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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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24/102

6th day.-1/カオス/CHAOS

<カオス/CHAOS>


 ―――雨の、・・・・・・音がする。ポツポツと、冷たい雨は静かに、(から)の世界を満たしていく。それは許されない、自分自身に課せられた罪の形。

 ―――誰かの、・・・・・・泣く声がする。雨の音に溶ける様に、風の音に消える様に、その小さな涙は大地へ返る。私はきっと、贖いを続けていたのだろう。償いを続けなくてはいけないのだろう。

 冬の節に降る雨は冷たく、降るはずの雪をも溶かして降る。―――それは朱に染まる、骸の月。




カオス/6th day.




 ―――衝撃の日は暮れ、新しい日はすでに落ち、外は再び薄暗くなってきていた。少女が気を失ってからすでに半日以上が過ぎ、未だに目を覚ます様子は見られない。それどころか、幾時間前から熱が上がり始めすでに四十度近くまで上がっている。呼吸も次第に荒くなり、皮膚は赤くなりはじめ、額には汗が噴き出している。

「・・・・・・ジューダス、アオイの容態はどうですか?」

 部屋の扉が開き、ジーンが入ってきた。少女の傍らにはジューダスが一通り介護をし、落ち着いた様子で座っている。

「うむ。熱の上昇も頭の傷もとりあえず治まって落ち着いてきてはいる。だがまだ意識が戻りそうにない。こいつの意識が戻らないことには、今後の対策が立てづらいからな。あまり時間は無いが、アオイが起きるまで待つしかないだろう」

「そうですか・・・・・・。外の様子を見てきましたが、現状では気になる変化は見当たりませんでした。今はまだ安全のようですが、警戒はしておいたほうがよいでしょう」

 ジーンはそれっきり黙りこんだ。傍らで荒々しく呼吸をしている葵を気遣っているのだろう。それとも、ただどうすべきか困惑しているだけか、ジーンは沈黙した。

「・・・・・・アルスはどうしている?」

「アルスならアオイのご友人の入院している病院へ行っています。あなたが緊急で治療魔術をかけてはいましたが、あれはさすがに魔術的な損傷が大きすぎたため、時間を駆けて浄化する必要があると言っていました」

「そうか・・・・・・。やはり、あの少年にも酷なことをした」

「・・・・・・えぇ。あの時、彼もマキエを探していました。アルスが暗示をかけて近寄れないようにしていましたが、どこかで脱いだのか、あの場には肝心の上着がなかった。それが最大の不運であり、ワタシとアルスの落ち度です。貴方まで責任を負う必要はないでしょう」

「・・・・・・」

 再び沈黙が部屋中に木霊する。ジューダスは先の戦闘での結果に悔やんでいるのか、その背中は淡く、脆いものを感じる。

「―――お前は、何も聞かないのか?」

 長い沈黙の末、ジューダスはそれを解いた。

「・・・・・・なにをです?」

「オレは葵の友達を救いきれなかった。ロキの策略に乗せられて一度は覚悟を決めた。だが、結果として最悪なものとなった。それに、お前にはオレの真名を含めて、まだ教えてないことは山ほどあるのだがな・・・・・・」

「それについてはワタシが尋ねることではありません。ワタシにとって貴方はワタシと同様、ナツキに託され、アオイに呼び出された騎士です。それ以上でもそれ以下でもない。ワタシはただ、貴方がアオイを支えてくれるかわかれば十分です」

「―――優しい奴だな、お前は」

 今度はジューダスが沈黙した。

 ジーンは少し驚いていた。戦いの中では非情になる男。先の戦いでも、相手の容姿に関係なく、その刃を掲げてきた男が、自らの行動に悔やんでいる。彼女には、彼が戦いの中で、自らの行動を悔やむような男には見えなかった。それを、男は今まで見せたことの無い表情で悔やんでいる。

 彼は、結果として間違った行動をしたようには思えなかったからだ。あれは誰に責任を押し付ける事のできない事だ。唯一責任を追及するとすれば、その事件を発生させた者だけ。だがその者も、唯々自らの牙を研ぐだけで、こちら側の困惑を解消してくれるわけではない。その結果として、自らの主は後遺症からか意識が戻らないでいる。

「―――それなら、一つだけ尋ねます。貴方は今、何に対して悔やんでいるのですか?」

 その言葉を聞くと男は初めてジーンの方を向いた。今日一日、ずっと後姿だけを見てきた気がするぐらい、男の顔には今日一日の印象が無かった。

「―――二度目、なんだよ」

 しばらく沈黙が流れた後、男は静かに口を開いた。

「なにがです?」

「自らの行動を悔やんだのをだ。確かに、生前から今までに悔やんだのは何度もあった。だが、こんな気持ちを持ち、こんな悔やみ方をしたのは二度目なんだ」

 男は静かに語りだした。それはまるで、教会の神父に向けた、懺悔のような語りだった。



///



「―――ここ、は・・・・・・」

 目の前には何処までも広がる黒い影。地平に始まりはなく終わりもない。空間に上もなければ下もない、座標の存在しない世界。

「―――あぁ、そうか・・・・・・」

 ここは私の夢なのか、そう納得してしまう。夢とは精神面で大きく派生した潜在意識が発現される。私の世界(ゆめ)の大部分は宗次郎と蒔絵で構成されていたのだろう。その二人が消えたとき、私の精神生命は崩壊した。佐蔵も蒔絵の手で大きく傷ついた。私の周りでは負の連鎖が今でも広がり続けている。

「暗くて、広いなぁ・・・・・・」

 ―――そう、暗くて広い。これが私の世界なのか。空間に限りがなく、入り込めるものは無に等しい。構成する世界は脆く、容易く崩れ去る。壊れた世界、壊れた私の夢、これが私の今の現状だ。

 ―――暗い。暗く、限りなく、深い、闇の世界。この深く、暗いまどろみの中は混沌に似た『生きる』意志を持たない生命に満ちている。

 私自身を取り囲む暗闇には、姿は見えないけれど確かに生命が存在していた。それらの存在には生命の方向性(ベクトル)が不確かで、それらは唯々渦を巻いて消えるだけ。暗く見えている渦からは時折、小さな生命が飛び出していった。だけどそのすべてがすぐに消え去ってしまう。

 この暗闇に渦巻くすべての生命はどこかすべての人間に似ている気がする。世界の流れに身を任せ、そのまま命尽きて消えたり、世界に背を向けてその環境に耐えきれず消えていく。

 今の私は世界に背を向けた者たちと同じなんだろうか? 課せられた事実に恐怖し、それに耐え切れずこんな暗い渦の中にいる。私が目指すものや憧れるもの、捨てていったものは全ていらないものだったのだろうか。この目や髪や身体や十年前に負った傷は、全部無意味だったのだろうか。

「もう―――戻れないのかな・・・・・・」

 心の中の不安は大きい。宗次郎は闇に堕ち、そんな中で蒔絵は死んだ。

 ―――私が巻き込んでしまった。ただ普通に生きて過ごしていたはずなのに、私が蒔絵をこちら側へ巻き込んでしまった。その犠牲、蒔絵は死んだ。そのくせ、私だけ『普通』を目指そうなんて、虫のいい話だ。私にはそれが耐えられない。佐蔵も大きく傷ついただろう。もしかしたら死の淵に立たされているのかもしれない。これは私が巻き込んでしまった罪だ。周りの人を巻き込んで犠牲にしてまで宗次郎を助け出そうなんて、私には出来ない。もし周りを犠牲にし続けて宗次郎を助け出したとしても、きっと宗次郎は喜ばない。私だってきっと後悔する。

 ―――だから、それだけは私には出来ない。左腕の痕を見る。痛みはなく、ただ腕全体に大きく広がっている。蒔絵の死を知った時に酷く痛み出したが、今は静かに眠っている。

「これから―――どうなるのかな、私・・・・・・」

 静かに時が流れる黒い闇。何もする事はなく、時間だけが静かに流れた。



_go to "confession".


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