その日、僕は人ならざるモノと出会った
桜の花が咲いてはいるが、見ごろにはまだ遠い。春というには寒く、冬というには温かい三月のある日のことだった。
その日、僕は新たな街を散策していた。これから住む街を見て回ろうと思ったからだ。
新居から歩いて十分ほど歩いた雑木林の中に神社を見つけた。鳥居には小湊神社というボロボロの看板がかかっている。僕はその神社に吸い込まれるように入っていった。
境内は参道以外は雑草が生えており、手水舎の水には枯葉が浮いている。手入れされていないことは明白だった。雑木林で木陰になっているからか、とても寒く感じる。一番奥の木造の建物の前までやって来た。ボロボロだが、おそらくこれが本殿だろう。賽銭箱に五円玉を投げ込んで一礼する。
風が吹いた。風の冷たさに身を震わせる。風は本殿の方から吹いてきているようで、隙間風のピューという音が聞こえてくる。その音に交じり、すすり泣く声が聞こえてきた。泣き声は本殿の裏手から聞こえてきているようだ。僕は本殿を迂回し、裏手へと向かった。
裏手は雑木林に直接つながっているようで、まだ昼間だというのに薄暗く、苔の匂いがするジメジメとした場所だった。そんな場所に一人の女性がうずくまっており、背中越しではあるが泣いているのがわかる。女性は巫女服を着ており、この神社の巫女さんかもと思ったのだが、すぐにそれは違うと理解した。
この女性は人ではない。もっと違う何かだ。
怖くはなかった。僕は幼い頃からこういった人ならざるモノがみえていたから。
「あの、どうかしたんですか?」
うずくまっている背中へと近づき、声をかける。女性が顔を上げた。長い黒髪の隙間から黒い大きな瞳が僕を見据えた。頬には涙の跡があり、目にはまだ涙が溜まっている。ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうな瞳だ。
「キミ……アタシのことがみえるの?」
今にも消え入りそうな小さな声。僕よりも年上の女性だ。じっと見つめられ、少し照れてしまう。
「キミ、人じゃないよね?」
女性はうるんだ瞳をこする。そして一度鼻をすすると、女性は言った。
「アタシ……アタシは、誰?」
それが、僕とまつりさんの出会いだった。