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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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32/102

7th day.-7/目覚めの朝、決意の朝 - 紫煙 -/PURPLE HAZE




 外に出る。気づけば空はすでに茜に染まりだし、黄昏が刻々と広がっている。佐蔵が入院している病院から帰って来たのが13時あたりだったのだが、思ったより時間が進むのが早い。朱に染まりだした西空は皮肉にも、今まで見てきた夕日のどれよりも綺麗に見えた。

「それじゃあ、ワタシはここで失礼させてもらうよ。ここから少し寄らないといけない場所があるのでね」

 商店街を過ぎた辺り、公園の前まで菊を送った。

「わかりました。菊さん、今日はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ。妹の失態を恥じるのも兄であるワタシの勤めだし、蒔絵はキミのような友達がいてとても幸せだったと思うよ。綾君にもいろいろとお世話になってもらったというのに、大怪我を負わせてしまった」

「佐蔵君なら、すでに意識も取り戻して回復していました。今はまだ病院に入院していましたが、元気でしたからすぐにでも退院できると思いますよ」

「そうか。そのうち綾君にもお礼を言いに行かなくてはな。葵さん、それじゃあまた」

「ええ。お気をつけて」

 菊はすぐにも駅へ向かって歩き出した。その後姿は哀愁を感じさせ、戦いに馳せた漢の姿から、親族を失った哀しみの姿をも見せている。その姿を、私は菊が見えなくなるまでこの目に焼き付けた。

 もう二度と、友を失わないように。もう二度と、大切な人を失わないように。もう二度と、守りたい人を失わないように。そう、焼き付ける。

「アオイ。ワタシたちもそろそろ帰りましょう。日も落ち始めていますし、ジューダスとアルスが帰りを待っています。今日は、ゆっくり身体を休めましょう」

「うん、そうだね」

 西日が溶ける公園に踵を返す。悲しみに暮れている暇はない。時間は刻々と過ぎていく。あの惨劇が再び開かれようとしているのだ。私も、与えられた運命に背くことなんて出来ない。

 あの結果を、哀しみのまま終わらせる訳にはいかないから。あの辛さを、二度と味わう訳にはいかないから。彼らから再び現れるというのなら、彼らの思惑通りになる訳にはいかないから。

 だから、私は戦う。蒔絵がそうし続けたように、私は諦めない。

「・・・・・・ジーン。少し寄りたい所があるんだけど、いいかな?」

「寄りたい所、ですか。ええ、もちろん。言ったでしょう。あなたはワタシが護ります。あなたはあなたのしたいようにしてください」

「ありがとう。それじゃ、行こっか」

「はい」


 黄昏が静かに沈みだし、この場所がもっとも美しく輝く時間になる。この領域は、この時間だけはシンデレラのように、限られた時間だけ"美"を飾りだす。

「まぁ。これは、素晴らしい眺めですね」

 いつか見た、最愛なる友と共に眺めた夕日の町。いつか見た、黄昏に沈む、哀愁と輝きが満ちる町。

「ここね、蒔絵に教えてもらったんだ。ほら。病院で佐蔵君が言っていた場所だよ」

「そうなんですか。それにしても、絶景ですね」

 ジーンは静かに瞼を閉じた。その眼で何を見ているかは判らない。だけど、この場所に二人して立っていることの事実は、この安定しない気持ちを収束させる。和らいだ気持ちと覚悟を一つにして、悲しみを糧に明日の惨劇への力にする。

「風が、心地良いです」

 ジーンの髪が風に靡く。頬をなでる風は、朽ちた公園の周りに並ぶ木々の葉を揺らし、ざわざわと音を立ててすり抜けていく。

「このような場所は、初めてです。この山に、この町を眺めることの出来る場所があるなんて」

「蒔絵が言ってたんだ。諦めちゃったら、今までやったことが無意味になっちゃうから、だからちゃんとした結果が出るまで、納得がいくまでがんばって、てね。いつもいつも、私は蒔絵に助けられていた。だから、いつか私が蒔絵を助けれるようになればって思ってた。宗次郎も一緒よ。あの子には本当に助けられたわ。あの二人は、私を"人間"にしてくれたの。心も感情も記憶も壊れた私をあの優しい笑顔で救ってくれたの。だから、私は諦めない。私はこの景色と一緒に、蒔絵に誓うの。なにがあっても絶対諦めない。納得いく答えを見つけるために、どんな困難なことになろうと、絶対に諦めない。蒔絵も、最期までそうだった。あの子はずっと、諦めてなかった。だから、私もがんばるの」

「ワタシはジューダスに言いました。罪に溺れてはダメだと。溺れてしまえば、本来の目的も、手段も、得るはずの結果さえもすべて失ってしまうのです。しないで後悔するより、行って後悔した方がずっといい。その方が、悔やみに苦しむ必要がない。

 アオイ。あなたは強い人ですね。その歳で、すでに最愛な人を何度も失っている。その事実に朽ちることなく、あなたはこうしている」

「そんなことないよ。それは私が普通と違うだけ。本当は悔しくて、哀しくて、どうにかしちゃいたい気持ちはあるのに、自分自身を誤魔化して、気づいていない振りをしているだけ。本当の私は今にも折れ曲がりそうなほど悩んでいる。でも、そうするしかないと考えている自分がいて、悩んでいる気持ちをないものにしようとする壊れた感情があるから・・・・・・」

「いえ、あなたは普通の人です。歳相応の少女となんら変わりない。あなたは、決して反れた人間ではありません。ただ感情が不完全なだけで、壊れているわけではない。あなたが自分の感情が壊れているというのは、唯単に自分自身のことに気づいていないだけです。だって、あなたはこんなにも友のことを思い、弟のことを心配しているではないですか。本当に壊れてしまった人間というのは無気力なものです。行動する力があることは、あなたが人として生きている証拠ですよ。だからこそ、あなたは強い。それこそがアオイ、あなたの力なのです」

 静寂の茜空を、ゆっくりと時間が過ぎる。いつだって、私のそばには蒔絵がいた。学校に行くのも、外に遊びに行くのも、一緒に勉強するのも、いつでもそばには蒔絵がいた。出会って三年と経っていないのに、もっと幼い頃から一緒にいたのかと錯覚するほど、私にとって蒔絵は大切な存在だったのだ。蒔絵に出会うことによって、私は再び救われた。宗次郎と蒔絵の二人がいたからこそ救われたのだ。

「宗次郎と蒔絵はね、よく似ていたんだ。あの子達は人に好かれやすかったし、とっても世話焼きなの。学校で一人孤立していた私にも声を掛けてくれた。私の手をとってくれたの。宗次郎だってそう。普通と違う私を、姉としての立場も記憶も無い私に普通に接してくれた、壊れたものを直すことなんて簡単じゃないのに、あの子達は決して私を見放さなかった」

 風に濡れる、黄昏の西日は、静かにその時を終えようとしている。ゆっくり、だけど確実に西の空に沈みだし、東の空からは紫色の闇が昇り始めている。

「だから、私もいつまでも哀しみに暮れている暇は無いの。明日になれば、またすべてが始まって、終わるから。だから、私は明日のために、あの人達と戦う」

 静かに沈む光景に踵を返す。日に溶けるように、時間に溶けるように、風に溶けるように、私の時間は今、とても大事な場面に直面している。

「帰ろうか。そろそろ日も暮れそうだし、ここら辺街灯なんて無いから」

 ずっと傍らで景色を眺めていたジーンの手をとる。女性としてのジーンではなく、いつかくる、騎士としてのジーンの手をとる。血に汚れた手でも、こんなに暖かいのだ。人は、失くしたものを再び手に入れることが出来るのだ。だから、宗次郎は私が助けるんだ。

 ―――最後に。再び西日の風景に振り向く。いつか、ここで別れた友への最後の言葉。


「またね、蒔ちゃん」


 ―――うん。バイバイ、葵―――


 彼女の魂は、いつでもこの場所に残っている。それを知る人がいなくても、誰か一人でも、蒔絵が蒔絵であったことを知る人がいれば、彼女は救われるのだ。

「私、ぜったいに諦めないよ。見ていてね、蒔ちゃん。ぜったい、宗次郎を助けるから」

 そうして、日が暮れる山道を、騎士の待つ家路についた。




///




 ―――倖田の駅から電車に乗り、臆郷の辺境にある駅で降りた。倉山の屋敷から出て、時間にして実に二時間半。今の時代なら、大阪から東京まで行ける距離なのだが、この時間で進んだ距離は実に五十キロと満たない。そんな辺境な土地にはさすがに何も無く、駅も無人という状況だ。ホームの隅には一つだけ電球が取り付けられ、その電球もすでにその責務を終えようとしているのか、チカチカと断続的に光っている。

 ポケットの中からタバコの箱を取り出す。箱の中にはピースが一本だけ残っていた。タバコを取り出し口に咥えると、少し強めに吹く風を手のひらで覆いながら静かにその先に火をつける。紫煙が寒空に揺れ、少し冷えた寒空の下では、残り一本のタバコもうまく感じられる。

「―――長旅で疲れているだろうに、そのタバコは身体に毒であろう」

 電球のあるホームの端。まったくの明かりが無いベンチの上に一人の男が座っていた。大きなコートを羽織り、寒そうながら大きくベンチの上にふんぞり返っている。本来、三人は座れるはずのベンチも、この男のおかげで一人用の小さな椅子の様に感じられた。

「長旅だったからこそ吸うんですよ。これを吸うと、気分が安らぐんです」

「ほう。ならなぜ六年も止めていたものをまた急に始めたのだ? それに、以前はハイライトだっただろう。なぜそんなに強いものに変えた?」

「・・・・・・さぁ。なぜでしょうね。久しぶりに買うときに、なんとなくこれにしようって思ったんです」

「ふん。お前が何を吸おうかお前の勝手なんだがな、先輩として一つアドバイスをしてやろう。そのタバコだけはやめておけ。()()の真似しようとするのはいいが、身体を壊すだけだぞ」

「ご忠告感謝しますよ。でも安心してください。これから暫くはまた禁煙するつもりですから」

「ならいいがな・・・・・・」

 そういうと、男もコートの内ポケットから同じようにタバコを取り出した。菊が吸っているモノとまったく同じのピース。それもまだ開けていないものだ。

「また今度吸うときまでとっておけ。吸うなと言っといてなんだが、オレからの香典代わりだ」

 手元に投げられたピースを受け取る。菊はそのタバコを暫く見つめ、ポケットにしまった。

「まさか、これだけのためにわざわざここまで呼び寄せたんじゃないでしょうね?」

「そんなわけなかろう。―――お前、なんでまたあいつの家に行ったんだ?」

 男が言うのは、先ほど菊が訪れていた倉山邸のことだ。本来、魔法使いというものは自らがもつ情報は病的なまで口外しないものだ。自分が十年かけて集めた情報でも、それが一欠けらでも他人に知られると、今まで自分がしてきたことがすべて奪われる可能性だってある。本来造り得たはずの血系魔法をも奪われることだってある。だからこそ、暗黙の了解として魔法使いは無闇に他の魔法使いの家、すなわち本拠地には訪問しないものなのだ。

「彼女には謝罪しなければいけませんでしたから。妹の醜態を背負うのも、兄の勤めです」

「ふん。もう何年も顔を合わせていないのに兄だとはな。久々の再開がこんな形になるとは、酷なことだ」

「そうですね。でも、ワタシたちの家系はこんなものなんでしょうね。母も妹も、似たように境遇で生きていた。ワタシが二人を護るつもりだったのに、すでに護るべき人はワタシの前にはいない。すべて、ワタシの力不足です」

 風に紫煙が揺らぐ。菊は男の傍まで近づき、その狭そうなベンチに座った。

「あの家に久々に行きましたが、なにも変わっていませんでした。夏喜さんは、今でもあの子たちを守ろうとしていたみたいです。いないはずなのに、あの人特有の違和感が漂っていましたよ」

「そうだろうな。元々、誰とも混じろうとしなかった難しい女だ。そんなヤツが子を二人も養子にとったこと自体、オレは未だ驚いているよ。やはり、『zero』のことを?」

「ええ。すべて、教えてきました。あの子は、それを知った上で、戦おうとしています」

「・・・・・・困った子だな」

「ええ、そうですね。・・・・・・でも、そっくりです」

「なにがだ?」

「夏喜さんにですよ。あの子は、やっぱり夏喜さんの娘です」

「ふん。なにを言うかと思えば・・・・・・」

「あの子は、思った以上に強い子ですよ。それに、あの家には()()()()()()()。きっと、ワタシたちが加担するまでも無いでしょう」

「・・・・・・」

「なんだ。思ったより驚かないんですね?」

「まぁな。なんとなくだが、そんな気がしていた。だが、本当にいいのか?」

「ええ。手を貸すとは言いましたが、あれはあの子たちの戦いです。それをワタシたちが手を出すわけにはいかない。もしそれで勝ったとしても、あの子は納得しませんよ。それに、あの子はきっと自分たちの力で解決しようとするでしょう」

「・・・・・・あいつにそっくりだな」

「ええ。あの子も、根っからの負けず嫌いですよ。だから、ワタシたちはワタシたちの仕事をしましょう」

「ああ、そうだな。―――ほれ、お前に頼まれていたものだ」

 男はベンチの傍に置いていたアタッシュケースを取り出した。

「もっと使い勝手の良いものがあるというのに、本当にこれでいいのか?」

「いえ、ワタシにはこれがあっている。ありがとうございます。お礼は後ほど」

「いや、いいさ。これも香典代わりだ。香典をタバコ一箱で済ますほど、オレも冷酷ではない」

「でもこれ、・・・・・・軽く百万はくだらないですよ?」

「気にするな。もともと倉庫からパクってきたものだし、オレに金は不要だ」

「さすがですけど、本当に盗んできたんですか? 怖いですね・・・・・・」

「安心しろ。どうせ古いだけで、お前以外に誰も使いこなせん。責任はオレが持つさ」

「それじゃお言葉に甘えて。あなたはこれからどうするのです?」

「仕事に戻る。何もないのに日本になんてこないさ。またなんかあったら連絡してくれ」

「はい、わかりました」

 ちょうど話に決着が付いた頃、口に咥えたタバコの寿命が尽きたようだ。吸殻をベンチの傍の灰皿に入れる。

 タイミングよく下りの電車が到着した。電車の中には乗客は誰もいないが、これを逃せば明日の昼までここを通る電車は無い。

「それじゃあワタシはこれで。あなたはここに残るんで?」

「いや。オレにはもうすぐ迎えが来る。しばらくすれば来るだろう。じゃあな」

「はい。それじゃあ」

 電車に揺られ、菊は再び倖田の町へと戻っていった。電車が駅から出た頃、外には白々と粉雪が舞いだし始めた。

「今日も、寒くなるんだろうなぁ」

 コートの内ポケットからすでに開いているピースを取り出し、火をつけた。ちょうど、ポケットに仕舞っていた携帯端末のLEDに通知のサインが出ていた。画面に表示されたポップアップのメッセージが出る。

『――― TBL(意訳:おくれま~す) ―――』

「・・・・・・。ふぅ〜。やっぱり、今の電車で帰ればよかったなぁ」

 寒空の下、男は向かえが来るまでの小一時間、紫煙を揺らし続けた。



_go to "eve".



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