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身代わり姫の小指

作者: utu-bo

800年生き続けるお姫様がいました。美しい顔とglamorousなstyleは800歳とは思えないものでした。


 身代わり姫。


 村人達はそう呼びました。


 身代わり姫の手は優しい手。


 村人達はそう歌いました。


 病気で苦しんでいる人に身代わり姫が手をかざします。すると、苦悶の表情がゆっくりと安らぎ、苦しみが消えていき、病気が治ってしまいます。

病気だけではありません。心に突き刺さる深い苦しみも身代わり姫が手をかざせば、消えてしまいます。

 身代わり姫はというと、体を通り抜ける苦しみに呻きを漏らして、その場にうずくまり、数分後、何事もなかったかのように立ち上がって、家へと帰っていきます。


 家の中で身代わり姫は鏡を見つめます。


 ああ〜、美しすぎる〜。


 鏡に映る自分の美しさに吐息が漏れます。


 誰かの苦しみを体に取り込むことで、身代わり姫の細胞が活性化し、化学反応を起こします。


 anti-agingが起きるのです。


 身代わり姫は自分がanti-agingするために、村人達が苦しみ続ければいいと思っています


 村人達は苦しみから解放してくれる身代わり姫を神様のように崇めて、お供え物を欠かしません。


 こうして、身代わり姫は働くこともなく、年を取ることなく、美しいままで、もう800年生き続けています。


 村人達は子供を授かって、年を取って、死が訪れて、子供が親になって、代々、身代わり姫を崇めて、生き続けています。










 ある日、身代わり姫の噂を聞きつけて、帝国の王がやってきました。


 噂に違わぬ美しさよ。


 王は身代わり姫の腕を掴みます。


 我が帝国の為に存分にその手をかざしてもらおう。


 そう笑って、身代わり姫を帝国に連れていってしまいました。





 帝国の目的は世界征服。その為に年中戦争を起こしてます。他国に攻め込んで、領土を奪い、人民を奪います。領土が増えれば、そこに眠る資源を掻きだして、新しい兵器を作ります。人民が増えれば、奴隷として、兵士として教育し、さらに戦争を拡大させます。


 しかし、戦争に必要な兵士はいつも怪我だらけです。


 そして、女子供は殺せないという軟弱な兵士もいます。


 帝国の兵士ともあろうものが、怪我で入院したり、情けをかけて、見逃した女子供に寝首をかかれるなんて、そんなことはあってはいけない。


 身代わり姫は世界のあらゆる苦しみを消してしまうことができるという噂。


 では、我が帝国の兵士の怪我を、苦しみを消してみせよ。


 王は身代わり姫を戦地の前線に連れていきます。


 大砲が空を焦がします。


 爆弾が大地をえぐります。


 残酷な光景が当たり前のようにありました。


 俺の脚があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 身代わり姫の前に傷付いた兵士が転がります。


 兵士には脚がありません。


 肉が焼ける臭いが漂います。


 吐き気をこらえて、身代わり姫は手を兵士にかざします。


 痛みに騒いでいた兵士が急に静かになります。歪んでいた表情が緩やかになっていきます。


 これを奇跡というのでしょうか。


 兵士の脚がゆっくりと再生していきます。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 骨。


 血管。


 筋繊維。


 脂肪。


 皮膚。


 爪。


 computer graphicのようにreality溢れる映像でした。


 兵士達は唾を飲みました。目の前で起こった奇跡に兵士達が我先にと身代わり姫に群がります。


 死にたくないと願う兵士は身代わり姫がどんな怪我も直してくれるからと安心して、戦争に出かけます。


 女子供は殺せないと言っていた兵士も女子供を殺した後、身代わり姫に心に突き刺さる深い苦しみを消してもらいます。



 兵士達は安心して戦争を続けます。


 兵士達は安心して、女子供を殺します。


 どんな残虐行為でも平気です。


 身代わり姫が全部、治してくれるから。





 帝国の軍隊は不死の軍隊。無敵で、冷酷な軍隊が他国を侵略します。領土を奪って、人民の命を奪って、世界を帝国色に染めていきます。


 身代わり姫は毎日、手をかざし続けます。苦しみが体を通り抜けるたびに、細胞が活性化し、化学反応が起きて、体がanti-agingします。そして、毎日、鏡を眺めます。


 ああ、美しすぎる〜。


 鏡に映る自分の美しさの為だけに、身代わり姫は手をかざし続けました。



 あともう少しでした。世界が帝国色に染まる寸前でした。帝国の兵士がいつものように身代わり姫に群がります。


 さあ、いつものように苦しみを消してくれ。


 さあ、いつものように俺達を救ってくれ。


 さあ。


 さあ。


 さあ。


 身代わり姫はいつものように手をかざします。でも、何かが違いました。苦しみが体の中に入るのだけど、通り抜けていきません。


 苦しい。


 苦しい。


 苦しい。


 苦しいまま。


 体に苦しみが飽和して。


 皮膚の内側が焼けるように熱くて。


 体の中の肉が焦げる臭いがして。


 目。


 鼻。


 口。


 耳。


 毛穴。


 顔に存在する穴から真っ暗な闇が溢れて。


 美しかった顔も歪んでいきます。


 兵士達は醜悪な身代わり姫に悲鳴をあげました。




 化け物だ〜!!




 誰が化け物?




 あたし?




 歪んだ顔を傾げて。


 水溜まりに映る自分を見ました。



 真っ暗な闇が目から。


 真っ暗な闇が口から。


 こぼれ落ちて。




 これがあたし?




 あたしぃぃぃぃぃぃぃぃ!




 身代わり姫の奇声が空をえぐって。


 身代わり姫の体が空に届くほど膨らんで。


 真っ暗な闇が空を覆い尽くします。




 パチン。




 風船が弾けるように。




 身代わり姫の体が弾けて。




 真っ暗な闇が世界中に降り注ぎます。



 帝国の王も。



 帝国の兵士達も。




 身代わり姫の真っ暗な闇の中に消えてしまいました。




 弾けた身代わり姫の体の破片が。


 真っ暗な闇を取り込んだ破片が。


 大地に突き刺さり。


 幾つかの国ができました。


 再び、世界は分裂しました。






 そんな昔話が在るんじゃ。



 呪い婆が手の中で乳白色の物を転がしていました。呪い婆の前には青年が立っています。



 あらゆる嘘も飲み込んでしまう。


 あらゆる痛みも飲み込んでしまう。


 あらゆる苦しみも飲み込んでしまう。


 これが世界中に散らばった身代わり姫の小指じゃ。



 呪い婆が下品に笑い、青年は冷たく笑います。青年は呪い婆から身代わり姫の小指を左手に取ります。



 本物か?



 青年が口を開き。


 呪い婆が嬉しそうに頷いて


 そろばんをパチパチと弾きます。


 青年は若き政治家。


 腹黒い老人達が牛耳る世界。


 若き政治家はその底辺の存在。


 大砲が焦が空をしています。


 爆弾が大地をえぐっています。


 領土を奪い合って。


 人民がいがみ合って。


 身代わり姫の真っ暗な闇が今も世界を分断していました。


 青年は思います。


 偉くなろう。


 偉くなって。


 世界のtopに立って。


 世界を正しく導こう。


 でも、真っ直ぐなままでは偉くなれない。


 どんな嘘も飲み込めるほどの強さが必要。


 罪悪感の欠片も感じないほどの強さが必要。


 さもなくては、偉くなれない。


 だから、この身代わり姫の小指が必要なんだ。


 そろばんを弾く呪い婆の頭が。


 スイカの如く不意に弾けます。


 呪い婆は音もなく地面に倒れました。


 呪い婆の亡骸を足蹴にしても。


 若き政治家は何も感じません。


 若き政治家の右手には銃が握られていました。


 左手には身代わり姫の小指が握られていました。


 銃口から硝煙が流れます。


 身代わり姫の小指がほんのり熱くなります。


 若き政治家は初めて人を殺しました。


 でも、胸は痛みません。


 みんな、身代わり姫の小指が飲み込んでくれたみたいです。



 どうやら、本物みたいだな。



 若き政治家はしっかりと身代わり姫の小指を左手で握ります。


 これで、どんな嘘も飲み込めます。


 罪悪感の欠片も感じることはありません。



 この身代わり姫の小指で偉くなって。


 この世界を正しく導こう。



 若き政治家は嘘にまみれて。


 罪悪感の欠片も感じることはなく。


 世界のtopを目指します。





 世界は相変わらずです。


 大砲が空をこがしています。


 爆弾が大地をえぐっています。



 あの若き政治家はどうなったのでしょうか?


 偉くなったのでしょうか?


 世界のtopに立ったのでしょうか?



 いえいえ。



 若き政治家は嘘を飲み込んだまま。


 罪悪感の欠片も感じないまま。


 腹黒い老人会の仲間入りをしたそうです。




 やはり、永遠に世界は変わりません。












【おしまい】


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