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第1部

ヘッドライトの光が、アスファルトの上に立ち尽くす私に突き刺さる。

ああ、本当に体が動かないものなんだ。

私ってこんなことで簡単に死んじゃうんだ。

……私の人生、短かったな。

次の一瞬に待ち受けている死の光景が頭を埋め尽くす。

それまでのごくごく短い時間の中で、自分の人生が目の前を駆け巡ってゆく。


──そして、最後の最後に思い出したのは。

「……キミは、本当に」

最後の最後で、私は気づいた。キミに、奪われたもののことを。

その刹那、とてつもない轟音が、私の体を粉々にして貫いていった。


***


雪のちらちらと舞う大きなスクランブル交差点。

眼の前の幅の広い横断歩道を、何台もの車が絶え間なく通り過ぎていく。

僕が、どうしてこんな場所にいるのかわからなかった。ここに来るまでの記憶が抜け落ちてしまったような。

突然目の前に交差点が現れた、というのが今の感じている感覚に一番近いかもしれない。どうやって、なぜ、自分がここにいるのか全くわからなかった。


ふと自分の右手の方に目をやる。そこには小さな花束が握られていた。

勢いよく通り過ぎていく車の起こす風で、白い小さな百合の花がちらちらと花弁を揺らしていた。

不思議、だった。今の自分はこの状況を別に不安だとは思っていなかった。

そこになんの不自然さも感じていなかった。当たり前のことにさえ思えるくらいだった。

たぶん僕は夢を見ているのだと思った。それならここでどんな不可解なことが起ころうと何もおかしいことはない。


それに、幸いなことに今いる場所は別に全く見知らぬ場所でもなかった。

家から電車で数駅行ったところにある大きな駅のすぐ近く。帰り方だってわかっている。

この横断歩道を渡りきる頃には何かが変わっているだろう、そんな程度にしか考えていなかった。

ただじっと、目の前の信号が青になるのを待つ。


じっと立っていると雪とともに寒さが体にしみる。

もう春も近いのに、とつぶやいた声は白い息になって周りの音にかき消されていった。

周りを見渡すと、みな寒さに耐えながら信号が変わるのを待ちわびていた。

みんなどこか不満そうな顔をしてそこでじっと固まっていた。


眼の前ほんの数メートル先のところをトラックが轟々と音を立てて走り抜けていく。

足元に目をやると、車道と歩道の境目ギリギリに立っていたことに気付く。

後ろはいつの間にか人で溢れかえり、目の前には猛スピードで走り去っていく車。

眼の前に一歩足を踏み出せば、あっという間に僕は死んでしまう。

足元のほんの数センチの段差。簡単に踏み越えられる生と死の境界。

そんなものが目の前に存在している。そう考えると、ほんの少し胸の鼓動が早くなった気がした。


横断歩道の向こうに目をやる。遠くに見える信号はまだ赤のままだ。

そのまま頭上の自動車信号に目をやる。ちょうど青から黄色に変わったところだった。すべりこもうとする車がスピードを上げて交差点に突っ込んでくる。周りの人たちもそれにあわせて、横断歩道をわたろうと、ほんのすこしざわめき始める。

もう少しすれば、この眼の前の境界は消える。

そんなことを考えながら、まばらになっていく車の流れを見つめていた。


そんな時、だった。誰かが僕の肩をつかんだ。

そして振り向く間もなく、道路に向かって、その境界の向こうへと強い力でもって僕を突き飛ばした。


「君はあのとき死ぬべきだったのに」


体が道路へと傾くその瞬間、そんな声が聞こえた。

そして、目が合う。僕を殺そうとする誰かと。

やっぱりこれは、夢だ。悪い夢に違いない。

……だって僕を突き飛ばしたやつが、僕と同じ顔だなんてあり得るわけがないじゃないか。

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