残り99日
「ではここを……柏木さん、朗読お願いします」
自分の名を呼ばれた少女が席を立ち、淡々と教科書の文を朗読していく。
「え、なに、見惚れんの? アゲハ」
「なわけあるか。昨日、あいつが話しかけてきたんだよ」
「嘘でしょ!? 僕でも話したことないのに」
後ろの少年が驚愕の目で俺を見た。この会話に特別なことなど何一つないが、彼女に至ってはそうではないのだ。
この少年の名は白鷺健人。簡単に言えばクラスのアイドル、八方美人、皆の愛され者、そういった類の存在だ。
その健人すら話したことのない未知の少女。
それが――柏木花蓮だ。
入学当初から常に一人。誰と関わることもなく、最低限の会話しかしない。いつも何を考えているのか、何をしているのか、まったく理解できない存在。さらに無駄に長い髪のせいで顔すらまともに見たことがない。結果的に今はクラスの空気と成り果てている。……そういえば昨日は髪を上げて結んでいたな。死の宣言が衝撃すぎてそんなことも気づけなかった。
「まあ、僕がいないといつも一人のアゲハとは、何か親近感を覚えたんじゃない?」
今日は特に彼女と話すことは無く、一日が終わった。
残り99日