しずなおねーちゃん
「うふふぅ、たいちおにーちゃん」
二人になるとエミリはいきなり俺の腕を取って、両腕で抱きしめるようにしてべたべたしてくる。
そしてくりくりの大きなパッチリおめめで俺のことを見上げながら、口元を綻ばせる。かわいい。
「たいちおにーちゃんか……」
「そうだよ? エミリのこと、妹だと思っていいからね?」
実妹でも義妹でもなく、血もつながっておらずかといって親類でもない。
だがお兄ちゃんと呼んでくれる……これぞ偽妹。
軽く新時代来てねえかこれ?
「ねえおにーちゃん、エミリのどかわいちゃったぁ」
しかしうまい話には必ず裏がある。
のどかわいちゃっただぁ? 知らんがな。
しかも俺の専売特許を……。
「ぼくものどかわいた。あとアイス食べたい」
「あっ、エミリもアイス! あとクレープ食べたい!」
「たこ焼き食べたい。お好みも」
「じゃあエミリは焼きもろこし!」
謎の張り合いが始まってしまう。
弥月ちゃんでもいないかぎりどうやってもこれは収拾つかねえ。
「ね~のどかわいたのどかわいたぁ」
「まったくしょうがないな……じゃあお兄ちゃんのミルク飲む?」
「飲まない」
真顔で返された。そっち系はいけない子かな?
ふっ……なんにせよ俺の勝ちだな。
その後、結局公園の自販機スペースで俺は飲み物を買わされた。
しかもアイスの自販機もあったためついでに買わされた。
もう放流すっかなこいつ……と無心にアイスを頬張るエミリを横目でチラリと見ると、
「あむ……ちゅぱ、ちゅぱ」
レロレロジュルジュルと音を立てながら、舌を上手に使って棒を味わっている。
自主規制っぽく脳内でモザイクをかけるとなかなかにいい感じだ。
……ったくしょうがないなラノベの奴。
でもよろしくねと言われてしまったからには、勝手にほっぽり出すわけにもいかないだろう。
唯一無二の親友としてね。
「そういえば、一つ忠告しておくけども……恭一お兄ちゃんにはれっきとした彼女がいるからな」
「えっ、マジ? リアリー!? 彼女いるんだ、信じらんな~い。ドーテー臭いのに」
「それな」
「あーでも面白いこと考えちゃった。じゃあこのまま、きょーいちおにーちゃんを取っちゃおっかな~」
ちょっと話を振ったただけで早くも頭角を現した。
う~ん金髪はクソビッチ、はっきりわかんだね。
「あいつの彼女ヤベーやつだからやめたほうがいいぞ。得意技は飛び膝蹴りだ」
「え~なにそれおもしろそ~」
脅してやったが全く効果なし。
ケラケラと脳天気な口ぶりのエミリと対象的に、ついさっきお腹を痛めて逃げ帰った杏子の後ろ姿がふと頭をよぎる。
「あのな……そっちは面白半分かも知れねーけど、そういうのやられたほうはたまったもんじゃないわけよ」
「……たいちおにーちゃん怒ってる?」
「怒ってる? って言われると俺は余計イラッとすんだよ」
「ごめんなさい……」
エミリはうつむいて、急にしおらしい態度になった。
なんだ、意外に話せばわかる子じゃないか。ちょっと今の物言いは俺も大人げなかったかもしれない。
「ごめんね、おにーちゃんもちょっと今言い方キツかったかも」
エミリは黙ったままこくこく、とうなづく。
ふむ、こうしてみるとやはりかわいい……。
「……クス、ちょろ」
聞こえてるんだよなあ。
ツメが甘いんだよねえきっとこれ。それか完全に舐められてるか。
「あ、ねえねえそういうたいちおにーちゃん、彼女は?」
「か、彼女~? 余裕っしょ」
「いるかいないかできいてるんだけど」
「いるっしょ。当然」
「え~~? ウソでしょお?」
「う、ウソじゃねーし! てかなんでハナから疑うし」
「どうせデブスでしょ」
「おにいちゃんを怒らせたいらしいね?」
なんか最初の印象と違ってずいぶんグイグイ来るな。
ていうかちょいちょい口悪いね。これにはたいちおにーちゃんもびっくりだよ。
エミリはなんとも言えない怪しげな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込むと、
「へーでも彼女いるんだぁ~。にやにや」
「にやにやって口で言うな」
「いが~い」
「意外って言うな」
「もうヤったの?」
「ぶーーっ!!」
口に含みかけたジュースを吹き出すと、エミリはこれみよがしにケラケラと笑い出す。
「はい今のでドーテー確定、と」
「おい、言葉には気をつけろよ?」
「おい、ことばにはきをつけろよ(ドーテー)」
いいね君、煽りの才能あるね。
……違う、俺の理想の偽妹はこんな事言わない。
イラっときた俺はそのままエミリを置き去りにしようとおもむろに立ち上がり、スタスタスタと早足で歩き始める。
「ちょっと! 勝手にどこいくのたいちおにーちゃん!」
「もう帰るんだよ! ったくとんだ茶番だったぜ。恭一には彼女いるってわかったろ、だから変なことすんな。わかったら君も早く帰りなさい」
「やだー。たいちおにーちゃんの彼女みたーい」
「断る」
「みたいみたいみたい!」
もうこの歯止めがきかない感じ、下手するとうちの妹よりタチが悪い。
「あのな、言っておくけど俺だってそんなヒマじゃ……」
「ま、どーせブスだから見られたくないんだろうけど」
「よかろう戦争だ」
そうまで言うなら見せてやろうじゃねえか。
私のようなクソゴミには分不相応な超絶美少女たる弥月様のお姿を。もう腰抜かせてあひぃらめぇ言わせたるわ。
俺が来いや、と目配せをすると、エミリはスキップですぐ隣をついてくる。
「ふふ、ちょっろ」
ちょろくないちょろくない。
泰地くんちょろくないよ。
結局俺はエミリを引き連れて自宅まで戻ってきた。
もうさっさと見せてとっととお帰り願おうと思っていたのだが、隣の弥月の家を尋ねても誰も出ない。
なぜかこういう時に限っていないんだよなあ。深雪さんの車もないところを見ると、二人でどっか出かけやがったか。
俺が弥月宅の玄関前で不審な動きをしていると、エミリが服の裾をくいくい引いてきて、
「ねーねー、彼女は~?」
「いやぁ、なんかどっか出かけたみたいで……」
「えっ、まさかたいちおにーちゃん……」
言いかけたエミリは急に優しい顔になって、
「大丈夫だよぉ、ちゃーんとごめんなさいしたらおこらないから。ただし超みくだすけども」
おっ、ご褒美かな。
……ではなくなぜ俺が謝らなければならんのだ。
ごめんなさいしなければいけないのは圧倒的に向こうのほうであるからして。
とりあえず家の敷地から出て携帯で弥月に電話をかけるか迷っていると、ふと路地をよたよたと歩いてくる小さい女の子と目が合った。
「あっ、静凪……」
パジャマのまま、眠たそうな顔でコンビニの袋を手に持っている。
無言で近づいてきた静凪は、俺の目の前でぴたり、と立ち止まると袋を手渡してきて、そのまま目をつぶった。
どうやら限界なので抱っこして家まで連れて行け。ということらしい。
するとその不思議なやりとりをすぐ隣で見ていたエミリが、
「あっ、もしかして……彼女?」
「え? いやこいつは……」
「こんにちは~。たいちおにーちゃんの妹のエミリでーす」
すると静凪はぴくっと耳と反応させて目を見開き、俺とエミリの間で視線を行ったり来たりさせる。
「……妹?」
「へー、ほんとにかわいいんだ~。でもこれだとロリコン……」
「い、いもーとぉお!?」
何を思ったか突然目を輝かせた静凪は、いきなりガバっとエミリに抱きついた。
そしてベタベタと体を触りの、髪の毛サワサワのほっぺスリスリとやりたい放題だ。
「いいにほひ~すべすべ~」
「ち、ちょっとぉっ……な、なにぃ?」
「静凪にも妹いたんだ、やったぁ!」
勝手に何か盛大な勘違いをしているので、俺があくまで冷静にたしなめる。
「いや、ちゃうちゃう。妹ちがうから」
「ちょっとたいち邪魔~。こう見えて静凪ちゃんは兄より妹が欲しかったのだ」
「こう見えてってなんだよ、ていうか今それ言う? 実の兄の前で言う?」
「行こ、エミリちゃん」
「え? えっ、えっとあ~……」
だが当のエミリ本人は困惑気味である。
まあそりゃそうだ、赤の他人にいきなりガチで妹扱いされたらね。
「どうしたの? 静凪お姉ちゃんだよ!」
「いや、多分お前らタメだぞ。下手すると静凪のほうが妹……」
「さっきから泰地うるさい。もしかしていじけてるのかなぁ? しょうがないなぁ~泰地くんもよちよち」
「やめんかボケ、気安く頭さわるな」
お姉ちゃんのくせに背伸びして腕を伸ばさないと手が届かないっていう。
この前の謎のヤンデレブラコン妹に続き、また妙なキャラが始まらなければいいけど。
「ふぅ~ん……」
そんな俺達のやり取りをエミリは腕組みしながら見ていたが、急にぱあっと笑顔になり精一杯にしなを作って、
「あ~ずるい~。エミリもよしよししてっ、しずなおねーちゃん!」
「んほおっ、エミリちゃんかわゆい! お姉ちゃんがいーっぱいしてあげるからね!」
奇声を上げながらエミリに飛びかかる静凪。
するとわしゃわしゃともみくちゃにされながら、エミリが俺にこっそり不敵な笑みを向けてきた。
う~んこれは……嫌な予感しかしない。




