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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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6th day.-2/カオス - 懺悔 -/CONFESSION

<懺悔/CONFESSIO>






 ジューダスか、或いは神のみぞが知る懺悔は静かに幕を閉じた。ジューダスが口を開いている間、ジーンは一切の口を挟まず聞き続けた。そしてその終わりに、

「―――あなたは、まだそれについて悔やんでいるのですか?」

 一度だけ、優しく静かに問いかけた。

「・・・・・・あぁ」

 ジューダスはただそれだけ答え、再び暫く沈黙が木霊した。

「そうですか。―――ならあなたは、その悔やみからどうするつもりですか?」

 彼女は新たに問いかけた。その問に男は困惑からか沈黙している。

「・・・貴方はもっと自尊高い人だと思ってましたが、残念ですね」

「なっ!?」

 男の沈黙の中、彼女は自らの神剣を抜き、答を求めるように穂先を男へ向けた。

「聞きなさい、裏切りの聖者(イスカリオテ)

 彼女は彼をあえて()()で呼び、言葉を続けた。

「貴方は決して間違いを犯してはいない。ならば悔やむ必要は無いのです誰もあなたを罵倒する資格などないのですよ」

 彼女は力をこめて言った。手にも力が篭り、彼女は問うた。前を向けと、悔やみ続ける男に向けて唱え続けた。

「しかし、オレの所為で師もマキエも死んだ。"()"は絶対だ、戻ってきやしない」

「そうです。ですが、それはあなたの咎ではない。歯車の一つでは有りましたが、だからこそ前を向きなさい。あなたにはその足がある、その体があるではないですか」

 彼女は先ほどより強く言い放った。

「人というのは教訓を得る事のできる生き物です。幻想騎士(ワタシたち)も同じ、生前の過ちは侵さない。そのために契約を得たのではないですか。再び同じ過ちを犯したくないと思うのならば、なおさらです」

 今度は優しく、静かに説いた。

「悔やみを盾に、失敗を剣に。その失敗がその人にとっての恐怖になる。それだけで人は過ちから教訓を得る事ができるのですよ」

 ジーンの瞳に力が灯る。その言葉は、優しくも、力強く、ジューダスの心を鼓舞している。

「―――やっぱり、お前は優しい奴だな。お前が凡百な前世を過ごしていれば、きっと周りはお前に救われ、幸せだったかもしれない」

「ええ。以前父にも同じことを言われた事があります」

 窓から静かに風が吹き出した。『悔やみを盾に、失敗を剣に』。これは彼女の考えの一つだろう。男は静かに頷き、立ち上がった。

「誓いなさい。三度(みたび)過ちに悔やまないと。アオイを護り、ソウジロウを助け出すと。前を向き、その使命を果たすと」

 彼女は再び剣を翳し、力強く問いかけた。

()()として、同じ過ちを犯さず、悔やまず、盾と剣へ決意を翳し、次なる戦いも乗り切ると」

「―――あぁ、そうしよう。今はオレたちに託された使命を全うする事を」

 悔やみを盾に、失敗を剣に。ジューダスはその胸に大きな決意を新たにした。



///



 ―――夢ってのは所詮夢であって、現実でなければ空想でもない。暗闇に広がる夢幻はいつになっても晴れることを知らない。それもそうだ、夢というのは当人の潜在意識に左右される。醒めないのなら私自身がそれを望んでいないだけ。

 あの時、ロキも言っていた。『願望が世界へ還元される』と。それこそは夢も同じだ。醒めないというなら、私がそう願わないだけ、私が拒絶しているのだ。夢自体、どうすることもない。

 ―――なぜ拒絶するのか。答えは簡単だ。目が醒めてしまうのが怖い。ただそれだけだ。夢の覚醒が意味するのは惨劇の再開。私にはこれ以上の惨劇に耐えうるだけの覚悟はない。ただ、それだけだ。

「・・・・・・辛いよ」

 そう。唯々辛い。覚悟を決めていたはずなのに、やっぱり私は弱い。蒔絵が刀を構えていたときも、ジューダスと刃を交えていたときも、ロキへと反撃していたときも、私の心の奥底では蒔絵を救えるはずだと思っていた。そう望んでいた。手が届きかけただけに、あの事実は私には残酷すぎた。

「やっぱり、・・・・・・私には宗次郎を救うことなんて、できないのかな」

 蒔絵と同じ事実を背負うだけの覚悟は今の私にはない。この先、宗次郎を求めていると、他の凄惨な結果になってしまわないかと恐怖する。それならきっと、私は今度こそ壊れてしまう。それは人として、感情が完全に壊死するだろう。

 だったら、このままこの渦と一緒に消えてしまいたい。この意思を持たない生命と世界の混沌の中に消えてしまってもかまわない。―――そんな、気がした。


「―――夢ってものに囚われすぎると、それだけで君自身が壊死してしまうよ」

「へっ―――?」

 懐かしい声がした。ここには私以外なにもないはずなのに、背後から長い間聞いていなかった声がした。

「―――夏喜・・・?」

「やぁ。久方ぶりだね、葵」

 いつか別れた、夏喜の姿がそこにあった。私の覚えている夏喜の姿で、あの日、家を出た時の姿の夏喜だった。

「・・・・・・どうして?」

「どうして、と問われればこれが君の夢だからって答えようかな」

 静かに笑う義母。暗闇にうっすらと現れた夏喜は唯々当然の様にその場に佇んでいる。

「と言っても、わたしはとっくに死んでしまっているんだけどね」

「・・・・・・夏喜。あなたは―――」

「いいよ、言わないで」

 静かに上げた腕で私の言葉を制する。その顔はそれらを語るように、静かな笑みは消えていた。

「・・・・・・君たちには酷な事をしてしまった。今回のあちら側の行動は予想外だった」

 ―――予想外。その言葉はやっぱり、今私に降りかかっている惨劇について、その事実を知っていた。

「―――わたしはね、君には後悔をしてほしくなかったんだ」

「・・・そうね。残念だけど、しっかり後悔してるわ」

「そうだろうね。だからこうして、君と会っている」

 静かに流れる時間を、久しぶりの再開の余韻も虚しく、自分自身に与えられている事実が大きく覆いかぶさる。やっぱり、夢は夢だ。死した者があたかも当然のようにいる時点で、これは夢でしかない。それでも―――

「夏喜。あなたはこれを私の夢だと言ったわ」

「そうだ。それが問題でも?」

「それなら、あなたがここにいることは不自然でなくて?」

「どうしてそう思うんだい?」

「今の私は馬鹿みたいだけど、自分自身を拒絶している。そうでもしなければ、この夢はとっくに醒めているはずだもの。私は自分に課せられた事実に恐怖しているの。今の私に、それを受け止められる覚悟はない」

 ―――そう、覚悟なんてない。覚悟するだけなら、自己を切り捨てれば簡単だ。それだけに、自分自身に降りかかる損害は大きい。自分を偽り続けて、与えられた答えに背いて、間違いを正当化する。そんな覚悟、今の私にはできない。

「そんな私が、なにか別のことを望むこと自体ありえないんじゃない? ここが私の夢であるのなら、今の私が望むものは何もないわ」

「・・・・・・まぁ、そうだろうね。君自身が望まない事は心理的に夢として発現されない。本来ならわたしは君の前に現れることはないかもしれない。―――ただ、君は本当にそう思っているのかい?」

「・・・・・・」

 夏喜の言葉が重く響く。私自身の心の弱さを、的確に突いてくる。

「君自身、実際は助かりたいんだろう。真実を知りたいと思っている、宗次郎を助け出したいと思っているはずだ。違うかい?」

「違わない。でも―――」

「それ故に、君は恐怖している。現に君に与えられた真実は、すでに君のキャパを大きく超えてしまっている。それだけで、君は自分自身を受け入られなくなっているはずだ。

 君たちには今回のことをすぐにでも教えたかった。君たちの未来だ。それが予期せぬ方向に進むのなら、それを正すのが仮であっても親の務めだろう。だが、それが間に合わなかった。こちらとしても余裕がなかった。だからわたしは君たちにジューダスたちを遺した。彼らは、宜しくやっているかい?」

「・・・・・・えぇ。よく助けてもらってるわ」

「そうか、それはよかった。やっぱり彼は見込み通りだったようね。ジーンも彼の助力になってくれると思ってね。あの二人は似た者同士だ、お互いに足りないものを補完しあっている」

「・・・・・・」

「君は、彼の事が許せないのかい?」

「・・・・・・そうなんじゃない。ジューダスも最後まで蒔絵を助けてくれるように最善を尽くしてくれた。ただ結果がああなってしまったけど、彼自身に落ち度はなかった、はず―――」

 そう。ジューダスに責任はないはずだ。初めは蒔絵を"殺す"覚悟を決め、その神鎗を構えた。だが、彼も最善を尽くし、助けようと善処した。だから―――彼に非はないはず、それでも―――

「・・・・・・やっぱり、・・・・・・ヒック――――辛いよ・・・・・・」

 覆る事のない結果に、とめどなく涙が溢れてきた。助ける事のできなかった蒔絵を、巻き込んでしまった蒔絵を、私は自分の無力さを呪って、今こうしてここにいる。私は、初めからこの事実を受け入れられるだけの覚悟なんてなかった。今までは心の所為にして誤魔化してきたけど、蒔絵も佐蔵もそれによって巻き込んでしまった。私にはそれに耐えうる覚悟なんて、ない。

 溢れる涙を押し殺し、自暴自棄になった心に開き直る。所詮私には彼らに立ち向かうだけの力はない。これ以上周りを傷つける事を、なにより私自身がこれ以上傷つく事に恐怖している。

「それで自分から心を閉ざした、と。そういうわけかい?」

「・・・・・・えぇ。たぶん、そうなるでしょうね」

 蒔絵が精製していた氷の塊が地に堕ち、その衝撃で頭をぶつけたところまでは覚えている。きっと、そのときに意識を失った。あのあとの展開は私にはわからない。

「君はこれ以上自分自身を傷つけたくないから、宗次郎も同じ結果になってしまうのが怖いから、そう言うんだね?」

「・・・・・・えぇ」

「そうか。なら君は、――――――これからも逃げ続けるのか?」

「―――」

「君は自分自身にそう言い聞かして、自分を誤魔化し続けて、自己を正当化しようとしている。だから都合の悪い事は心の所為にして、事実から逃避している」

 答えが出ない。確かに私は自分を誤魔化して、正当化しようとして、心を閉ざした。あのショックは最大級の核爆弾にも匹敵するほどだ。あれは私の世界を容易に崩壊させた。だから私の世界はあちら側にはない。そのはずだ。

「・・・・・・葵。今の君に事のすべてを教える事は無理のようだ。わたしはね、君には後悔してほしくない。今ここで夢に負けてしまったら、君は一生後悔し続ける事になるんだよ」

「・・・そんな」

「そんな事を言い続けていると、守るべき者は永久に君の前からいなくなってしまうよ。君をまだ護ってくれる者はいるんだ。君はわたしと違い、帰るべき場所がある」

 帰るべき場所。守るべき者。護ってくれる者。そのすべてはこの世界(ゆめ)には存在しない。そのすべてはあちら側にある。そのすべては私の気持ちとは裏腹に、希望を達成させようとしている。そのすべてはきっと、私の心とは別の―――

「『願望は世界へと還元される』、それを達成させなさい。君はまだ、こちら側に来るべきじゃない。帰るべき場所があるのなら、帰りなさい―――」

「なっ!? ちょっ、ちょっと待って!! あなたにはまだ―――」


「―――それじゃあサヨナラだ。機会があればまた会おう」



_go to next day. "HELLO, WORLD"

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