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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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8th day.-2/戦慄組曲 - AEON ANIMA -/永遠の魂



「―――ここで、あってるよね」

 ジーンに渡された地図に記された場所に到着した。門前にはポツンと小さな小屋が建てられている。ここに付くまで密集して生えていた木々はなく、円形に草原が広がるように綺麗な空間だ。けれど、その中心に立つ小屋は今にも崩れ落ちそうにボロボロだった。

「それにしても、すごいよ夏喜。家の敷地にこんな場所があったなんて」

 なにもない。そう、一言で表すなら、ここには何もないのだ。草とちょっとした花と、今にも崩れそうな小さな木製の小屋。草も背が低く、閑散としている。

「なんか、どこかに似ている気がする」

 この場所についてから違和感を覚えた。違和感と呼べるような感覚ではないけど、どこか、懐かしい感覚がある。見たことも無い場所で、足を踏み入れたのも今が初めての空間。それでも、私の感覚の中では、初めてなんて気がしなかった。

「・・・・・・まぁ、いいか。今はそんなことよりも、結界を完成させることが先決なんだし」

 小さな草原に建つ小屋へと歩みを向ける。予想していたよりも、小屋には物が溢れていた。

 イメージ的には。朽ちた階段に、張りぼて並の壁板、床板も抜けて、柱には虫食いの痕があるものだと思っていた。

「誰かが、使っていた形跡がある・・・・・・」

 つい先日まで、ここを誰かが使っていた様な使用感が漂っている。床に埃やゴミはなく、壁だって綺麗にしている。外からみた小屋とは真逆なほど使用感に満ちている。壁も柱も補修され、小屋の中心には数多くの実験器具らしきものが散乱している。

「でも、だれが?」

 考え付くのは、―――一人だ。

「でもあの子、こんなものがあるなんて一言も言ってなかったし、あの子がここに訪れる理由がわからない・・・・・・」

 時々フラッといなくなって、気づいたら帰ってきていて、時々何をしているか判らなくなることがあったが、もしかしたらここに来ていたのだろうか。あの子は、夏喜について、何かを知っていた?

「・・・・・・そうだ、これを設置しなくちゃ」

 ジーンに渡された紙を見る。設置場所は、小屋の中心にある台の下。その床下。たくさんの実験器具が置かれた台を退かす。かなり重いと思った台だが、私一人でも動かせるほど軽かった。床には小さな穴があり、ちょうど手に持っている古代魔具が入るほどのものだった。

 古代魔具を設置すると、青白い光を放ちながら、穴を中心に、小さな魔法陣らしきものが浮き上がってきた。魔法陣の周りは熱を持ち、床を焦がしている。

「すごい。魔法って、案外何でもありなんじゃないの?」

 光が消える頃には、床一面に熱の焦げで大きな魔法陣ができていた。元々、この小屋全体が魔法陣の役割をしていたのだろうか、綺麗に描かれた陣はどこか芸術的な凄味を感じさせる。

『―――マスター。設置完了しやした?』

「うん、終わったよ。残りはジーンがやってくれるらしいから、私は戻っていいの?」

『いいっすよ。ダンナの方も終わったらしいっすから、二人で待っておいてくだせぃ。オイラはジーンが終わり次第仕上げにはいりますから』

「わかった。がんばってね」

『了解しやした』

「・・・・・・よし、それじゃあ、戻ろうかな」

 台を元に戻して、小屋を出る。ふと、小屋の戸を開けたときに入ってきた光に、ピカッと反射するものが視界に入った。

「なんだろう―――」

 戸の側に付けられた小さな円形の窓。その元に置かれた小さな本棚に、一冊の本が置かれていた。いつかみた、もう使い物にならなくなった黒いハードカバーの本とは逆に、白い表紙の本。本の縁は黒い金属で装飾され、英語らしきもので刺繍がされている。

「―――『Aeon Anima』。・・・・・・これ、英語じゃなくてラテン語だ」

 以前夏喜から聞かされた覚えがある。たしか―――

「―――『永遠の魂』」

 それに近い意味だったと思う。本を開いてみれば、すべてラテン語の様な文字で書かれていた。もちろん私にはラテン語なんて読めない。もっとも、英語で書かれていても、日常会話が少しばかりわかるだけであって、洋書を読むほどの知識は無い。

「・・・・・・でもなんか、懐かしい」

 私がまだこの家に引き取られて、宗次郎にだって心を開けていないときに、夏喜が読んでくれた本。内容なんて全然覚えていないけど、懐かしさを感じる。

「・・・・・・ここにあったんだ。どうりで夏喜の部屋を探しても見つからないはずだよ」

 以前、何度がこの本を探したことがあった。私が"人"を取り戻し始めた時、とてもヒマを持て余している時だ。することがなくて家の探検ついでに、この本を探したことがある。なぜこの本だったなんて覚えていない。そんな読めもしない本を、その時は夏喜の部屋にあった本棚をほとんどひっくり返して、夏喜に叱られた事もあった。

「懐かしいね、夏喜。あなたが唯一私を叱ってくれたのって、この本の時だけだった」

 パラパラと、読めない本を捲っていく。百ページぐらいのラテン語の本は、ところどころ夏喜の字で言葉が書き加えられていた。それも日本語だろうが、今では滲んでしまって読むことは適わない。


***


 少し悩んで、この本を持って帰ろうと思った。ラテン語の本なんて私には読む予定なんてないけど、夏喜が大切にしていたものだ。こんな人がこないような小屋にあるより、ちゃんと保管しておいたほうがいいだろう。もし私がラテン語を覚えたときにでも読んでみたいものだ。




///




 少し道(?)に迷いながらも母屋に戻った。遭難するような所ではなかったが、如何せん裏庭が広すぎる。もはや裏山に等しい敷地に疑心暗鬼な道なりを歩いて戻ってきた。庭にはジューダスが一人だけがおり、庭にも、いくつかの骨董魔具(アンティーク)古代魔具(アーティファクト)が置かれ、小さな魔法陣を形成していた。

「―――戻ったか、アオイ」

 ジューダスは庭全体に溝を彫り、そこになにやら流し込んでいる。

「ジューダス。なにしてるの?」

「ここが結界の中心になるからな、今は"進化"の魔法陣を敷いているところだ」

「あっ、アルスがいっていた仕上げってこういうものなんだ」

「ああ。骨董魔具と古代魔具は魔法陣の補強に過ぎない。アルスには外回りにある"五大元素"と"退去"の印を結んでもらっている。中心になるものと結界を閉じるものは、直接地面に()()()()()ほうが強力になるからな、こうして陣を描いているんだ」

「でもそれ、なに流し込んでるの?」

「これは銀と水銀を混ぜ合わしたものだ。純性の水銀のほうが効率はいいが、この時代にそんなものを仕入れるのは金と時間がかかりすぎる」

「へぇー。でも、銀と水銀なんてどこからもってきたの? それも夏喜の部屋?」

「だいたいはな。足りない分はいくつかフォークとナイフを使わせてもらった。ナツキの趣味だったのか、この家には銀製品が多かったからな」

「げっ。どおりでフォークとナイフの数が少ないと思ったら、ジューダスが持ち出していたのか・・・・・・」

「なにか問題でもあったか? 生活に支障のないようにいくつかは残しておいたが」

「いや、問題はないんだけど、一応声かけてほしかったかな」

「ああ、そうか。すまなかったな、使わせてもらっているぞ」

「いや、使われてから言われても・・・・・・。まぁ、いいか。今日のためだものね。仕方ないか」

「相変わらず順応するのが早いな、お前は」

「それ、あの人も言われた。その順応性には脱帽だってね。全然うれしくないよね、そんな皮肉なんてさ」

「それを、お前が悔やむ必要なんてないさ。それがお前の特性なんだろう」

 ジューダスはやさしく私の肩に手を置いた。

「安心しろ。今日ですべてが終わる。この結界も、お前と坊主がまた一緒にこの家で住めるように敷いているようなものだ」

 傷だらけの騎士が言った。過程がどうあれ、結果を与えてくれるのが彼らの役割だって。だから、彼らは私のために戦ってくれる。それなら、私は少なからず幸せなのだろう。それでも―――

「・・・・・・ねぇ、ジューダス」

「なんだ?」

 一瞬だけ、気持ちが揺らぐ。ずっと心に秘めていた。私のために戦ってくれる彼ら。宗次郎のために戦ってくれる彼ら。夏喜のために戦ってくれた彼。そんな彼らを、この戦いのために呼んだなんて、思えない。

「やっぱり、私も戦いたい」

「急に何を言う。お前はこちら側に来てはダメだ。戦闘はオレとジーンの役割と言っただろう。お前が死んでしまっては元も子もない」

「わかってる。わかってるよ。わかってるけど・・・・・・、私のために、あなた達が傷つく姿は、やっぱり見たくない」

「アオイ・・・・・・」

「私は・・・・・・、私だけ逃げるのはいやなの。宗次郎は私の家族なのよ。その家族を、私だけ傷つかないなんて、やっぱりいやだ。蒔絵のときだってそう。宗次郎はきっと、苦しんでる。苦しんでるあの子の手を取りたいの」

 あの日の夜、私の腕をへし折った宗次郎の拳は、敵意にあふれていたのかもしれない。でもそれは、きっとあの子の意志ではない。蒔絵のときのように、ロキに何かを仕掛けられている。なら、同じ轍は踏まない。

「大丈夫。私は死なない。私は負けない。だから・・・・・・、私も戦わせて」

「―――ホント、お前らはそっくりだな」

「えっ?」

「そっくりだよ、お前とナツキはな。以前のナツキと同じ目をしているよ」


「昔、一人の子供を守るための戦いがあった。相手は悪魔に魂を売ったナツキの元同胞。戦うのは酷だった。オレは一度退くべきだと言った。それでも、ナツキは諦めなかった。勝てるはずのない相手だったのに、アイツは逃げなかった。そして、結果としてナツキはその悪魔を退けた。その戦いには多くの犠牲があった。ナツキの仲間や、関係のない人もたくさん死んだ。あの時のオレは生きている心地がしなかったほどだ。それだけの苦難を、アイツは最後にたった一言で終わらせて笑っていたよ。『ほら。言った通り、生きてるだろ』ってな。お前は、あの時のアイツと同じ目をしているよ」

「それじゃあ・・・・・・」

「それでもダメだ。今回は状況が違う。ナツキ自身は魔術師であったが、お前はそうではない。自分から前に出ることはするな。一人になることは許さない。―――オレと一緒にいろ。そうすれば、万が一にも死ぬことはないだろう。お前にはアルスだっている。一人で戦おうなんてするな」

「・・・・・・それって―――」

「話はこれで終わりだ。そろそろジーンとアルスも戻ってくる。夜の準備をしておけ」

 そう言って、ジューダスは作業を再開すべく踵を返した。

「ただいま戻りました、アオイ」

「お疲れ、ジーン。居間で休んでいて。なにか飲み物入れてくるから」

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」

「ジューダスもなにか飲む?」

「オレは後でいい」

「そっ。わかった」

 ジーンと一緒に居間へ戻った。


///


「・・・・・・」

「―――なんであの話をしたんスカ?」

「アルスか。いや、なんでだろうな・・・・・・」

「? ダンナにしては、らしくないっすね」

「ははっ。そうだろうな。オレだって思うよ。―――オレはな、同じ過ちを犯そうとしている」

「そうっすか? 以前とは違うっすよ」

「違うからこそだ。お前でも気づかないか、一番オレとの付き合いが長いだろう」

「んー、そうっすね・・・・・・。特には―――変わらないっす」

「そうか・・・・・・。そうだろうな」

「何がっすか? 先と矛盾してません?」

「・・・・・・オレはな、あの時ナツキを止めるべきだったんだ。ナツキの傍らにいたお前だって気づいていたはずだ。戦況は変わっているはずなのに、オレ自身が変わっていない事実が問題なんだよ。戦いに勝つことが、全てじゃない。勝ってこそ手に入れるものはある。だが、アイツはそのために自分自身の"誇り(ココロ)"を殺した。それでは、意味がない。そうだろう?」

「・・・・・・そう、っすね」

「アイツにとって、ココロを殺すことがどれだけ危険なことなのかは、アイツ自身が一番知っていたはずだ。アオイも、アイツと同じだ。アオイもきっと、アイツと()()()()()()()()。オレはそれを止めることができるのかが心配だ」

「マスターは大丈夫っすよ」

「そうだといいが・・・・・・、嫌な予感がするんだよ」

「心配しすぎっすよ、ダンナは。マスターの側にはオイラがいます。幸い、マスターはオイラを律する術がない。同じことはさせませんよ」

「・・・・・・オレの杞憂だけですめばいいがな」




_go to "tonight, tonight, tonight".


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