表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/102

8th day.-3/戦慄組曲 - 夜ニ駆ケル -/TONIGHT, TONIGHT, TONIGHT


<夜ニ駆ケル/TONIGHT, TONIGHT, TONIGHT>




 ―――落陽は過ぎ、冬の夜がきた。暮夜の頃になると、菊が再び訪れてくれた。ジューダスと少し話をして帰っていったが、心配して来てくれたのだろう。

 ―――時刻は十時を過ぎた。刻々と迫る鐘の音を唯々耳に入れるだけで、アクマの到来は未だない。ただ待つだけでは落ち着かなく、何度も何度も水を飲んだ。あれだけ待ち焦がれた惨劇を、彼らにとっての終点である今日の夜に緊張している。

 惨劇は二度、私の魂を貫いた。一度目は七日前の悪魔たちの到来。最愛の弟が闇に消え、そして堕ちた。私にとっての悲劇の始まり。

 二度目は友の陥落。死神の人形となった友を救うことのできなかった私の悲劇。最愛なる者を亡くす哀しみに負け、一度は闇の淵を彷徨った。

 そして今宵、三度(みたび)訪れる惨劇。そして終焉する惨劇。そう確信する。その確信を嘲笑うかのように、時間を告げる鐘の音だけが空に響く。沈黙だけが居間に木霊する。

 ジーンは気持ちを落ち着かせると庭に出た。ジューダスは結界を敷くのに使った魔力の回復を急いでいる。この調子なら、あと数分で完全に回復するそうだ。アルスは擬態の姿をやめ、獣姿で私の傍らで蹲っている。

 普段聞こえるはずのない風の音が耳に入った。何枚もの壁で隔たれているはずの外の音が、微かにだが聞こえている。それだけの沈黙がこの空間で木霊しているのだ。

「・・・・・・」

 沈黙。

「・・・・・・」

 沈黙。

「・・・・・・」

 沈黙。この沈黙に、私だけが緊張している。ジューダスはただ目を瞑り、自己の裡に徹している。

 時間を告げる針の音。刻々と刻まれる時間。一秒一分が、とても長く感じられる。沈黙の所為で、時間感覚が麻痺してしまう。一秒が一分に、一分が一時間に感じられる。それほどの緊張と沈黙が、私にプレッシャーとしてのしかかる。

「――――――緊張、しているのか?」

 ジューダスは目を瞑ったまま尋ねてきた。

「・・・・・・うん」

「無理もあるまい。一世一代を賭けた戦いなだけに、並みのプレッシャーではないはずだ。お前にもオレにも、重要な日だ」

「・・・・・・ねえ、ジューダス」

「なんだ?」

「あなたは、なんで戦うの?」

「何をいまさら。そんなの、お前を護るためだ」

「そうじゃない。あなたはなんで、―――幻想騎士(レムナント)にまで成って戦うの?」

 閉じられていた瞼が上がる。

 ―――幻想騎士。偽りの生命。成り下がった存在。劣る命に富んだ肉体。


 ジューダスは生前、聖職者だったそうだ。何百年、何千年前の人かはわからない。今までジューダスは自分のことを詳しくは話してはくれなかった。それでも、自らが生存していた時代とはかけ離れた現代で、なぜわざわざ幻想騎士となって現界するのか。

「そうか。アオイには、まだオレのことを話していなかったな」

「・・・・・・うん」

「これを現代の人間に伝えていいことかわからないが、オレは今の世界では絶対悪にも匹敵する存在だ。魂がここにあろうと、志が何になろうと、生前の記録は明確に、現代の人にも伝わっている」

「そんなに、有名な人だったの?」

「『()()()()()()()』。それがオレに与えられた烙印だ。今ではいくつかの説で唱えられているが、すべては一つだ。『裏切り』という言葉が、オレの存在を縛っている」

「それでも、あなたは戦いを止めないの?」

「・・・・・・ああ。自分で選んだ道だ。消えたはずの命、こうして留まることができるのなら、オレは自分の間違いを正したい。オレの所為で死んでしまった者たちへの、せめてもの償いになると信じてな。だからオレは幻想騎士となった。世界は醜い。師の望んだ世界には程遠い。ならオレは、この世界の行く末を見届けるつもりだ。そのために戦う。そのために得た命だ」

 神槍を強く握った。幾度となく、その身を戦いに投じてきたのだろう。いつか見た傷も、彼の生きた代償、罪の数だけの代償があるのだろう。それだけに、彼の意思は固い。

「今度は、私を護ってくれるの?」

「そうだ。そのためにオレはここにいる」

「それは、()()()()()()()()?」

「・・・・・・」

 その問に、ジューダスは口を閉ざした。

「・・・・・・そうやって、()()()()()()()()()()()()()()。私には、それがとても哀しい。あなたは、自分の願いがあるの?」

「・・・・・・どうだろうな。これがオレの願いなのか、そうでないのか。もはや、忘れてしまったよ」

「・・・・・・そう」

 摩耗した信念は、もはや形を変えているのかもしれない。妄執へと変わっているのかも知れない。それでも、彼は自分の信じた願いのために歩みを止めないだろう。それが、自身の心を殺すことになっていたとしても、彼自身の答えは変わらないのだろう。

 再度、沈黙が居間に木霊した。少しはジューダスのことを心配して聞いてみたが、思った以上に深い事実なのだろう、彼は肝心なところで口を閉ざしてしまった。


「―――!?」

 ジューダスは急に、慌しく立ち上がった。

「どうしたの?」

「どういうことです、ダンナ!! 正直、ありえねぇっすよ!?」

「そうも言ってられんぞ! 現にこうして起こっている!」

「なに? どうしたの?」

()()()()()()()()。急いで庭に向かうぞ!」

「イエッサー」

「えっ? ちょっ、ちょっと待ってよ!」


///


「!!」

 庭先で眩い閃光が奔る。轟音が鳴り響く庭へと飛び出す。

「くっ―――」

「はははははははぁあーーーーーーー!! 以前の威勢はどうした!!?」

 迫る雷撃。反撃を許さない光は、神剣の斬撃でも止まることを知らず、猛攻は続く。ジーンへと繰り出される強襲に、なんとか踏みとどまっている。

「以前は意表を衝かれたが、貴様如きの剣士なんぞ何度も手合いしたわ!!」

 空を裂く雷。何本もの雷の触手は、その全てが深紅の騎士へと放たれる。


「甘く――――――」


「!?」


「みるな―――――――――!!」


 立ち込める土煙。迫りくる雷の触手をすべて断ち、一身に向けられた斬撃は皮一枚で空を切った。

「ふん。生意気な太刀だ。大人しく封神(ころ)されていればよいものを」

「よほど貴方はワタシに対して敵意を感じているようですね、クゲン」

「よくも気安く呼んでくれるな、女」

 白髪の左手が唸る。バチバチと音を立てて、雷が空間を覆う。

「これを耐えてみろ。そこの男のようにな!!」

「ストーーーーーーーーーーーーーーップ!! 気ぃ早すぎ!!」

 ジーンとクゲンの一触即発の事態にロキが割って入る。

「そこを退け、ロキ。貴様諸共放つぞ!」

「ボクはそれぐらいじゃ死なないけど、そんな魔力の無駄遣いしないの!! キミのそれは隙がでか過ぎるから、今使っても簡単に避けられちゃうよ」

「・・・・・・ふん」

 空間を侵食していた雷轟が消えた。研ぎ澄まされた殺意が消え、閑散とした空気だけが流れた。

「ホント、キミって気が早いんだから。時間はたっぷりあるんだから、存分に戦わないとつまんないよ」

「そうだな。なら仕切り直しだ。女、貴様はワタシが相手だ」

「・・・・・・そうですね。ワタシも、貴方にそう言うつもりでした」

 殺意こそ消えたが、空間を塗りつぶすかのような敵意は未だ張り巡らされている。

「ジーン、何があった?」

「ワタシにもわかりません。ずっと庭にいましたが、突然結界が崩壊して、彼らが侵入してきました」

 結界が消失して、ほんの数秒間の戦闘。その殺気だけで人を殺せるぐらいの戦闘。これが、―――幻想騎士同士の戦い。

「だとすれば、あちら側の小細工かなにかか・・・・・・」

「こんばんわ、眠り姫。ジューダス、ジーン。そして使い魔。結界を敷くだけならまだしも、骨董魔具や古代魔具を使って補強するなんて、芸が細かいんだね。でも、()()の力ならそんなのどうってことないんだよ」

「坊や?」

「―――そうだよ」

 後方、その上。上空から聞こえた声に一斉に振り向いた。

「宗―――次郎」

「久しぶりだね、ねぇちゃん。死んでなくて安心したよ」

 屋根の上に立つ宗次郎は唯々笑っていた。その顔を見たときに、全身を悪寒が襲った。あの笑顔は知っている。黒く光るその笑顔は、()()()()()()

「宗次郎、あなたやっぱり―――」

「おっと、勘違いしないでよねぇちゃん。ボクは初めからボクだ。あちら側に堕ちた訳でも寝返った訳でもない。ボクは初めっからあちら側の住人なんだよ」

「そんな・・・・・・」

「ボクを取り戻すための戦いと思った? 残念、それは見当違いだよ」

 挙げられた右手には朧に殺意が沸いていた。

「使い魔と契約できたんだ。今のねぇちゃんなら()()()()()? ボクの力がさ」

 爛々と輝く殺意。空間を歪ませて収束されるその魔力が、腕そのものを一本の剣のように研ぎ澄ます。

「"魔灯剣エクスキューショナーソード"だと!? まさか、それであの結界を破壊したというのか!?」

「そうさ。あなただね、この家にあんなつまらない結界を張ったのは。ずいぶんと誤魔化しが施されていたみたいだけど、ボクからすればお遊びもいいところだ」

「なんだと!?」

「あれって、オバサンから習った結界でしょ? 前に見たことあるんだよねー、それって。古代魔具もあんなに引っ張ってきて頑張ったみたいだけど、結局無駄骨だったね」

 カラカラと笑う新生のアクマ。月夜に輝くその右手は殺意に溶け、研ぎ澄まされた殺意は空間を飲み込んで溶ける。

「クゲン、ロキ。存分に楽しむんだね」

「はぁああああああああああああ――――はははははっはぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっ―――!!」

 クゲンがジーンへと駆ける。その猛襲を、剣一本で捌いていく。


「・・・・・・へぇ、クゲンみたいに跳んで来ないんだね」

「フン、いつまでもお前のペースに乗せられる訳にはいかないんでね。この前はずいぶんと泥を塗らされたものだ」

 口ではああ言っているが、ジューダスの顔は鬼の形相のように怒りが混ざっているのがわかった。ジーンはジューダスの戦闘の邪魔にならないように、クゲンを誘導しながら裏庭へと離れていった。それでも、地面や石垣は破壊され、すでに戦闘の傷跡は深刻なものだ。



_go to "r.v.w act I, dive".

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ