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ダメ人間フェチ


 その日の晩。

 俺が自室でいつものようにゲームのコントローラーを握っていると、ノックもせず入ってきたパジャマ姿の静凪が、すぐ隣にひざまづいて耳元に囁きかけてきた。


「お兄ちゃん、お・ふ・ろ。入って?」


 わざとらしく吐息を吹きかけるような、熱のこもった囁き。

 いきなりやられるので思わず背筋がゾクッとする。

 

「普通に言えないのかお前は」

「んふ、今ビクってなった? お兄ちゃんかわいい」

 

 俺が無言で静凪の肩をぐっと押しのけると、静凪はぶーっと口をとがらせて一度立ち上がり、ベッドの上に腰かける。

 足をブラブラさせながら手に持っていた棒アイスを口にくわえて、ちゅぱちゅぱと時間をかけて唇と舌でなめまわし始めた。

 毎度毎度汚い食い方をする奴だ。

 

「お前髪乾かしたか? 布団濡れるだろ」

   

 静凪はチビのくせに腰ぐらいまで届くムダに長い髪をしている。つやつやとしたご自慢の髪だ。

 髪をあまり切りたがらないくせに、乾かすのはめんどいと言う。


「いい匂いするでしょ? シャンプー変えたの」


 静凪は俺の質問には答えず、ベッドを降りて背中におぶさるようにのしかかってくる。

 匂いはともかく風呂上がりで体温が上がっていて、非常に暑苦しい。


「そうだな、思わず鼻息が荒くなるな」

「でしょ~んふふ」


 俺は全く呼吸を変えずに言うが、静凪は満足そうに息を吐きながら、ぐっと上半身を横にスライドさせる。

 そしてくりくりの大きな瞳で俺の顔を見つめながら、アイスの先を鼻先に突き出してきた。


「はい、あーん」

「いらん」

「あーん」


 背中に圧力がのしかかる。どうやら食わないと解放してもらえないようだ。

 仕方なくパクっと一口かじると、 


「おいしい? 静凪ちゃんの唾液」

「生々しい表現をするな」

「じゃあ直接する?」


 静凪はそう言うと、ずいっと形のいい小さな唇を近づけてきて、目をつぶった。

 俺が無視してテレビ画面に視線を戻すと、静凪はニヤニヤと笑って、


「くすくす、ジョーダンだよ。やだぁ、おにーちゃんたらそんな慌ててぇー」

「いや何もしていないんだが……」

  

 静凪はことあるごとにこうやって俺をからかおうとしてくるが、それで俺がつられるような要素はない。

 まあ俺の妹であるだけ見た目は十分可愛い部類に入るのだが、発育が遅れているのか成長限界に達しているのか、体のあらゆるところが未発達である。ロリである。そして何より実の妹である。

 残りのアイスを一息に口に放り込んだ静凪は、ゲームをしている俺の横顔をうっとりとした目でじーっと見つめながら、


「んふふ、必死になってゲームして、かわいい」

「ああ、萌えキャラだろ?」

「うん。ほっぺにちゅってしていい?」

「ダメ」

「けち。でもゲームばっかりしてるとダメニンゲンになっちゃうよ?」


 静凪も例に漏れず、弥月や真奈美から変なことを吹き込まれている。

 俺がダメニンゲンだというのは、あなたの感想ですよねなんかそういうデータあるんですかなわけにもかかわらずだ。


「大丈夫だ、ウチは静凪がしっかりすれば問題ない」

「うんうん、静凪ちゃんがダメダメなおにーちゃんの面倒をちゃんと見てあげるからね~」


 と言って静凪はよしよしと俺の頭をなでてくる。

 これまた男をダメにする子だ。将来悪い男に捕まりそう。もう捕まってる? またまたご冗談を。

 

 とまあ見ての通り天性のイケメンである俺は、妹からもモテモテである。

 実際は知らんが静凪の中ではお兄ちゃん大好きブラコン妹がブームらしく、それがずっと続いている。


「でもさすがに妹はなぁ……。静凪はなんかこう、好きな男子とかはいないの?」

「んふ、気になる~? 心配しなくても静凪はお兄ちゃんのこと好きだよ? 安心した?」

「まあこれほど優れた兄が身近にいれば、他の男が目に入らないのは仕方ないが、度が過ぎると近親相姦になってしまうからな。というか気持ち悪いぞ。そもそも俺のどこが好きなんだ」

「え~? なんかダメなとことか、かわいいとこ。からかって遊べるとこ。あと下を見て安心できるとこ。顔がかっこいい。まあまあ好み」


 顔が好みじゃなかったらヤベーやつじゃん。しかもまあまあとかって完全に上から目線。

 ていうかそれ好きっていうかただのオモチャじゃ? 何か学校でストレスとか嫌なことでもあるのかお兄ちゃん心配です。

 とはいえこれ以上あまり舐められないよう、俺は唐突なモテアピールをすることにした。


「実はお兄ちゃん、今日女子からラブレターをもらったんだけど」

「ふぅん、見せて? ビリビリにするから」

「静凪ちゃんはどうしてそんなことをするのかな」

「だから前も言ったでしょ? 友達とかがお兄ちゃんかっこいいねって言うけど、中身はダメダメだからってちゃんと言ってあげてるって。みんな見た目にだまされないように」

「ふーん、ホントにそんなことしてたんだーふーん」


 前に言われた時は、まさか冗談だろうと思って流したのだがね。

 中学のとき何か俺を見てコソコソ笑う女子がちらほら見受けられたのは、あれは被害妄想ではなかったということかな。

 ちょっと泣きそうになりつつも平静を装う俺の顔に向かって、静凪は胸を張ってみせる。

 

「ミスマッチを起こさないようにしてるの。静凪みたいなダメ人間フェチでない限り、お兄ちゃんに合わせられる人なんていないから」

「そんなフェチ聞いたことないんだが」

「ん~? なんだぁ口答えするのかぁ~」


 静凪は俺の頬をぐいぐいと軽くつねると、あぐらをかく俺の後ろから無理やり抱きついてきた。

 そのままぐっと引き寄せられ仰向けに倒され、ぎゅっと首を締め付けられるように両腕でホールドされる。

 そしてにやり、とさも楽しそうにこちらを見下ろしながら、静凪はやたらめったらに俺の頭を撫で回し始めた。


「ほらほら、甘えてもいいんだよぉダメおにーちゃん」

「お前だろ甘えたいのは、苦しいわ、いいからやめんか、離せ……離れろって!」


 するとその時、コンコン、と部屋のドアをノックする音がした。

 そのとたんに静凪は猫のようにぱっと飛び退いて、俺から距離を取る。

 直後、部屋に入ってきたのは弥月だった。すぐに静凪を見とがめて、

 

「あら、珍しい。静凪ちゃん、どうしたの?」

「べ、別に……。早くお風呂入れグズって言いに来ただけ」


 静凪はさっきまでとは別人のような低いトーンでそう言うと、ゴミを見るような目でこちらを見下ろしてくる。

 反射的に謝ってしまいそうなキッツイ眼光である。マジで実はこっちが本性なんじゃないかと疑ってしまうぐらいの。


「静凪ちゃん、今日学校大丈夫だった? 遅刻しなかった?」

「ちゃんと計算してるから大丈夫」


 ギリギリまで寝ていられる時間を計算しているらしい。ホンマかいな。

 だが実のところ、静凪も弥月のマネだか知らないが、成績優秀で非常に頭のデキがよい。

 弥月が努力型だとすると、静凪は天才型。こいつは寝てばっかいてろくに勉強をしている様子はないのに、なぜかものすごい成績がいい。

 おわかりのように俺と二人のときは割と頭が弱い感じなのだが、学校では基本しっかりしているらしい。すぐ寝オチする以外は。


「泰地、いいからはやくお風呂入って!」


 静凪は俺に向かってキレ気味にそう言うと、バタン! と荒々しく扉をしめて出ていった。

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