マナミー
「エミリちゃん、お姉ちゃんの部屋見せてあげるね! お菓子もい~っぱいあるからね!」
静凪が長年連れ添ってきたお兄ちゃんを無視して、俺からコンビニの袋をひったくりエミリの腕を引いてウチに入っていく。
お菓子あげるからね、からの拉致現場を目撃したわけですが通報したほうがいいですかね? えっ、俺が先に捕まる? ご冗談を。
当のエミリはちらっと俺に謎のドヤ顔をした後、ノリノリでくっついていく。
もう知らねーぞとその後をついてウチに入っていくと、早速玄関先で洗濯物を抱えた真奈美にでくわした。
「あら、金髪……? 誰だいその子は?」
「静凪の妹だよぉ」
「はあ?」
真奈美はエミリの姿形をジロジロと見た後、なぜか俺にどうなってんだい? と言わんばかりに視線を送ってきた。
「あ、ああいや、それはこいつらが勝手に……」
「あ?」
あ? って輩かよ。
思わずごめんなさいと謝ってしまいそうな眼光が飛んでくる。
ほれ見たことか、このババアにそういうふざけたノリは通じねえんだよ。
もしラブコメの世界にいたら全部のイベントを真顔でぶっ潰すぐらいのことはしそうだ。
真奈美は無言でいきなり俺に洗濯物入りのカゴを押しつけるやいなや、ダンダンダンと足音荒く二階に駆け上がっていった。
そして立て続けに、ドタンバタンと何やら激しい物音と親父の悲鳴らしき声が上から聞こえてくる。
ちなみに親父は昨日は残業で帰ったのは夜遅くだったようだが。
南無三。
「全く、あやうく弁護士探さなけりゃならないところだったよ」
やっと鎮静した狂乱ゴリ……真奈美がリビングで茶をすする。
その対面では「なーにがお姉ちゃんだよバカ!」とケツをしばかれた静凪が目を赤くしてぐじゅぐじゅと鼻水をすすって、その隣では今にも泣きそうなエミリが正座してうつむいている。
ちなみに先ほどまでシバかれていた親父も、半泣きで寝室に戻っていった。
俺? 俺もなんかとてもひどいことを言われたけども気にしてないよ? 精神を彼方に退避させていたので。
「ぐすっ……ごめんなさい。エミリが、エミリが調子にのったからなんですぅ……」
ほんとそれな。
まずお前は親父に謝れ。
「ダディがいなくなって……マミーが、マミーがエミリを置いて、ユーケー帰っちゃって……恭一おにいちゃんと二人だと不安で……」
エミリが涙ながらに訴え始める。
要約するとパパとママがいなくてさびしーの。あのラノベ野郎は使えねー的なことをかわいそうなアテクシ風に語った。
真奈美は最初、腕組みをしながらしかめっ面で話を聞いていたが、
「まったくしょうがないねえ……どうなってんのその子のウチは。恭一おにいちゃん……ってお前と同じ高校生でしょ?」
「そうですけど」
「じゃあダメだな」
じゃあってなんやねん。
「まぁ母親が帰ってくるまで、ウチで面倒見てやってもいいけど。二人も三人も変わらないし」
「リアリー!? ありがとうマミー!」
エミリは目を輝かせて立ち上がると、真奈美の腕に抱きついた。
マミーという呼び方がこうも似合わない人間を俺は知らない。
だが当の真奈美はそう言われて満更でもないご様子。
「お腹へってないかい? ちゃんとご飯食べてるの?」
「今は大丈夫。いっつもコンビニのお弁当とかだけど……」
「コンビニ~?」
あーあーもう、と呆れてみせる真奈美。
ずいぶん当たりがお優しいようですが……それにしてもちょっろ。真奈美ちょろい。
「何笑ってんの泰地」
「いやぁ、マナミーは優しいなって思って」
殴られたんだが?
肩パンしてくる母親とかマジマミーなんだけど。
「ってことは、やっぱりエミリちゃんは妹なんだね! やったぁ! おいでエミリちゃん、お姉ちゃんのお部屋行こっか。お洋服いっぱいあるから着せてあげるね!」
反省するふりをして何も話を聞いていなかったっぽい静凪が、勝手にはしゃぎだしてエミリの腕を取ると、そのまま強引に引っ張って二階に上がっていった。
しかし今度はそれを止めるでもなく、真奈美は若干遠い目をしながら二人を見送って、
「妹ねぇ……」
「おっ、フラグですか」
「バカ言うんじゃないよ、もう年齢的にきついわ。あと泰地、その恭一って子に事情話して、親にも了承取るように聞いておいて」
「なんで俺が……。というか僕は反対ですけどね。アレをウチで面倒見るだなんて」
「あらそうかい? むしろお前が喜ぶかと思ったけど。なら変な心配は必要ないね」
この俺がいたいけな少女に手を出すようなロリコン野郎に見えると?
ていうか俺のほうがいじめられるのではないかという懸念があるんだけどもやはり断固として反対。
断れ断れ……と念じながら、すぐさまラノベに電話して非常に勝手な流れであることを説明すると、
「えっ、本当!? 実は僕も困ってたんだよ、やったぁお願いね」
「やったぁじゃねえよふざけんな。そんなのダメに決まってるじゃないかって言え」
「そんなのダメに決まってるじゃないか。じゃあよろしくね」
クソ、あの野郎……。
だんだん俺の扱いに慣れてきてやがるじゃねえか。なんか腹立つ。
俺は恭一からも了承が出た旨を真奈美に渋々話した後、
「そういえば弥月見た?」
「ああ、そうそう。ちょっと前に弥月ちゃんウチに来てお前のこと探してたよ。どっか出かけたみたいって言ったら、『勉強するって言ってたのに、もう知らない』って怒って出ていったけど」
「あぁ、そうですか~、それはそれは大変な……」
「勉強しろ」
どいつもこいつも勉強勉強ってのび太のママかよ。
いやまあ俺としてもいい加減やらないとまずいかなって思い始めてるんですけどねぇ。
そうはさせまいとする見えない力が働いているようで。
とりあえず真奈美と弥月の手前、自室に戻って勉強することにした。
戻ってきた弥月に一心不乱に机に向かう俺の姿を見せて、しっかりアピールだ。
俺は自分の部屋に戻ると、カバンの奥に突っ込んであった弥月様に作ってもらったテストに出るとこノートを取り出す。
パラパラとめくってみると、ご丁寧にきれいな字で、マーカーとかも使ってかつくどくならないようにすっきりまとめてある。
これコピーすればみんなに売れんじゃね? と思ったが、泰地がんばれ(ハートマーク)ときっちりコピー防止の文言がしてあった。
しかしこのノート初めて開いたが……うわぁ頑張ろう。ここまでしてもらって、俺は感動している。
なんとかして弥月の期待に応えたいと、強くそう思った。あくまで思った。
そして数分後、ベッドの上で寝転がりながら、スマホゲーをポチポチする泰地くんの姿があった。
もうほんと、こういう時に限ってガチャの引きがよくて、とてもとても育成が追いつかない。
「単発で二連チャン限定だと……? なにこの神引き……」
思わず独り言が出てしまっていると、バァン! と勢いよく自室のドアが開かれた。
そしてどかどかと無遠慮にクソガキ二名が乱入してくる。
「はい、ここが泰地のへやでーす」
「わぁ、ここがたいちおにーちゃんのおへやかぁ~」
どうやら静凪がエミリに家中を案内して回っているらしい。そんなでかい家じゃないけども。
実を言うとさっきからもうずっとこいつらが隣でぎゃあぎゃあうるさくて、そのせいで俺は勉強を断念したのだ。
「ほら、そこに野生のタイチがいますよぉ」
「ほんとだ~ごろごろしてる~」
「エサをあげたらダメだからね」
このアホどものせいでもはや俺のイライラは限界である。
四六時中こんなのが居座ると? いやいやご冗談を。
「オラっ、出てけ! 見世物じゃねーんだよ!」
「きゃぁっ、こわーい。もう、たいちおにーちゃんのマミーは優しいのに」
「はああ? そこはババアちょっろーって言えよ」
「そんなの言わないもーん」
エミリはべーっと舌を出してみせると、今度は一転ニコッと笑顔になって、
「ほらみてみて。しずなおねーちゃんにお洋服着せてもらったの~」
ぱっと両手を広げてくるくるとその場で回ってみせる。
なんだか魔法少女みたいなコスプレっぽい服に白いニーハイという目立つ格好をしている。
「どう? かわいい~?」
「はいはい、子供はお外で遊んできなさい」
「ちら」
しっしっと手で払うと、エミリはいきなりスカートの裾を軽くまくりあげてみせた。
だが俺はふん、と興味なさげに鼻を鳴らして、つまならさそうにあくびをしながら、裾が際どく翻ったふとももをガン見した。
まあお約束だからね、しょうがないね。
「泰地はシスコンだから気をつけたほうがいいよ。わたしが寝てる間にもあちこち触ってくるし」
「うわぁ、犯罪じゃん」
「いや犯罪ではないよ? たぶん」
このバカを起こすために不可抗力なのである。
ていうか静凪のやつ寝てるはずなのになぜ知っている。
「たいちおにーちゃんきっも~」
「泰地きっも~」
二人してにやにや顔を近づけてきて、ハモりながらあおってくる。
ウザさ二倍がけ。こいつら一緒に洗濯機に突っ込んで回したろか。
「このようにタイチは罵倒されて喜ぶ習性があります」
「へ~じゃあ踏んだら喜ぶかなぁ?」
などと不謹慎な会話をしているなと思ったら、いつの間にか二人が俺のベッドに乗ってきていた。
なにやら身の危険を感じた俺は、いよいよ体を起こしてベッドから降りようとすると、
「逃がさな~い」
静凪が子泣きじじいのように背中にまとわりついてきた。
ぐっとのけぞって思いっきり体重をかけてくる。
「は、離せこのバカ! 暑苦しい」
「ふへへ、泰地必死必死~。そんな事言いながらうれしいでしょ? かわいい妹たちに囲まれて」
「誰がかわいい妹か! いいから離れろって!」
静凪はさらにん~~と背後から両腕で抱え込んできて、俺を引っこ抜いてバックドロップでもしようかという勢い。
すると今度は俺の前に立ちふさがったエミリが勢いよくしゃがみこんで、すぐ目の前に顔を近づけてくると、静凪には聞こえないように低い声で耳元に囁きかけてくる。
「へー……たいちおにーちゃんなんかうれしそうだねぇ? 妹とじゃれ合って」
「これでそう見えるか!? そりゃ幸せだな!」
「ほんとーにシスコンなんだ?」
「だから違うっての」
「ほんとかなぁ~?」
などとエミリは俺を煽ることに集中しているのか、しゃがんで曲げた足がパンチラではなくもはやパンモロの粋に達していることに気づいていない様子。
が、すぐに別人のように高い声を上げて、
「あっ、たいちおにーちゃんエミリのぱんつみてるー! やらしいんだ~」
これわざとやってますよね絶対。
エミリはばっとわざとらしくスカートの前を抑えて立ち上がると、してやったりと言わんばかり、にやりと悪い笑みを浮かべる。
そして片足をゆっくりと持ち上げながら、
「そんなえっちなたいちおにーちゃんにはおしおきがひつようかな~」
「お、お前まさか本気でそんなご褒美……じゃなくてバカか! やめろやめろ!」
俺を踏んでいいのは巨乳眼鏡女教師だけだ。
でもまぁ何事も経験というのは後になって生きることもあるし、ちょっとぐらいならいいかなって思わなくもなくない。
などと迷っていると、エミリの足が思った以上に高い位置まで持ち上がっていて、
「え、えっ、それはウソでしょ顔面行くつもり? おにーちゃんの尊厳踏みにじっちゃう?」
「どこがいいかなぁ~」
顔面いかれるぐらいならいっそ股間を……おっと誰か来たようだ。
などとふざけていたらガチャっとドアが開いて本当に誰か来た。
え? と羽交い締めにされ踏まれる寸前の俺が顔を上げてそちらを見ると、よく見知った美少女がにこっと笑いかけてきた。




