7th day.-8/目覚めの朝、決意の朝 - 前夜 -/EVE
「ただいま」
「ただいま戻りました」
家に着くころにはすっかり日は暮れ、月明かりが空を照らしていた。
「ああ、おかえり。遅かったな」
「少し、ジーンと寄り道してきたの」
「そうか。だがすでに日は暮れている。そろそろ気を引き締めておけよ。あいつらだって、約束を守るかは定かではないからな。フライングで今日にでもくるかもしれないぞ」
「ジューダス、そんな冗談は笑えませんよ」
「いや、一重に冗談とも言えないっすよ。信用に対する輩ではないっすから」
「アルスの言うとおりだ。魔術師の戦いは心理戦でもある。明日といっておいて、一日早く奇襲を駆けることも少なくはない。警戒するだけ、損はないだろう」
「そう・・・ですね。わかりました」
「とりあえず上がったらどうだ。毎度毎度、帰ってきて玄関で会話ってのもな」
「あっ、そうだね」
「アオイ。今日は早めに休んでいろ。明日は酷になる」
「・・・・・・うん、わかった」
「今日のうちから気持ちを落ち着けておけ。明日になって、お前が取り乱してしまったら、坊主はどうにもならなくなる」
「わかったよ。それじゃあ、ジューダス、ジーン。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい、アオイ」
「―――・・・・・・と言ったものの、さすがに寝るには早すぎるでしょ」
部屋に戻ってきて気づいた。日が変わるまでまだ五時間ばかりもあるのだ。だがしかし、特にすることがないのも事実だ。
「あれ? あれって・・・・・・」
一瞬、窓の外に見えた人影に視線を移す。窓から見える裏庭にアルスが一人で歩いていた。
「何してるんだろう。・・・・・・ふぁあ」
なんか、急に眠くなってきたな。しばらく非日常的なことが続いたし、二日近く寝込んでいても身体の疲れは取れていないのだろう。ジューダスがいっていたとおり、早めに休んでおこう。
「・・・・・・明日、か」
決戦へのカウントダウンは刻々と刻まれている。魂の蠢動を肌で感じ、血液の脈動を体内で感じる。きっと、蒔絵の二の舞にはさせない。眠りに着く意識の中で、再度自分自身に誓った。
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「―――おかえり、坊や。何してたの?」
「・・・・・・ロキか。別に。暇だったから館の周りを探検していただけだよ。太陽が出ているときはキミが外に出してくれないじゃないか」
「あはは、ゴメンね。キミはまだ不安定期だから、その身体と波長が合うようにしないといけないんだ。日の光は、今のキミには無駄な抵抗でしかないから」
「そんなの何回もクゲンから耳にタコができるぐらい聞かされてるよ」
「どうしたのさ? 心なしか不機嫌そうだね」
「心なしもありもないよ。そんなの、ボクが知りたいぐらいさ。なんでか知らないけど、起きてからずっとムシャクシャしてるよ。こんな気持ち、久しぶりだよ」
「へぇ。前にもあったんだ」
「何が言いたいのさ・・・・・・?」
「何も。ただ、あんまりムシャクシャし過ぎると、身体との波長がズレちゃうかもしれないから落ち着いてよね」
「・・・・・・わかったよ」
「素直なんだね、坊やってさ。キミにあの人の血が混ざってるなんて、今でも信じきれないなぁ」
「・・・・・・聞いても教えてくれないと思うけど、その"あの人"って誰なのさ? キミたちに関係ある人なの?」
「あるよ。もちろんキミにもね。事が落ち着いたら教えてあげる。今は―――」
「―――『波長を合わせろ』、でしょ。はいはいわかったよ。それじゃもう少し風にあたってくる。このままじゃ眠れそうにも無いからね」
「あらあら。困った子だね」
夜風に吹かれ、朱に照らされた月明かりに漆黒の闇が溶ける。その長い闇は、すべての影をも飲み込み、蒼く光る永久の闇は、静かにその眼窩の奥に眠っている。不吉なまでのその微笑みは、白い牙を闇夜に浮かべ、不協和音のコントラストは広がっていく。
そのシルエットは異界の国の猫のそれだ。唯々歪に、不吉に、悪寒を感じさせる。伸びる影は、その風に靡く闇は、さながら邪神の蛇。歪に広がる三日月は、さながら死神の鎌。見る人すべて、その容姿からは感じさせないような殺意に呼吸さえも忘れさせる恐怖を与えるだろう。
「―――相も変わらず、何も話さないようだな」
「キミこそ。面倒は全部ボクに押し付けちゃってさ、いいご身分だよねー」
「ワタシは童の世話は苦手なのだ」
「そんなこと言って、元太師様の台詞とは思えないね。少なくとも、ジャジャ馬の相手ならボクよりキミのほうが長けている思うけど」
「今は時代が違う。それに、ヤツはワタシの知るところではない。ワタシが受けた命は"抵抗勢力の削除"だ。"探索と奪還"の命はお前に在るだろう。童の世話もお前の管轄だ」
「はいはいそうでね。クゲンならそういうと思っていたよこの唐変木」
白髪と黒髪が靡く。二色の闇は際限なく、刻々と迫りくる時間を、その殺意を影に溶かし、闇の月を背に牙を研ぐ。その鮮麗された殺意は、それだけ周囲の風音をも断つ。
「―――虫の音を、聞いていた」
「? なにが?」
「虫の音は考え事にちょうど良い。・・・・・・ワタシはな、自らの存在を自身の手で消したのだ。鮮烈な風はワタシの身を裂き、猛烈なる血はワタシの身を溶かし、そして熱烈なる拳はワタシの心を砕いた。戦うだけの人生は、ワタシにとってなんだったのか。それを探していた」
「あの戦争は、キミが仕組んだものだろう?」
「ワタシは先人達の引き金を引いたに過ぎん。ワタシがいなくとも、どちらか双方の者の手によって、あの戦は始まっていたさ。三つ巴の形にならなかっただけ、悪がワタシだけになって良かったものだ」
「よく言うよ、敵も味方も見境なく策略と暴力で殺し尽くしたくせに。唯一の戦友も、キミの手で死んだだろうに」
風に、悠久な空に、白髪の雷が走る。魂の咆哮は、唯一誓ったはずの戦鬼の魂。
「ワタシは、あやつのおかげで身を消した。元々、同士だったものを、ワタシとの再会は殺し合いだと知って、ワタシは追った。そしてあやつはワタシに負け、ワタシは自分自身に負けた。――――――だから、ワタシは自分自身を呪うのだ」
「・・・・・・へぇ」
「魂とは己が存在意義だ。ワタシは幻想騎士となってそれを知った。我が存在意義は戦場にこそ。より強き者と戦うことが、ワタシにとっての救いなのだ。強き者との巡り合わせこそが、我が人生においての運命。この咆哮を、あの頃のように誤魔化すわけにはいかぬ」
風に靡く、白髪が逆立つ。雷を溜め込んだ身体に、バチバチと音を立てて、殺意が浮き出る。静電気を帯びた髪は、一本一本が針のように、その殺意を孕んで膨らんでいく。
「ロキよ。お前の目的がどうかは知らんが、感謝しよう。あれほどの存在、久しく見ぬ故、ワタシは自身を抑えきれぬ。どうせなら、今にでもヤツ等と交えたいものだ」
「ならその感謝ついでに、あと一日待ってくれないかな。恨みも原動力の一つってね。あいつらだって、こちらを全力で叩きたいと思ってるはずさ。なら、あと一日待てば、ボクらもあいつらも、思惑通りの戦闘になるよ」
「不死の苦しみより、これほど日の進みを愛おしく思うことはあるまい。久方ぶりに血が疼くわ」
黒髪のアクマと共に、白髪の表情が歪に裂ける。魂の咆哮は、その姿を雷に換え、闇夜を奔る。
_go to next day. "SUITE"




