14th(13th) day.-18 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 世界が終わる頃に弔いの喇叭は響かない - /REQUIEM EVE
「―――なんだ、これは・・・・・・」
確かに貫いた、銀色の弾道。宗次郎から奪った『鍵』と『釘』を取り込み、自らが『扉』を開こうとしていたアーネンエルベに胸の真ん中に、魔力弾が穴をこじ開けた。
最後の魔力弾はジーンとノーウェンスの戦いの余波で喪失した、はずなのに。その威力は健在であり、いかなる障害も突破していた、あの魔力弾のようだった。
手に残る衝撃も、痺れも、私の知るものだ。なら、アルスはまだ、私と一緒にいる。
「あ、ありえない・・・・・・。この身体が、―――傷を癒せない、だと・・・・・・!?」
いくらかのダメージになればと思って、私の覚悟を魅せつけられればと思っていた弾丸は、まるで聖槍のような不治の傷を負わせていた。
「貴様、何をした・・・・・・。いまの弾丸は、貴様のものじゃ、ないはず!」
向けられた金色の穂先が、私目掛けて疾走する。視界が捉えたビジョンを、身体が反応するだけの余裕がない。私に死を想像させるには十分すぎる一閃が、―――
―――神話の槍がそれを撃ち落とした。
「ジュー、ダス・・・・・・?」
目の前に現れた大きな壁。そう思わせるほどのジューダスの背中が、私の前に立っていた。腹から穿たれた傷は背中まで貫通し、止まらない血がジューダスの身体を汚している。
「イスカリオテ・・・・・・、貴様も、まだ私の邪魔をするのか!?」
光のような閃撃。もはやそれを数えるのは不可能なほど、アーネンエルベは確実にジューダスを討つために聖槍を振るう。ジューダスはそれを力強く弾いていく。
「づっ―――!」
「ジューダス!!」
けれど、満身創痍のジューダスでは、全てを捌けるだけの力はなく、右肩と左太ももに新たな刺し傷が増えた。それでも、決して膝は折れず、再び構えた神槍の穂先に魔力の電気が跳ねる。
「すまない、アオイ。動けるようになるまで時間がかかってしまったが、話はすべて聞こえていた。だが、アーネンエルベ、貴様は一つ思い違いをしている」
「なに・・・・・・?」
「黒き星を使った『星間飛行』なら、確かにこことは異なった世界に到達できるだろう。だが、世界の理は、星を超えたくらいでは変わらない。調律を乱すには不十分だ。呪いとは、元凶が変わらなければ、解呪なんて決してありえない。貴様に降り掛かった誘惑は、貴様自身の問題だ。あちら側に至ったところで、貴様は一人だ!」
「黙れぇえ―――!」
自らの計画の全否定に、怒りに任せた一撃。力を込めた一閃を、ジューダスが神槍の刃で弾き、地面へと押さえつけた。穂先が残光の帯を携えてその輝きを眼に焼き付ける。
「それに、貴様は『鍵』と一緒に、アレイスター=クロウリーの第二魔法の結晶を取り込んだな。あの男が、貴様の計画に完全に気付かなかったと思うか? 踊らされていたとしても、最後の最後まで、自分を蚊帳の外にしたその話に、何もせず傍観していたと思うのか? その胸の傷が、その答えだと、なぜ気付かない!!」
「ぐっ―――!」
聖槍を戻そうとしていたアーネンエルベの胸へ、神槍ブリューナクの穂先が突き刺さる。深い傷に血が吹き出、激痛に表情を強張らせたアーネンエルベの腹を蹴り、無理やり神槍を引き抜いた。
「まさ、か・・・・・・クロウリー卿が、私を・・・・・・」
「どっちが先かは、オレたちには関係がない話だが、つくづく不運な男だな、アーネンエルベ。計画の行く末が世界の粛清ならば、きっとうまくいっていただろう。だが、『星間飛行』を選んだ時点で、貴様の負けだ。最後の最後まで、貴様の計画とやらは、無様に失墜したということだよ」
「だ、ま・・・・・・れ・・・・・・」
傷が癒えない。先程までのアーネンエルベとは別人のようだ。
不死であるだけで、ただ、そこに生きているだけの、死なない身体。終わらない苦痛に、もはや立つだけでも痛みが生まれる。
「ゴホッ・・・・・・」
「ジューダス! しっかり!!」
口から大量の血を吐き、ジューダスが蹌踉めいた。神槍を支えに立ち上がるも、どちらも、立っているだけでも奇蹟なほどの重症で、両者の足元に流れる血が混ざり合う。
「・・・・・・なぜだ。なぜ失敗した。私は、この黒き星は、私の答えじゃないのか。なぜだ。なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだっ!」
「醜く吠えるな。貴様にそれを吹聴した者にでも聞くんだな」
それが誰なのかは、―――2000年前の惨状は、私たちの与り知らぬ事。
「貴様は、世界の端子の成り損ないでしかない。初めの頃なら、同情の余地はあった。祀り上げられ、生殺与奪の権利すら奪われた被害者だ。だが、誘惑を受け入れたことが天秤を傾けた。ヒトの域を超えたのなら、それは貴様の罪だ。貴様だけが背負う十字架だ」
「綺麗事を言うな・・・・・・」
「何度だって言う。貴様は失敗した。見ろ。黒き星が、『鍵』を探しているぞ!」
ゆっくりと大きくなっていく空間に浮かぶ黒い穴。初めはコインほどの大きさだったのに、すでに人の大きさほどになっていた。大きくなるにつれて、周囲の物質を飲み込んでいく。
まるでブラックホールのように、際限のない暴食は、アーネンエルベに引き寄せられるようにゆっくりと動き出し、それに伴い壁や床がゴリゴリと削られていった。
空気すら吸い上げるかのように、穴に向かって風が吹く。次第に強くなり、台風のように強くなっていく。
立っていられない。体勢を低くすると、横たわる宗次郎が穴に向かって引き寄せられており、思わず宗次郎を守るために堰となり、耐えしのぐ。
「ここまで来たら、結末は変わらない。この『扉』は、『鍵』を求めたさまよい続ける。堕ちてもらうぞ、アーネンエルベ」
そう言って、ジューダスは身体を落とした。
頭を上げた神槍。穂先には、それこそ眩いほどの魔力が収束されている。全身を血で濡らそうとも、立つことすら困難になろうとも、その眼に、その手に、力が衰えることはなかった。
「なっ、貴様、その身体で魔術を使うなど、どうしても死に急ぐというのか!?」
「オレはもう、長くない。ロンギヌスの呪いに打ち勝てるほど、世界はオレに優しくない。だが、答えは得た」
そう言って、ジューダスがこちらに向けた横顔は、何かを悟り、覚悟し、―――為すことを為そうとしている。
「アオイに出会えてよかった。辛い思いをさせ続けて、すまない。だが、お前なら、大丈夫だ。オレはいつだって、お前と共にいる」
「ちょっ、ちょっとまって、ジューダス―――」
ジーンと、同じだ。自らの終わりを悟り、覚悟し、それでいて決着をつけようとしている。
ダメだ。止めなければ。足が動いてしまえば、もう届かない。また、別れすら奪われてしまう。
「ありがとう。そして、さよならだ」
行かないで。その言葉よりも先に、ジューダスがアーネンエルベへと失墜する。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
アーネンエルベの絶叫は、絶望か、渇望か。だが、容赦なく疾走する雷の刃。ジューダスの表情には、なにが篭められていたのか。
その一閃は、吸い込まれるように、アーネンエルベを押し込むように―――
「――――――かくあれかし」
黒い穴が消え去ったときには、高まった心音だけが響いていた。
――――――なにかが、落ちる音が聞こえる。
「これは―――」
青い、蒼天を切り取ったような青い石が落ちていた。
夏喜が私に遺した、赤い宝石とは違うもの。宗次郎が持っていた、青い宝石。形こそ同じで、色だけが違う。
肌見放さず持っていた赤い宝石は、ジーンと共に消えたのだろうか。わずかに消えた繋がりが、そう物語っている。
けれど、目の前に落ちた青い宝石は、きっと、宗次郎が持っていたままの形で戻ってきた。
「ぐっ、すんっ、―――――――――あ゛ぁああああ・・・・・・」
ジーンと宗次郎の時とは違う別れに、無意識に涙と声が溢れ出した。
泣いた。声が枯れるまで泣いた。
泣いた。大声を上げて、見境もなく泣いた。
泣いた。涙が枯れるまで泣いた。
泣いた。未練を残さず、涙で先が曇らないようにと泣きつくした。
むせび泣きがすすり泣きに変わる。どれほど泣いたかは、もはや覚えていない。
傍らに眠る宗次郎を抱き寄せる。冷たく、青白くなって眠る宗次郎を宝石と共に抱きしめた。
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