王すらも罰する力を持っていた彼は、王すらも彼の誇りを汚すことは許さなかった。生前、誇りのために馳せた男が、他人の誇りを汚す。それは、戦を繰り返し続けた時代では当たり前のようにあり、もっとも愚かな戦いでもあった。
そして男は、幻想騎士となったことで、己の誇りを捨てた。それはすでに、同じ個体でありながら、別の存在として成り立ってしまっている。その運命こそを呪うことが出来るのは、彼自身でしかない。他人で、まして彼が過ごした環境と程遠い、西洋騎士風情に誇りの何たるを問われること自体、彼にとっては侮辱であり、その騎士に劣勢に立たされることが、屈辱を形にした全てだった。
「・・・・・・女、貴様は言ったな。―――切り札は最後まで取っておくものだと」
「無論です。戦場において、敵より先に切り札を見せるなど愚者以外の何者でもない。もし、敵よりも先に切り札を見せるのならば、必殺の覚悟と共に敵を討つのみ」
距離にして、三十メートル余り。二つの殺気が、空間を塗りつぶす。今、この場に立つ二人にはそれ以外の世界は存在しない。言うならば―――敵よりも早く切り伏せること。
「その言葉、誠に同感だ。なら、貴様はその愚者以下ということか―――!!」
再びクゲンから雷を帯びた魔力が吹き荒れる。火花を散らす魔力が、一滴の漏れもなく、クゲンの宝貝へと収束されていく。最大出力となった禁鞭は、自らを孕んだ魔力だけで空間を爆ぜる。
「・・・・・・なるほど、それが貴方の切り札というわけですね」
さも冷静に、殺伐とした空気の中で、女はそれだけを口にした。
「いかにも。ワタシを侮辱した罪、貴様の肉体など芥ほども残らんことを知れ―――!!」
ジーンの視界からクゲンが消えた。
「―――!?」
空間を塗りつぶした男の魔力だけが周囲に漂う。大きく飛躍した男は、再び女の頭上高くへと舞い上がった。
「―――最大開放、泡沫ト散レ―――!!」
女の体が沈む。男の全身から吹き荒れる魔力によるプレッシャーなのか、それに対抗するための術なのか。女は、剣を背中で構え、男の怒号に全てを懸けた。
「―――『禁、鞭』――――!!」
振り下ろされる一撃。―――いや。それは一撃と呼べるものではない。叩き下ろされた鞭声は百ではすまない。彼の視界に入る全ての大地に、ほとんど隙間なんてないほどの数。その数は最早、数えることのほうが野暮だろう。その鞭声は、高熱と暴風、魔力の残骸と大地を穿つ無数の顎。その顎から周りに放たれる雷の鞭声。その全てが全て、女の身など一瞬にして芥へと変えることの出来る威力。あらゆる回避、あらゆる防御すらも無に帰す、"禁鞭"と"雷”の両の能力を掛け合わされた最大の切り札。一片の欠片も残さないほどの猛襲は、空間全てを蝕んでいく。その吹き荒れる鞭声の中―――
「はぁあああああああああああああああああああああああ――――!!」
ジーンの怒号が響き渡る。鞭声の間をくぐり抜けるように放たれる一縷の光の路。針の隙間さえもない鞭声の間をくぐり抜けるなんて到底不可能だろう。それはくぐり抜けたのではなく、剣自らが光の通る路を造りだしたのだ。抉じ開けられた鞭声に、彼女の持つ全ての力を、光の神剣が空を穿つ。
「くどいぞ、女ぁ――――!!」
大地を穿つ雷の猛威。空を穿つ光の神剣。二つの光が、交差する。
「ぬっ―――ぬあぁああああ――――――!!」
神剣の光の軌道が、雷の鞭声によってかき消された。衝撃で遥か彼方へ飛ばされた神剣は、彼女を護る手立てがこの場から消滅したことを意味する。再び吹き荒れる雷の鞭声。隔てる顎すら失った彼女の身を消し去らんと、必殺の鉄槌が振り下ろされた。
だが―――
「―――!?」
この時、彼は知ることになる。―――世界に散らばる神秘の"武具”には、二つの"顔"を持つものが存在する事を。
「な―――に」
全身を駆け巡る、高熱と激痛。男の思考は、激痛をもってしても回復しなかった。事の異変を、男が気づくには遅すぎた。彼方へと飛ばされたはずの神剣が、彼の右肩を穿って彼女の手元へと戻されている。その姿は、放たれた光の神剣ではなく、さながら黒塗りの釘。男の胸を穿ったことで、その刀身には大量の血が付着していた。
世界中の神話で登場する数々の神具。その大半が、複数の能力や姿を持って神々の手元に存在している。魔神すら討つ二刀の魔槍。破壊と創造を兼ねる石杖。選定と勝利を刻んだ王の聖剣。そして、太陽神の神剣もその例外ではない。己が敵を斬りさる光の神剣"フラガラッハ"。そして、追撃を許さない飛翔の魔剣"アンサラー"。太陽神の剣には、その二つの顔が存在していた。振るえば、如何なる防御も破壊しつくし敵を斬り伏せた神剣。そして、手元から飛び立てば、如何なる追撃も許さない飛翔の顎と化す。それこそが、太陽神が"長腕"と呼ばれる由縁でもあった。届くはずのない間合いを、その場から動く事無く斬り伏せた最強の刃。その魔剣には、間合いの外と呼ばれる空間が存在しない。弓のように放てば直線にしか飛ぶことの出来ない訳ではなく、宙を駆けるその刃は、あたかもそこに腕があるかのように全ての敵の首級を刎ねた。そこに慈悲や情けはなく、唯々敵を討つことにのみ収束される存在意義。戦場を馳せた者たちにとって、神の力による駆逐は殉ずる者の名誉である。
「貴、様・・・・・・何を、した―――?」
男の意識が朦朧としている。流した血の量は尋常ではなく、空から降り注ぐ男の血で、雨が降っている。
地に堕ちた男の体からは魔力の欠片すらも感じなかった。それでも、うつ伏せに倒れた男に息が残っていることが女にとって驚きだった。確実に殺すつもりで放った魔剣。飛翔する顎は、予想を裏切り男の急所を外していた。女が魔剣を扱いきれていなかったのか、それとも男が咄嗟の判断で避けたのか。その真相を知る手立てはない。男が未だ生きている事実は、それだけで驚きである。
再び、朱光と共に黒塗りの釘から神剣へと形を戻す。多重構造を持つ神剣と魔剣は、二つの能力で一つの存在である。
ジーンが剣を構える。未だ息を引き取らない男の首級へと穂先を向ける。ヒューヒューと苦しげに音を立て、男は生に縋りついていた。
「―――やはり、ワタシは甘いのかもしれませんね」
構えた剣を下ろした。男は放って置いても死ぬだろう。もし死ななくとも、戦うだけの力が残るのは皆無のはずだ。男の急所を外しているからといって、神の一閃は生半可な傷を与えることはない。呪傷特性がなくとも、傷の回復には膨大な魔力の消費が必要となる。そうなるとすれば、男は彼女にとって脅威ではなくなる。もしまだその顎を向けるのなら、今度こそ徹底的に潰せばいい。
「気が変わりました、大陸の仙道よ。ワタシは貴方をそのまま生かすことにします」
女の言葉が、死地を彷徨う男へと振り下ろされる。倒すといった相手をそのまま見殺すかのように、慈悲に任せた残酷さが女の眼に映る。
「誇りを賭けて戦ったのなら、そのまま彼岸を渡るがいい。ですが、今もなお泡沫を語るのなら、ワタシの手で今度こそ貴方を討つ」
返事はない。男には、女の言葉に反論するだけの力すら残っていない。女はその姿だけを見て、踵を返した。戦いは終わったのだと。堕落した魂に一閃の報いを与えたのだと。彼女は護るべき者がいる場所へと走り出した。
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